# 3 束の間 ③

 ハンターの多くは徒党を組んで魔物を狩る。

 いわゆるパーティーを編成して、個々の長所を生かした効率の良い戦闘を行う。また、短所を補い合う生命線ライフラインでもある。


 魔物との戦闘は文字通り命を奪い合う、殺し合いだ。

 魔物が群れるようにハンターも単独で魔物を狩るようなことはしない。一等級ハンターなどの常人の埒外にいる者であるなら、単独で魔物を狩ることも可能であり、逆にそっちの方が状況ごとに戦闘スタイルを変化させられる。


 数がいれば手数も増える。

 相手にする魔物が一匹で、こっちは五人組のパーティー。五人で一斉に襲い掛かれば、その手数の量を捌き切るのは容易じゃない。低級や同等級の魔物であるなら、単純な手数で圧す戦い方も有効だ。


 しかし、それは手数だけでどうにかなる魔物という制限付きだ。


 今回の異常事態を引き起こす魔物は騎士中隊と有志ハンターの総勢四十三人の手数を持ってしても、何とかなるような相手ではないだろう。それに魔物一匹に対して五人ならまだしも、魔物一匹に対して四十三人もの人間が同時に襲い掛かることは不可能だ。


 そうなれば、必然的に連携を取ることが求められる。


 ハンターの組むパーティーはせいぜい五、六人での連携だ。レジーナの率いる騎士中隊の団員数には遠く及ばない。仲間が四十人を超えるかたといって無策に魔物を相手にするのは危険であり、仲間が多いからこそ連携が必要になることもある。


 そのことについて、ラウルは一番大事なことだと前置きしてから「団長レジーナ副団長の指示を聞いて行動しろ」と強く言い放った。


 騎士中隊の団員と違って、ハンターたちはレジーナやラウルとは昨日会ったばかりだ。指示を聞いて行動は、指示する者が、指示をされる側に信頼されていなければ成り立たない。信頼の無い指示なんて命令と同じだ。


 おれは指示と命令の違いをそう認識している。


 軍組織という上下関係の間では指示や命令の区別が曖昧なのかもしれないが、レジーナの騎士中隊は命令による指揮ではないはずだ。レジーナとラウルは、どうやら酷く喧嘩中のようだが、団員からは信頼されているように思える。


 ラウルに参加しろとされてから、一時間ちょっとの訓練だった。


 疲れはしたものの苦行とまではいかない。周りで各自、鍛練に勤しむ団員たちと比べれば、大分初歩的な訓練内容に過ぎない。


 そんな訓練も実践となれば、その時の状況に大きく左右されてしまう。訓練が意味をなさない場合は多い、とラウル自身が言っていた。


 そして、ハンターたちは解散することになったが、トーリたちはラウルの一存によって残されている。


 別に何も言われてないけど、おれとメリィも中庭に残った。レジーナと話していた時と同様に端からトーリたちとラウルを眺める。


「君たちを残した理由を理解しているか?」


 そんな問い掛けから始まった。

 おれが真っ先に思い付いたのはエリナの存在だ。ラウルは王国軍の魔法使いであり、どの程度の実力なのか詳しいことは分からないけど、エリナの魔力量の多さに驚きを示していた。


