# 4 異常事態 ⑫
「純潔の騎士」という英名はレジーナにとって大きな重圧だった。加えて、
今のレジーナに付いてあげるべきは騎士中隊の仲間たちで、おれじゃない。団員に連れられ、帰路につく彼女たちを見届け、おれは一度息を吐く。
「レジーナ、どうしたの?」
変わらないメリィの無表情を見ていると自分は深く考え過ぎているんじゃないかと感じてしまう。メリィみたいに何事にも動じない心が欲しいものだが、メリィの場合は動じる心が無いだけだ。
いや、心が無いというのは言い過ぎか。人間の心を推し量れないだけだ。
「仲間が沢山死んだんだよ。見てたでしょ」
「うん。でも、レジーナはいきてるよ」
「そう……だけど、じゃあ、おれが死んだらメリィはどう思う?」
良い質問を思い付いたのと同時に、その質問に対してメリィがどんな答えを出すのか気になった。
二人きりで生活するのは一年くらいだが、面識は何年も前からある。少なからず「悲しい」と思うのが人間の感性で、メリィがそう答えてくれたら、おれは心のどこかで嬉しく思うのだろう。
しかし、メリィについてはある程度知っているつもりだ。こういったメリィにとって難しいであろう問いに対して、返す答えは一つしかない。
「………わからない」
十中八九、その一言が返ってくるだろうと思っていたので、抵抗なく受け入れられた。
「いつか、メリィにも分かる時が来るよ……分かる時が来てほしい」
人間の魔族の共存への課題は、単に魔族が人間を食べないと生きていけないからという部分だけに限らない。確かに、その部分は人間と魔族を対立させるには十分過ぎるほどの課題ではある。
だが、それをもし克服できたところで、魔族の考え方は人間のそれと大きく異なっている。メリィは魔族の中でも特異な存在のため余り当てにはならないけど、人間を模倣し、補食する魔族が人間を思いやる心を持つはずがないのだ。
生物学的な面においても、心理学的な面においても、人間と魔族は相容れない。
「そろそろ行こうか。魔物に動きは?」
「おってきてない」
あれは魔物と言うには存在が歪で、生態そのものが生物螺旋から外れている。
詳しい調査が為されるべきであり、今すぐにでも殺さなくてはならない。前者は王国軍に任せるとして、後者を行えるかどうかはメリィによる。
問題となるのは
触手状の腕は切断したところで、たちどころに再生する。両腕・両脚を失って尚、地中に潜り、狡猾にも程がある手段での攻勢に転じて見せた。どのみち、切断された両脚も再生されているのだろう。
暴力的なまでの再生能力だが、それでも不死性なだけであって、不死の生き物ではないはず。そもそも不死の生き物なんて存在しない。何百年と生きる長命な種族であるエルフでも死に抗うことは出来ないのだから。
地平線から昇り始めた太陽の光が木々の合間を縫って届く。これはこれでまた、幻想的な光景が形作られている。
おれとメリィ以外の第三者がいない場で、メリィがフードを被り続ける必要はない。前を歩くメリィもそれを理解しているため、おもむろにフードを脱いだ。後ろで結われた髪もほどく。背に掛かった純白の長髪は早朝の日差しを吸い込み、輝きを増しているように感じる。
同時に木々の合間を吹き抜けた朝風が怪物の呻き声を響かせた。単なる思い込みに過ぎなければいいのだが、この先に本物の怪物が存在することを知っているからか、そう思い込むのは難しかった。
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