# 4 異常事態 ⑭

 張られていた天幕を支える支柱が軒並み倒されるなり、折れるなりしている。探し物をするに当たって、荷物に覆いかぶさった、この大きな天幕を移動させるほかない。一人だと結構な重労働になるなと思いつつ、今も怪物クリーチャーと戦っているメリィと比べれば全くもって重労働なんかじゃない。


 早朝の静けさは心を落ち着かせてくれるような気がする。

 遠くで聴こえる爆発音や遠くで倒れる巨木を目にしても、比較的穏やかな心持ちでいられる。焦って探したって意味はないし、激しい戦闘が繰り広げていることは目や耳を通じて理解している。


 大抵の魔物はメリィを相手に瞬殺だろう。やはりあの怪物クリーチャーはとんでもなかったと言うことだ。探し物を終えても、三等級ハンターレベルの力しかないおれでは、メリィの手助けをすることさえ許されない。邪魔になるだけだ。


 いつも通り、戦闘に関してはメリィを信じるしかない。


「酷いな……」


 天幕を移動させながら、拠点の状況をつぶさに観察していた。

 地中から飛び出してきた触手によって、多くの騎士中隊の団員やハンターが命を落としている。遺体の胴には触手が貫通したのであろう穴が空き、それも大半以上にその痕がある。足先や腕を欠損している遺体もある中、頭部に穴が空く遺体もあり、天幕を移動させる手を止めてしまう。


 おれは、ここで無残に殺された人たちと関わりと呼べるような関わりを持っていない。だが、レジーナは違う。もし仲間が、こんな惨い死に方をしたとして、おれは耐えられるだろうか。


 三つある内の一つの天幕を移動させると同時に損傷の激しい遺体に被せる。


 荷物はほとんど手付かずのまま残っている。持ち出して逃げる暇なんてなかったので当然ではある。目当ての荷物を探すが、この天幕にはなかったようだ。


 次の天幕へ移動し、ここへ来た時からずっと視界に映っていたラウルの下に近づくことになった。この惨状で唯一、関わりと呼べるくらいには言葉を交わした。泣いて悲しむほどまではいかないけど、ラウルが命を賭けて守ろうとした仲間たちを死なせたくはない。だから、この場所に戻って来たのはおれとメリィの二人だけだ。


 遺体は運べない。それにラウルだけの遺体を帰すのは違う気がする。


 そして目に留まったのは片眼鏡モノクルだった。

 天幕を持つ手を離し、おれはラウルの下へ近づいた。胴に複数の穴が空いたラウルの遺体は幸いにも腕や脚、身体のどこかが欠損しているわけでもなく、生前の面影をはっきりと残した状態だ。


 ラウルの片眼鏡モノクルを取り、レンズに付着した血を袖で拭う。

 形見としてレジーナに渡すべきか一瞬迷った。だが、一度手にした形見を手放すことは出来なかった。


 それに、これくらいならしてもいいだろう。


 最期にもう一度、ラウルの顔を視界に収め、天幕の除去作業に戻ろうとしたところでおれは足を止めた。


「戦っていると思えば、やはり君たちだったか」


 その声は聞き覚えのあるものだった。

 その声の主を間違うわけもなく、おれは内心驚きに満ちていた。しかし、それを表だって見せるようなことはしない。


 声のする方へ顔を向ければ、そこに立っていたのは二等級ハンターのクリス・エヴォードだった。


 何故、ここにいるのか。そんな疑問が真っ先に浮かぶ。一緒に逃げられなかったから、死んでしまったものだと勝手に思っていた。だが、それもあながち間違いではないのかもしれない。


 一旦冷静に、会話を試みよう。


「クリスさんは戦わないんですか」

怪物あれとか?戦わないな。その必要がないからな」


 両腕に手型盾ハンドガードを装備するクリスさんはみた感じ、今にも戦えそうな状態だが。


「どうしてか訊いたら、話してくれます?」

「ああもちろん。トーリの友達だからな。最後くらい何でも答えてやる。あれは試作段階の失敗作に過ぎない。そう長くは生きられないから、殺す必要がない」


 物腰柔らかな印象は変わらない。今は返って、それが得たいの知れない不気味さを醸し出すのに一役買っている。


「クリスさんは、あの怪物と関係があるんですか」

「まぁ見たら分かるだろ。何でもとは言ったが、話せないことも多いんだよ」

「おれにも隠し事はありますから、お互い様です」


 はっ、と小さく笑って、頭を掻いたクリスさんの表情には若干の戸惑いが見て取れた。


「冷静なんだな。もうちょっと驚いてくれると思ったんだが」

「驚いてますよ。顔に出ないだけです」

「ラウルのか?」


 右手に持った片眼鏡モノクルを指差し、クリスさんが問う。

 レジーナとラウル、そしてクリスさんの三人は知り合いのような感じだった。今回の異常事態イレギュラーで初めて会ったとは思えないのは口振りから確かだ。


「これくらいしか、おれには出来ませんから」

「優しいんだな。だが、そういう奴から死んでいくんだ」

「それは、おれも死ぬってことですか」

「そうだな。俺は余り人殺しは好かない。当然のことか。でも、連中はそうじゃない」


 クリスさんが両腕に装備する手型盾ハンドガードは縦長の菱形をしている。肘から下、手の甲にかけて覆うように盾が装備されている。戦い方は至ってシンプル。クリスさんは手型縦ハンドガードを殴るための武器として扱う。菱形の先端部が鋭利に尖っているのはクリスさんの持つ手型縦ハンドガードの特徴でもある。


「最後に、クリスさんが何者なのか教えてくれませんか?」

「話せないことが多いと言っただろ?それにだ。俺はただの雇われだ。俺があれを作ったわけじゃない。作ったのは顕学会の人間だ」


 顕学会………?


 芝居がかった仕草で額に手を当て「あぁ言っちゃたわ」と芝居がかった言葉を漏らす。終始、クリスさんからは敵意を感じない。初めて言葉を交わした時と変わらない温和なクリスさんのまま。返って不気味だ。


「それじゃあ、お喋りはここまでだ」

「そうですね……」


 これ以上、会話を引き延ばすことは出来そうにない。

 当然ながら、三等級ハンターのおれが二等級ハンターのクリスさんとタイマン張って、まともに戦えるわけがない。少しの間は逃げ惑えるかもしれないが、それもそれでジリ貧だ。


 男として非常に情けないとは思う。

 だがやはり、敵わない相手には何をしようと無理だ。


「おわった」


 クリスさんの背後から、戦闘を終えたメリィが姿を現した。

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最強魔族のハンターライフ~人外魔族の大罪~ @Winter86

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