# 4 異常事態 ⑤
触手はレジーナを追い始めた。
遅滞な移動速度ではあるものの、やはり触手は獲物を探している。
「ラウルたちはここにいて。メリィ、一緒に来て」
「おい、どこ行くんだ」
「調査隊の遺体を見に行く。メリィがいるから心配しなくて大丈夫」
「そういう問題じゃないだろ、全く」
止めるつもりは無いようなので遺体の下へ向かう。引き付けてくれているレジーナとは正反対———左側面から大きく円を描いて遺体の下へ。
魔物の本体周辺に遺体はある。
本体から伸びる触手をレジーナが引き付けてくれているからと言って、今出ているもので全部とは限らない。
また、地中から飛び出てきたりしたら、堪ったもんじゃない。
メリィがいるからとは言え、慎重に本体へ近づく。しかし、そんな苦労もあんまし意味を成さなかった。
「出てきた」
「だな」
一、二本だったなら、何とかなっていたかもしれない。実際は六本。地中から這い出るミミズのように触手が顔を出した。
「遺体の回収、頼んでもいい?」
「うん」
無茶振りにも聞こえる頼み事へ簡単に頷いてしまえるのは、メリィが魔族であり、
滑るような速さで地面を駆けたメリィだが、足音一つ立てていない。一太刀で三本、もう一太刀で三本。音もなく動き、音もなく触手を切り落とす。
魔族の身体機能に加え、
「ダメだった。ぼろぼろ」
十秒掛からないくらいの時間で戻って来たメリィの手には腕があった。見るからに、死後数日の遺体とは思えない。
「ひっぱったら取れた」
千切れた腕の切断面から血液や体液は一滴流れでない。そんな腕をメリィから受け取って、その軽さに、これまた予想通りだと理解する。
「分かった。用は済んだから戻ろう」
乾ききった腕をその場に置いて、ラウルたちの下へ戻る。その際にレジーナへ声を飛ばし、ラウルたちの所へ引き返させる。
「あの触手は人間を糧にしてる。遺体から血液とか体液とか根こそぎ吸ってるんだと思う」
「触手が吸い出した養分を本体に送ってると見ていいな」
相づちを打つラウルも、きっとおれと同じことを考えているはずだ。
なぜ、触手がそんなことをしているのか。
「本体は卵みたいなものかもしれない。孵るために獲物を探してる」
「そんな生態の魔物は聞いたことないぞ」
クリスさんが驚くのも無理はない。
卵から孵る魔物は存在するが、卵から孵るために自らの触手を使って獲物を狩り、栄養を蓄えるものはいない。
それに今の状況は調査隊員の証言と全く異なっている。
二足歩行の筋肉質な三メートルほどの体躯。口元には拘束具が嵌められ、両手には刃がある。
証言から推測されるのは両手に武器を持ったはぐれオークだと言うこと。
しかし、あれは何だ。
はぐれオークとは似ても似つかない全くの別物だ。新種の魔物と仮定するならば、なぜ繭のような塊となって動かないのか。
百人以上ものハンターが、この動かない物体に殺されたとでも?触手が殺ったとでも?
それは絶対にあり得ない。
触手は遺体が乾燥してしまうほど中身を吸い出してしまう。本体に養分を送っているとするなら、残忍に殺されたまま打ち捨てられていたハンターとの辻褄が合わない。
だが、この物体と伸びる触手が
「本当に頭を抱えさせてくれるな」
心底面倒くさそうにラウルはこめかみを押さえる。
「レジーナ、正式な調査隊の派遣を要請するか?僕達だけで手に負える
「……いいえ。要請はしない」
少しの逡巡だった。
そして何故だか、ラウルの相好が険しくなる。
「どうしてだ?」
「私たちに命じられたのは
「………そうだな」
どうやら、王国への調査隊派遣はしないようだ。団長であるレジーナの決定に副団長のラウルが納得しないといけない理由は謎だが。
「殺すにしてもどうする。トーリたちの帰りを待たなくていいのか?」
クリスさんの言う通り、あの魔物を殺すにしても問題は付きまとう。
あれは未知の魔物だ。
ただ、数で圧して戦うには相手の力量を知らなさ過ぎる。ゆっくりと地面を這う触手だが、速く動くことも可能だし、地中から飛び出してきたりもする。
全員で圧す戦い方は無策にも程がある。
負傷者や犠牲者を考慮した戦法をレジーナやラウルが取るわけない。
「今はまだ———」
そんな時、レジーナの言葉を掻き消す大音声が森を木霊した。
「敵襲だぁっっっっ!!!!!!」
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