# 4 異常事態 ③

 結界石を取りに帰るのはエリナたちのパーティーに任されることとなった。

 決してエリナたちが戦力にならないからと言うわけじゃない。若干不服そうな顔をしていたトーリも、クリスさんがエリナの意見に強く賛同したことで納得した。


 あの魔物は現状動かないでいるけど、いつ動き出すかは知りようが無い。戦力になる人員は残しておきたいのは当然で、結界石をドリスまで取りに帰るのは出来れば有志で集まったハンターの中から選びたい。


 二等級ハンターのクリスさんを除いて、おれを含めた三等級ハンターは騎士中隊の団員より戦力としては劣る。


 エリナたちがドリスへ戻って何時間か経つ。

 野営地の拠点キャンプで交代制の休息を取りつつ、魔物への警戒は怠らない。四十人もの人がいるので交代制の見張りと休憩は楽なものではある。それ故に皆、疲労していないため、しっかり休息を取る者は少ない。


 大きくて広いキャンプ内にはおれとメリィ、他数名の団員しかいない。


「わたしが殺ったほうがはやいよ」


 無防備と言っていいのかは分からないけど、動きのない魔物を相手に手を出さないでいることにメリィは疑問を抱いているようだ。


「集団行動だからさ、自分勝手なことはしちゃダメなんだよ」

「……どういうこと?」

「そうだな……今、ここにいるのはおれとメリィだけじゃない。自分たちが大丈夫ならいいって考えは通じない。効率が悪くても、死人が出ないような戦い方をするのが普通なの。メリィはおれだけじゃなく、ここにいる全員を守りながら戦える?」

「……できない」

「メリィがあの魔物と戦って、もし誰かが死んだら、それは勝手に戦いを始めたメリィのせいだよ。だから、今はまだ戦っちゃいけないの」

「……よくわかんない」


 フードの中でメリィが首を傾げる。

 そのせいで少しずれたので改めてフードを深く被らせる。


「でも、あれよくないよ」

「あの魔物が?」

「うん。ふつうじゃない」


 メリィの眼光が鋭くなった気がした。

 「普通じゃない」なんてやめて欲しい。あれは魔物ですらないと言っているみたいで気味が悪い。


 新種の魔物である可能性も考えていたが、違うのかもしれない。


「普通じゃない、ね………」


 あれをこのまま殺してしまっていいのだろうかと思う。

 新種の魔物であるなら新しい発見で、もし魔物でないのならそれはそれで大発見。どちらにしろ人類にとっての未知であることに変わりはなく、未知のままにしておくことに対して、おれは余り良い気がしない。


 「良い気がしない」とは、何とも研究者然とした考え方だ。

 しかしながら、おれには解剖学の知識や経験がない。両親は出来たのだろうが、おれは教わっていない。未知を既知へ帰るための技術を持ち合わせていないので、おれは自分のことを研究者などと語ったことは一度もない。


 おれは両親の研究を継ぐものだと思っていた。

 そのために両親は幼少期の頃から研究の知識を与えていた。英才教育とでも言うのだろうか。とくにしたいことも、何かになりたいという将来の願望もなかったおれは、両親の研究を手伝い、ゆくゆくは一人前の研究者になるのだろう。


 しかし、両親の訃報は突然なことで、今はこうしておれもメリィも魔物狩りハンターをやっている。


 おれには目的がない。

 魔族研究を続けた先、一体何が待っているのか。何世代にも渡って代々行われてきた魔族研究は大きな成果を上げているとは言えない。未だ、魔族メリィは人間を食べないと生きていけないのだから。


 これから先も、おれはメリィと生きていく。

 じゃあ、おれが死んだらメリィはどうなる。本能のままに人間を襲って食い殺す、なんてことはないだろうが、罪のない人間を襲う可能性はある。今はおれがいて、ギルドに手配された賞金首を狙って、メリィに与えている。


 そして両親は言っていた。メリィは普通の魔族ではない。人間と魔族の共存に大きな進歩をもたらすかもしれないと。


 確かにメリィは魔族だが、人間に近い。

 もしかしたら人間になれるかも。何一つ理由なんてものはないんだけど。

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