# 4 異常事態 ⑨

「たすけられない」


 メリィの一言でどれだけ安心させられるか。時にどれだけ絶望させられるか。その二つは表裏一体で、おれにはどうすることも出来ない現実が、ただ目の前に広がる。


「走って………!」

「集団で固まるなっ!!」


 レジーナとラウルは奮闘し続ける。

 しかし、二人が出来ることと言っても、散り散りになって走り回る団員やハンターたちに声を飛ばすことだけだ。


 地中から拠点キャンプの真下まで移動した元凶オークは卑怯にも、地の底から攻撃を開始した。


 襲撃もあったことで警戒は怠っていないかった団員やハンターたちであっても地中から突然飛び出してきて身体を貫かれたら為す術がない。


 どうしょうもない理不尽な死から、仲間を守ろうと必死に駆け回るレジーナだが、元凶オークの攻撃は正確だった。次々と地中からの触手に貫かれ即死するか、脚をやられて動けなくなったところを再度狙われる。


「ああぁっっ……!」

「大丈夫っ私がっ」


 動けなくなった仲間を起こそうとした瞬間、その仲間を触手が貫き、息の根を止める。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 仲間の骸を抱えて、座り込むレジーナをラウルが立ち上がらせる。


「レジーナ!立ち止まるなっ!!!」


 地中から行われる触手による攻撃は予測不可能。いつ、誰を狙ってくるか分からない以上、出来ることは走り続けることくらい。


 それでも、この短時間でもう何十人もの仲間たちが触手に貫かれ死んでいる。

 

 おれはメリィの隣で、この繰り広げられる惨劇を目の当たりにするだけだった。メリィの近くにいれば自分たちの真下から迫ってくる触手は察知可能で、安全圏と言ってもいい。


 しかし、だからといって、この場にいる全員を助けるのは現実的に不可能だった。


 今もまた、触手によってハンター《同業者》の左足が吹き飛んだ。走っている最中に足が失われ、勢いよく転倒するものの、次には胴から触手が生える。


 こんな光景、見たくなかった。

 おれは慢心していたのか。メリィがいるから、大丈夫だと。大丈夫なのはメリィが確実に守ってくれるおれだけで、他の皆は含まれない。


 メリィには皆を守るよう頼んだ。

 頼んだけど、四十人にも及ぶ団員やハンターをメリィ一人で守るのは不可能で、全員が命の危機に晒される状況を避けることに、おれは注力するべきだった。


 こうなってしまったら、メリィはおれを守ることで精一杯だ。今、この状況でメリィに他の人を助けるよう頼んでも聞きはしない。そんなことをすれば、おれの命が危うくなる。おれ自身、それくらい分かっている。


 だからこうして、この惨劇を見届けることしか出来ない。


 レジーナを引っ張って走るラウルが目に留まる。二人だけでも助けに行かないと。クリスさんはどこいるのか。阿鼻叫喚の地獄絵図の中にクリスさんの姿はない。


「レジーナとラウルだけでも助けに行く」


 メリィに腕を掴まれた状態でおれは走り出す。混乱の真っ只中は最悪と言っていい。逃げ惑う団員やハンターたちを触手は容赦なく貫き、すぐさま地中へと戻る。


 理不尽極まりない、一方的過ぎる戦い方する元凶オークに怒りが沸いてくる。


 掴まれた腕を引っ張られる度に地中から飛び出して来た触手が空を切る。そしてそれを見逃すことなく、メリィが大太刀で切断する。


 しかし、瞬時に再生してしまうほどの驚異的な再生能力を前にすれば焼け石に水だ。メリィが切断した傍から触手は再生を始め、地中へ戻る時には元通りだ。


「ラウル!」


 呼び掛けには気付いてくれた。

 こっちへ向かって来る二人だが、レジーナはダメかもしれない。仲間が殺されたくらいでとは一瞬思う。軍人である以上、仲間の死で感情を揺さぶられているようではまとも戦うことなんて出来ないだろ。


 辛辣であることは自覚しつつも、この場で生きる気力の無い者を助けるのは自分の身をも滅ぼしかねない。でもだからって、見捨てられるわけない。


「レジーナを頼む!僕はっ―――」

「おまえも逃げろよっ」

「仲間は見捨てられない!」

「っ………!」


 ラウルへ伸ばしかけた手が途切れる。

 そんなこと言われたら止められないじゃないか。

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