# 4 異常事態 ⑧

 生成された炎の球は元凶オークへ勢いよく飛んでいく。軌道上にある酸素を吸い込み、炎々と燃え盛る炎の球の激しさは増す。着弾と同時に炎上する、と思いきや大爆発を起こした。


 顔全体を覆ってしまいたくなるくらいには熱い熱風が吹き荒れ、元凶オークの立つ周囲の木々が燃え上がり、折り重なって倒れる。


「ラウル、大火事になるぞ」

「心配は無用だ」


 ラウルが掲げた錫杖ロッドを振り下げると木々を燃やしていた炎が一瞬で鎮火した。当然ながらオークは燃えたままだ。身体中を炎上させたまま仁王立ちする元凶オークは、さっきと何一つ変わっていないように見える。


 あの爆発と炎を正面から受け、微動だにしていないのなら、あれはとんでもない化物であることが確定する。


「火、全部消していいよ。多分、ラウルの魔法は効いてない」

「やっぱりそう思うか。僕も手ごたえを全く感じなかった」


 そう言ってラウルが炎を消した。

 露わになった元凶オークはびっくりするくらい無傷だった。何一つ変わっていないと言っていいが、一つ変わった部分を挙げるとすれば閉じていた瞳が開いていた。


「くる」


 メリィの口からこぼれた一言に反応出来たのはレジーナだけだった。


 元凶オークの両腕が伸びた。

 メリィとレジーナへ向かって伸びた触手の腕を二人とも防ぐ。メリィは構えていた大太刀を斜め上に切り上げ切断し、レジーナは片手持ちしていたサーベルを咄嗟に両手持ちに切り替えて弾いた。


「おもっっっ!!?」


 レジーナが叫ぶ。


「まかせて」


 そんなレジーナを見てか、返す刀で軌道の逸れた元凶オークの腕をメリィが切り落とした。


 恩恵者ギフテッドのレジーナでは元凶オークの腕に傷一つ付けられないと。魔族であり、恩恵者ギフテッドのメリィの力を持ってすれば容易に切断しうる。


「また来るぞっ!」


 ラウルの掛け声があったところでどうこう出来るような相手じゃない。


 切断された両腕は瞬時に再生し、元凶オークが肉薄してくる。一体一で戦えるのはメリィだけだ。レジーナも先ほどの一撃の重さに驚きを隠せないと言った具合で動けず、肉薄してきた元凶オークを迎え撃ったのはメリィだった。


 鞭のようにして伸び縮みする触手状の腕を振るう元凶オークだが、これをメリィは飛び上がって躱す。空中という力の入れづらい態勢にも関わらず、メリィの大太刀はとんでもない威力だ。


 地面を抉ってしまった大太刀は狙いの元凶オークには躱された。

 この状態でどう態勢を立て直し、着地するのかと思いきや、メリィが元凶オークの後方へ勢いよく吹き飛ぶ。


 一瞬、何が起こったのか理解が追いつかなかった。そしてそれは躱す動作すら出来なかったメリィも同じだったはずで、元凶オークの背中から触手が飛び出してくると誰が予測出来ただろうか。


「ローグ・バインド・ノーム!」


 メリィがやられたことを見届け、ラウルがすかさず詠唱を飛ばす。

 今度は地の精霊魔法だ。光と火に続き、地の精霊魔法とは。ラウルの魔法使いとしての実力は相当高いと見ていい。だが、初手の攻撃魔法は元凶オークに傷一つ付けられなかったのは事実。


 ラウルの詠唱は元凶オークの足元の地面を隆起させ、拘束する。足だけでなく、下半身全体を覆い、拘束してしまう。かなり高等な技術ではあるものの、安心する暇さえ元凶オークは与えてくれない。


「ダメかっ」

「二人は下がってっ!」


 既に迫りつつある触手の腕をレジーナが受け止めた。メリィのように切断することは叶わないが、さっきのように驚くことはしない。冷静に触手を受け止め、受け流し、駆ける。


 元凶オークは触手の両腕を鞭みたいに振るうので、レジーナがカバーしなくてはならない範囲は全方位になる。卓越したサーベル捌きで振るわれる元凶オークの腕をレジーナは打ち落とし続ける。


 決定打は与えられなくとも、レジーナも恩恵者ギフテッドだ。

 尋常ならざる身体能力と反射神経を用いた人知を超えた戦闘を繰り広げる。どこまでいっても常人でしかない、おれとラウルは見ていることしか出来ない。


「ずっとは持たない。助けないと」

「いや待って、ラウル」


 おれたちは見ていることしか出来ない。

 手出しなんてすれば容易に返り討ちにされ、命を落とすかもしれない。元凶オークの狙いがレジーナ一人に向いているから、まだおれもラウルも死んでいないだけで、手の届かない強者を前に弱者の出来ることは何一つとしてない。


 ただ、おれはどんな生き物より強い存在を知っている。


「メリィがいる」


 爆音と倒木の土煙が舞い上がるとともに、ある意味吹き飛んでき来たメリィがタイマンを張るレジーナと元凶オークの下へ瞬時に詰める。滑るように回転し、減速したメリィはレジーナの隣で停止した。


「まず、いちげき」

「は―――っっっ!?」


 レジーナが呆然とするのも仕方ない。

 おれもやり過ぎだと感じた。


 元凶オークの右足が宙を舞い、鞭のように振るっていた両腕が何十もの輪切りになって地面に散らばっているのだから。


「つぎ、にげきめ」


 停止した状態で、どうやったら超速の肉薄を可能にするのか。理解不能なことをして見せるメリィは元凶オークが再生するよりも早く、残った左足も切断し、元凶オークの胴を足裏で蹴り飛ばす。


 両足、両腕を失い、四角い肉塊となった元凶オークは放物線を描くことなく直線で吹き飛び、木に衝突する。衝突した木は倒れ、視界を塞ぐ土煙が巻き起こる。


 誰も死ぬことなく、この場を切り抜けられるなら、メリィの持つ全力で元凶オークを殺しても構わない。だが、その後のことを考えると頭が痛くなる。王国軍の新進気鋭である恩恵者ギフテッドのレジーナが敵わない相手を一方的に打ちのめすところを見て、二人が何も思わないわけがない。


 どう弁明しようかと思ってしまうくらいにメリィは圧倒的だった。


 しかしながら、安心する暇を元凶オークは与えてくれはしない。どうなったのか、土煙が晴れるより早くメリィが口を開いた。


「つちのなかにもぐってる」


 元凶オークの有する魔力が高まったことで地中の中でも探知が可能になったメリィは目で追っているのか。レジーナとラウルは地中に潜った元凶オークが、今どこにいるのか分からないはずで、地中の元凶オークを追うメリィの目は拠点キャンプのある方向へと向かう。


「拠点の方に向かってる!」


 分かってしまった時点で叫ばずにはいられなかった。


「メリィ、あいつを追って」

「……うん」


 地中を進む元凶オークを追って、メリィが駆け出す。その後をレジーナも追う。ラウルは詠唱し、空に二度、光を打ち上げた。拠点にいる団員たちへの緊急信号のようなものだろう。


 そして、ここであいつを仕留め損ねた時点で最悪の結果になることは容易に想像出来たはずだった。

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