# 4 異常事態 ⑥
誰よりも早く駆け出したのはレジーナだった。巻き起こった風圧に煽られる中、レジーナの軌跡は拠点キャンプへ続いていることを確認する。
「キャンプが危ないぞ!」
背負った二つの
「ショウヒとメリィはここにいろ!あれの見張りを頼むっ!!」
答えを聞くつもりはなかったのだろう。
そう早口で伝えるとラウルも行ってしまった。
拠点キャンプが襲われた。
キャンプ地点から上がった「襲撃」という叫び声を発端に拠点のある方角からは大小様々な声が飛び、拠点を照らす光の揺れが激しさを増す。
今にでも助けに向かいたい気持ちはあるが、ラウルが言ったように地を這う触手を見張る必要がある。詳細な状況は掴めなくても届く声から拠点を襲ったのが触手であることは聞こえ知っている。
「地中からか……」
目の前でゆっくりと迫る触手は地上を蛇のように這っているが、地中から飛び出してきた触手だってあった。身を持って体験してるし、警戒はしていた。
「やっぱり、地面に潜った触手の所在は分からない?」
「うん。あれのまりょく自体、よわいから。むずかしい」
魔族の魔物探知は魔物の有する魔力に反応する。人間の魔力と魔物の魔力は別物であり、魔族は後者のものしか探知できない。前にメリィの戦う所を見たと言っていたエリナに気付けなかったのも当然のことで、食事の時以外も気を付けてはいるが、やはり完璧にはいかない。
すぐ近くで仲間の人たちが襲われているというのに何も出来ないのは心苦しくはある。だが、
「あれ、メリィ……触手は」
「もぐった?」
「潜ったな」
未だ拠点の方から戦闘の音が響き続ける中、地上を這っていた触手が一斉に地中へと姿を消した。正確には触手が地面に突き刺さった状態で地上での動きを止めた。
「全部切って」
十を超える触手が地面に刺さる。地中を進んでいる、いないは知りようがない。分からない以上は全部切ってしまうしかない。今まさにおれの足元から飛び出してくるかもしれないのだから。
フードで覆われたメリィの頭が下がる。頷いたのか、身を低くしたのか。どちらにしろ、メリィは瞬時に駆け出し、ものの数秒で地面に刺さった触手を全て切断して見せた。
「きったよ」
戻って来たメリィは大太刀に付着した透明な粘液を振り払う。
「あぶないから、ショウヒはわたしのちかくにいて」
「分かってるよ」
とは言いつつ、メリィが戦っている時は近くにはいれない。おまけに相手は地中から飛び出してくるし、メリィの魔物探知も当てにならない。
メリィがそう声を掛けてくるのも無理はない。
おれだって全然怖い。
状況がまずい。この場にいるのが、おれとメリィの二人だけというのが不利だ。奇襲上等の相手にメリィ一人ならまだしもおれはどうすることも出来ないわけで、完全にメリィ頼りになってしまう。
戻るべきか。触手の襲撃に遭う拠点だが、ここにメリィと二人でいるよりかは安全だろう。触手と一対一で戦ったことはないので、その脅威は知れない。メリィは容易く切ってしまうが、常人で三等級のおれがどこまで通用するのか。
身を案じるのなら今すぐにでも戻るべきだ。
しかし、地上を這っていた触手が地中に潜った。拠点に行かせるわけにはいかない。
メリィに切られた触手は既に再生を始め、再生し切ったものから再度地中に潜り始めた。
「拠点の事が収まるまでは持ちこたえられよね」
「わたしはだいじょうぶ。ショウヒは?」
「どうだろう。メリィは触手が地中に潜ったら、すぐに切っちゃって」
「うん」
切っては戻り、切っては戻りをメリィは繰り返す。
再生し潜る、再生し潜るを無数の触手は繰り返す。
このままでは埒が明かない。
拠点からの戦闘音が鳴り止まないのも、触手が再生し続けるから。
「まだ生きてるようね」
何度目ともなるメリィと触手のいたちごっこを見届ける最中、レジーナが戻って来た。
「拠点は無事よ。貴方たちも同じ状況みたいね」
「レジーナは本体を狙いに?」
