# 4 異常事態 ④

 見張りと休息の交代は四十人近くで行うため、大した苦労にはならない。

 騎士中隊の団員二名とおれとメリィの四人で真夜中の見張りは一度だけだった。四十人で見張りを回せば一度出て、後は朝になるまで寝るだけだ。


 広い拠点キャンプは内で雑魚寝する。

 キャンプの収容人数は20人くらい。そんな広さのキャンプが三つある。


 騎士中隊に女性はレジーナな一人で、有志で集まったハンターの中にはメリィを合わせて二人だけ。男が圧倒的に多いが、キャンプ内は広いでの男女混合での雑魚寝だ。


 おれは寝たり、起きたりを繰り返した。

 皆もそんな感じだ。横になっているだけで、ちゃんと眠れている人はいない。


 目の前で寝息を立てるメリィは例外だが。

 今日はずっとメリィにはフードを被らせている。別に今はもうフードを被る必要はない。食事は済んだし、捕食衝動は抑えられている。


 それでも尚、メリィにフードを被せているのは容姿が問題だ。

 メリィの容姿は人を惹き付ける。「魅了」とまではいかないが、男なら誰もが二度見すると断言出来るくらいには美しい。加えて、真っ白な長髪も人目を集める。


 寝る場なので今はフードは取っている。暗いし、誰にも見られない。


 寝て、起きてはメリィの寝顔を見る。仰向けでなく、おれの方へ身体を横向きにしてメリィは寝ているから、つい見てしまう。


 メリィの子供のような寝顔は嫌いじゃない。好きと言っていいかもしれない。ずっと見てられるとか言ったら大分気持ち悪いか。


 そんなことを繰り返す度に意識がはっきりしていく。やはり、眠れそうにない。外はまだ暗いが、日の出まで、そう長いわけでもなさそうだ。


 もう眠くもないので上体を起こす。

 すると突然、メリィが目を覚ました。起こしてしまったわけじゃないことは、すぐに分かった。


 キャンプの天幕が勢いよく開いた。

 鎧の擦れる音を響かせながら、キャンプ内に顔を出した団員の男は酷く焦っている。


「動きがあった!魔物が動いてるぞ!!」


 寝ている者はいない。全員が動き出す。

 素早く簡易的に脱いでいた鎧や武器を装備し直し、続々と天幕から出ていく。


「ショウヒ、メリィ!」


 天幕を出て、すぐにラウルから声を掛けられた。


「レジーナは?」

「レジーナもクリスも、既に向かってる。僕達も行くぞ」


 魔物がいる場所までラウルと共に走って向かう。

 太陽はまだ昇っていない。行き先に広がる森林を照らすのはラウルが手に持ったランタンだけ。心もとない明かりだが、幾何学に差し込む月明かりのおかげで先が見えないなんてことはない。


「ラウル、皆を下がらせて」


 レジーナとクリスさん、団員が二人。

 着いたと思ったら、四人とも後ろに少しずつ後退していた。


「何があった?」


 ラウルのそんな問い掛けも、レジーナの隣に立てば答えはいらなくなる。


 繭のような卵形の魔物に動きはない。動いているのは触手だ。魔物から伸びる触手が地面を這って、こちらへ迫って来ている。


「突然動き出したんだ。何もしていない。でも、触手がこっちに這って来てるのは気のせいじゃないよな」

「僕達の存在を知覚でもしているのか」

「どちらにしろ迫って来ていることに変わりはない。ラウルとクリス、ショウヒとメリィも下がってて」


 ゆっくりとだが、着実に迫る触手の前にレジーナは進み出る。


「脅威が知れない以上、恩恵者が相手をした方が安全よ」


 止めてくる前に先手を打つ。

 ラウルの開けた口から言葉が出ることはなく、代わりにため息を吐く。


「気を付けろよ」

「言われなくても」


 腰の鞘から長大のサーベルを引き抜く。

 改めて、剣身が通常のものより大きい。剣の重心が切っ先の寄ってしまわないのだろうか。常人では非常に扱いにくいものであることに違いない。


 這い寄る触手はまるで蛇のような動き方をしている。それが無数に地面を這っていて、包み隠さず言ってしまえば気色が悪い。


 メリィが一度切った触手からは透明な体液なようなものが滲みだしてきた。切断され、本体との繋がりを断たれた部分は動かなくなる。レジーナは迫って来る触手を一通り切ってしまうつもりでいるのか。


 何も口にすることなく、レジーナは触手を一本切断した。

 軽く振り下ろしていたことは見た感じで分かる。やはり、触手は硬くないのかもしれない。メリィといい、レジーナといい、二人とも恩恵者ギフテッドなので断言は出来ないけど。


 切断面から透明な体液を滲み出しながら、身悶えでもしているかのように触手が地面でうねる。蛇というかミミズみたいだ。そう思うと、何故だがさっきよりも気持ち悪く感じる。


 触手を一本切断し、しばらく様子見していたレジーナだったが、反撃してくることはなかった。続けて二本、三本とレジーナは次々に触手を切り落としていく。軽やかな舞踏ステップで触手の近くへ移動し、撫でるように軽く振られたサーベルが触手を断ち切る。


 一瞬といって言い時間で迫る触手をレジーナは全て切断してしまった。


「余裕だな、レジーナ」

「クリスもこれくらいは出来るでしょ」

「いやぁどうだろうな。知らない魔物相手にあんな大胆な動き、俺だったらしないぞ」

「何、終わった気でいるんだ。全然動いてるからな」


 透明な体液を地面にまき散らしてはいるものの、本体と繋がる触手は切断されて尚、くねくねと動き続けている。こちらへの進行は止められているが、死んでいない以上は一時的なものに過ぎない。


「再生は……」


 そう口に仕掛けて、おれは止めた。

 魔物の中には自己再生機能を持つものがいる。あの触手も何だか再生しそうな見た目をしている。さっきメリィは切断した触手はすぐに遺体へ戻っていってしまったので再生したかどうか分からなかった。


 再生しそうだと思った直感は見事的中した。

 透明な体液が断面を覆い始め、傷口を修復する。触手の長さは短くなったが、依然として本体から触手は伸び続けているし、地面を蛇のように這ってこちらに迫って来ている。


「本体を狙うしかなさそうね」

「一旦、レジーナも退こう。あの触手の行動原理が知りたい」


 何十本に及ぶ触手は全て、引き付けられるようにおれたちの下へ向かっている。


 調査隊の遺体はどうなったのか。知りたい気持ちもあるが、月明かりとランタンの火だけではよく見えない。


「それなら、私が行く。ショウヒたちがもっと下がって」


 メリィに任せようと思っていたのだけど、レジーナはやる気のようだ。心配そうなラウルには悪いがレジーナに任せてしまっても問題はないだろう。


 レジーナを置いて、おれたちは後方へ下がった。夜闇の中にレジーナの背がうっすら見える。それくらい離れれば、触手の知覚範囲からは離れられたはずだ。


 レジーナはおれたちが距離を取ったのを確認すると、満を持して動き始めた。


 右手側へ円を描くように歩く。

 触手の移動は人間の歩く速度より遅い。おれの頭目掛けて地中から飛び出てきた触手の動きは速かった。


 ゆっくりなだけと考えるのが妥当だ。


「レジーナのことを追ってるな」


 この距離で、地面を這う触手を見るのはかなり難しい。いくら視力が良いからと言っても限界はある。


 しかし、目を細めたクリスさんは触手の動きが見えたようだ。


 まぁ、触手の行動原理は思っていた通りだ。

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