 単純にエリナに興味があったから、トーリたちを残したのではないか。


「く、訓練はサボってないであります!」

「そうか、トーリはサボっていたのか」

「ど、どうしてそれを!?」

「今、自分で言っただろ」


 訓練内容を訂正するとすれば、ラウルの指導はトーリに対してだけ厳しかった。と言うより、同じ訓練内容ですら無かった。


 トーリだけ、騎士中隊の団員と木剣を交えていた。三等級のトーリが主として使う武器は剣であり、独学であるの思うが、それなりに剣術の経験を積んでいるはずだ。


 だが、相手をしていた団員の方が遥かに強かった。滅多打ちにされては立たされ、滅多打ちにされては立たされてを繰り返す。


「私は残るつもりでした。ラウルさんに魔法の扱いを教えてもらいたいので」


 訓練中も言っていた。

 こんなことより、魔法の練習をしたいと。


「そうだ。エリナには魔法使いとしての素質があるはずだ。僕よりもな。君たちは『至高の魔法使い』と会ったことはないだろう?」

「しこうの魔法使い?強そうではあるな」

「トーリは黙ってて。バカなのがバレるよ」


 エリナの言う通り、バカな発言をするトーリをラウルは無視する。


 他メンバーであるエリナとオード、セノ、エンバルの四人は首を横に振った。


 一介の三等級ハンターが『至高の魔法使い』と会うことなんで普通出来ないので当たり前の反応だ。


「僕はある。一度だけな。その時に、この片眼鏡魔道具で『至高の魔法使い』の魔力量を盗み見たんだ」


 そんなことして大丈夫なのかと思わずにはいられない。バレなければ大丈夫なのかもしれないが、『至高の魔法使い』ともなれば、その片眼鏡モノクルが魔道具であると見破っていそうだ。


「『至高の魔法使い』の魔力量は当然底知れないものだった。だが、エリナもその魔力量に匹敵する。言いたいことは分かるだろ?」


 『至高の魔法使い』を引き合いに出され、エリナ共々愕然とした表情を見せる中、やはりトーリだけは違った。


「それは良かったじゃんか。エリナには魔法使いの素質がめっちゃあったってことだろ」

「いやいや、そういう問題じゃないよ!わ、私が『至高の魔法使い』って……!?」


 どうやら、エリナもおかしくなってしまっている。


「エリナが『至高の魔法使い』とは誰も言ってないと思うよ」


 エンバルによる冷静なツッコミによって、エリナは少し落ち着きを取り戻す。


「そうね、そうよね」

「当たり前だ。エリナ、今のおまえは豚に真珠だ。真珠のような魔力量を持っていると言うのに、エリナ自身が魔法使いとして未熟な豚だ」


 豚呼ばわりされたことに若干眉が吊り上げるエリナだったが『至高の魔法使い』と同等の魔力量と聞いて、それどころではなかった。


 端から盗み見て、盗み聞く、おれもラウルのその言葉には驚きを隠せない。


 魔力量がラウルより上回っているだけでなく『至高の魔法使い』に並ぶとなれば、あの時のレジーナとラウルの驚かなさは不思議だ。


「僕が言いたいのは、エリナは魔法使いとして大成する。そのための研鑽を王国軍で積むのはどうかという提案だ。こんなところでハンターやっているには惜しい才能を持っている。いや、そうじゃない。惜しいとか、そんなんでもない。ちゃんと分かってるか?エリナ、君は『至高の魔法使い』と同等の魔力量を持っているんだぞ。僕が王国に報告すればどうなると思う?」


 途端に脅し口調になるラウルには答えず、エリナはただ怪訝な顔を見せるだけ。


「まぁ大丈夫だ。僕はそんなことしない。だから睨むな。僕は提案と言っただろ。だが、自覚はした方がいい。エリナの魔力は『至高の魔法使い』と並ぶ」


 魔導の極致を追い求めた者を『至高の魔法使い』として敬う。

 王都キャンベルには二人、『至高の魔法使い』と呼ばれる人間がいる。どちらも何十年にも及ぶ魔導探求の末、常人の域を超えた。誰もがなれるわけじゃない。魔法の才能だって大きく関わってくる。


 二人の『至高の魔法使い』は御年百歳は超える。膨大な魔力量を有していても、実戦で扱うには身体機能が老い過ぎている。


 しかし、エリナは違う。


「力の使い方は考えろ」




 もちろん、エリナが王国軍に入るなんて判断を下すはずもなく、ラウルも言った通り、脅すことはしなかった。


 エリナはラウルに指導され、トーリ含めたパーティーメンバーは騎士中隊の団員による付きっきりの鍛錬が行われた。エリナたちを残した理由は知れたし、どこかへ行ってしまったレジーナは帰って来ることなさそうだった。


 再度始まった鍛錬をしばらく見届け、おれはギルドの中庭を後にし、これといった事もなく、今日一日は終わりを迎えた。


 明日、異常事態イレギュラーの鎮圧を行うため、ラウルもエリナたちも支障が出るような無理な鍛錬はしないはずで、おれたちも魔物を討伐しに行くには時間が遅かった。


 こういうことを言うのは何だが、訓練も鍛錬も今日一日の付け焼き刃に過ぎない。実戦で役に立つと思うのは楽観的過ぎる。意味のないことだとは思わないけど、これで大丈夫だと安心出来るようなものではない。


 極論、いくら訓練や鍛錬を積んでも敵わない相手というのは存在する。

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