「ええ。触手は切ったところで再生し続ける。拠点近くの地中から現れた触手はラウルとクリスたちで抑えてるから」
「あれに手を出すのは、おれは余り気乗りしないけど」
「たからって、このままってわけにもいかないでしょ」
地中に潜った触手をあらかた切り終え、戻って来たメリィと入れ替わるようにレジーナは進み出た。
歪な卵形の魔物。まるで繭のようなそれから無数の触手が伸びる。見るからに異質で異様。手を出すのが躊躇われるくらいには不気味だ。
そんな
「地中から飛び出してくるかもしれないから、気を付けて」
「分かってるわよ」
一応だが、言っておかないわけにもいかないだろう。あれがちゃんと生きているのであれば、近付いてくるものへの防衛反応があるはずで、さっきのように地中から突然飛び出してくる可能性も考えられる。
「なにするの?」
「あれを何とかするつもりらしい」
「……そう」
不安はある。
レジーナが大丈夫かと言う不安ではなく、あれに何をするつもりなのかと言う不安だ。
切断された触手が気持ち悪いくらい地面をのた打ち回っている。そんな中をレジーナは進む。地上に見える触手がレジーナを襲うことはないだろう。地中から飛び出して来ないかどうかは分からないけど、
しかし、レジーナが襲われることはなかった。
手を伸ばせば届く距離で足を止め、何をするのかと思った矢先、レジーナは迷いなくサーベルを真横に振るった。と同時に勢いよくレジーナは飛び退いた。
「最悪」
腕に纏った鎧に付着した透明な粘液を払う。
いや、そんなことより目の前の魔物に目が釘付けになる。
「なんか出て来たぞ……」
「そうね……」
レジーナの振るったサーベルが繭状の魔物を切り裂いた途端、中から透明な粘液が溢れ出した。その粘液が腕の鎧に付いて「最悪」とレジーナはこぼしていたが、最悪なのは粘液とともに中から何かが出て来たことだ。
加えて、のた打ち回っていた触手が一斉に動きを止めた。
「死んだと思う?」
「どう?」
「いきてる」
レジーナからおれへ、おれからメリィへ。
魔物の魔力を探知できる
粘液とともに中からこぼれ落ちるように出て来た物体は、まるで胎内から産まれたような状態だ。遠目かつ月明りなので産まれ落ちた物体の詳細がよく確認できない。メリィが生きていると言った時点で、近づいて確認する気は失せた。
「私が見てくる」
「それはダメ」
とは言え、そう思えるのはメリィのことを知るおれだからだ。
レジーナが見に行こうと言い出したので止める。口だけじゃ、止められないことはさっきのことで周知している。レジーナの腕を掴んで直接止めた。そこまでされたからか、レジーナもおれの手を払うことはしなかった。
「触手の動きは止まってるわね」
「あれが繭のような性質を持つ魔物だとすれば、今出てきたものが本体で、触手は繭を守る防衛器官と捕食器官を兼ねたものに過ぎない。本体が中から出て来たことで触手の動きが止まるのは不思議じゃないよ」
「……じゃあ、あれは本当に生きてるわけ」
「生きてるよ」
「うん、いきてる」
あれはやはり蛹だったのか。
一部の昆虫が成虫になる寸前に行う。完全変態する時の蛹化を魔物が行う。確かにいる。魔物の生息域は世界全土であり、人類や獣類、鳥類、虫のような姿形をするものまで多種多様に存在する。
そに中で蛹化を行う魔物は、おれが知る限りでも数種類ほどしかいない。
魔物の発生理由は不明だ。何千年も前から世界中に跋扈し、人類との生存圏争いを行っている。オークのように知能を持つものもいるが、ほとんどの魔物は人間を殺すために生きていると言っていい。
そんな性質の魔物であるがために、蛹化というのは進化の過程で排除される形質だ。成体になるまでに時間が掛かる上に蛹化中は無防備だ。
こう思うのは、もう何度目になるだろう。
マジであれは何なんだよ…………
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