# 4 異常事態 ⑩
ぐったりと焦点が定まらず、自分から走ろうとしてくれない。
そんなレジーナに肩を回す。
この状態でどうやって走れというのか。即時回避必須の地中からの触手はメリィに腕を引っ張ってもらうことで回避を可能にしている。大太刀を捨て、メリィに引っ張ってもらうか。
そう考え付いた矢先、ラウルが動いた。
「ローグ・ハーディナー・ノーム」
地の精霊魔法を放ったことは詠唱文から理解出来るものの、その魔法が何の効力を持つものなのか魔法学に疎いおれには分からない。
だが、触手に異変が起きた。苦しそうに激しく揺れ動き始め、切られても地中に戻らなくなる。試しに地面を足裏で蹴ってみれば、土とは思えないほどの硬さだった。
「今の内にっ―――!」
叫ぶラウルの胴を触手が貫いた。
流石に見過ごせない。支えていたレジーナをメリィに任せ、ラウルの下へ駆け出そうとして血を吐きだしたラウルが再度叫ぶ。
「逃げろっ!僕にっ、構うな!!!」
ラウルはまだ助かる。おれが助けに行けば、今目の前でラウルが死ぬ結末は避けられる。制止は聞かず、ラウルの下へ向かう足を緩めないと隆起した地面によって行く手を阻まれた。
「頼むから、逃げてくれっ………!」
弱々しくなった声音は懇願するかのようだった。ラウルらしくない言葉はおれの足を止める。
選択の余地はあるだろうか。
胴を貫かれて尚、ラウルは魔法を継続させている。地面の硬化は魔法によるものであり、地中から触手が飛び出してくることがなくなった。
ここでラウルを助けに向かえば、魔法の継続が困難になるかもしれない。そうなれば触手による攻撃が再開する。
一人の犠牲でこの場にいる人々の命が助かる。絶対に助かると断定できるわけじゃないけど、確実にその可能性は高い。
止めた足を動かすには生じるであろう結果が重すぎた。おれは誰も彼もを救える勇者なんかじゃない。命を取捨選択し、最良で最適な結果になるよう行動するべきだ。
「全員聞いたな!逃げるなら今しかない!」
おれの言葉だけでは誰も従ってくれなかったかもしれない。ラウルが文字通り、死ぬ気で足止めしてくれている状況で、無駄死にさせるようなことは誰も望んじゃいない。
広範囲魔法による触手の足止めは周囲の喧騒を鎮めた。
おれの声がよく通る。ただ、逃げろとだけの曖昧な指示は集団を操るには言足りない。
「北西一帯の領域から抜ける!おれについて来て!」
しかし、詳しい説明なんてしている暇はない。
「おまえが守ろうとした人たちは、おれが殺させない。だから、安心して」
「はぁっ……あぁ頼む、レジーナも……」
息も絶え絶えのラウルの言葉は最後まで続かない。
胴に穴が空いた状態で、魔法を展開し続けているだけでも相当な体力を、命を消費している。いつ魔法が途切れるか、そう時間はないかもしれない。
全力で踵を返し、メリィの下へ戻ろうとしてレジーナがこちらへ向かって来ていた。後頭部で結ばれていた紺色の長髪がほどけ、身に付けた白い鎧は仲間の血で赤く染まる。涙を流しながら、ふらつく足取りのレジーナは見ていられない。
「純潔の騎士」と呼ばれ、実力者でもあるはずのレジーナの失体には引っ掛かる。目の前で理不尽に殺される仲間を見て、レジーナは戦えなくなった。軍人であり、最速最年少で准将の地位に登り詰めた人間が、仲間の死というそれだけのことで取り乱すのは不自然極まりない。
「レジーナ……」
「たすけないと……ラウルを」
「レジーナ」
「あれを殺さないと……任務が……家族が……」
「レジーナっ!」
肩を揺さぶって正気を取り戻させる。
説得している時間なんてない。腕を掴んでおれは走り出す。
掴むレジーナの腕は離さず、おれは来た道を死ぬ気で走った。
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