# 4 異常事態 ⑪

 気付けば夜が明け、辺りには朝日が幾何学に差し込んでいた。まるで昨夜———ついさっきの惨劇が夢だったかのような静けさで満ちている。力なく座り込む者が多くいる中、おれはレジーナに代わって生存者の確認を行った。


 生き残った騎士中隊の団員は十一人、ハンターは四人。その中にクリスさんの姿はなかった。死者・行方不明者は二十人以上にも及ぶ。どうしようもないくらいの大敗だ。


 相手を見誤ったていたか。

 元凶の魔物は正体不明の怪物クリーチャーだ。あんな魔物は見たことがない。大枠はオークそのものではあったが、強靭な触手状の腕も、驚異的な再生能力も、本来オークが有している性質とは大きく異なる。それにオークが、あんな生まれ方をすること自体異常だ。


 未知の魔物と考えて対処する他ない。

 まず団員たち彼らは無力だ。付け加えるなら、おれも無力。あの怪物クリーチャーに鏖殺されるだけの無力な餌に過ぎない。そしてこの場にいる者で戦える最低ラインが恩恵者ギフテッドのレジーナ。


 しかし、それも叶わない。

 あの精神状態で敵う相手じゃない。もとより、レジーナのサーベルは怪物クリーチャーの腕を切断出来なかった。


 メリィに殺してもらうしかない。

 相手が未知の魔物である以上、結界石が通用するかどうか分からない。エリナを矢面に立たせて使用させるのは危険だ。それにメリィなら、結界石無しでも戦える。


 今は少しの休息を兼ねて足を止めているが、長居するつもりはない。皆だってしたくないだろうし。それでも走りっぱなしで、失った体力を回復させる時間は必要だ。地上からでも地中からでも、あの怪物クリーチャーが迫ってくればメリィが察知する。幸いにも襲ってくるようなことはなかったが。


「レジーナ、君も森から出てて」

「……私は戦える」

「戦えないよ、絶対に」


 地に目を落としたまま、小さく座り込むレジーナの声に覇気は感じない。そんな彼女を連れて行くことなんて到底出来ない。


 既に半分もの仲間が命を落とした。

 おれが異常事態イレギュラーの対処に参加した理由を思い出せ。死人が出ないよう立ち回るつもりだったはずだろ。結果、何一つ成し得てない。


 ラウルが守ろうとした、仲間の命だけは絶対に守る。


「だから、森から出て。あとのことはおれとメリィに任せて」

「でも、それじゃ……私は、どうすれば………」

「森を出て、安全な場所にいてくれればいい。その方がおれは安心できる」

「そうじゃないっそうじゃないの!」


 興味なさそうに明後日の方を向いていたメリィが不思議そうに目を向けるほど、声に力がこもっていた。


「ラウルがいないのに私、自分のこと考えてるの。仲間がたくさん死んで、ラウルもいなくなって……それなのに、私は任務の失敗を恐れてる」

「この任務が、そんなに大事なのか……」

「大事だよ……私にとって大事じゃない任務なんてない……でも、任務と仲間の命を同視するのは最低で、そんな自分が嫌になる」


 レジーナの口振りは酷く辛そうで、今に崩れて消えてしまいそうな危うささえ感じる。彼女の抱える問題は深刻だ。詳しいことを聞く時間は無いし、レジーナも話したいことではないだろう。


「もう……疲れました……お母様……」


 こういう時、どんな言葉を掛けるべきなのか、おれには分からなかった。メリィとの生活は人と関りを持つには危険過ぎ、おれ自身、積極的に人と関りを持つようなことはしてこなかった。


「大丈夫だよ、レジーナ……何とかしてみせるから……」

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