# 3 束の間 ②

 中庭に現れたギルド長の制止によって二人の動きは止まった。

 何も本気で殺し合っていたわけじゃない。制止したのがギルド長だったから二人の刃が互いの首寸前で止まったわけでもない。


 中庭にいる誰かが、止めるよう声を上げていれば二人は戦闘を止めていた。

 ただ、この場に声を上げる者がいなかっただけで、二人の人外な戦闘力に全員の目が奪われていただけに過ぎない。かく言うおれも頭では止めないとと思っていても声が出なかった。


「刃の潰れていない武器を使うなど、模擬戦闘にしては度が過ぎているぞ」


 中庭の出入口付近で厳粛に佇むギルド長は職務ついでに立ち寄っただけのようで、背後に控える秘書が厚い紙束を頑張って抱えている。何も持たないギルド長とは、立場の差であり、それぞれの役割なので致し方ないことだ。


 少しくらい持ってあげてもいいんじゃないか。

 そんな考えをしてしまうのは真面な仕事に就いたことがないからか。


 レジーナとメリィが、各々の得物を下げたところまで見届けるとギルド長は館内へと戻っていった。


「模擬戦をするなら木剣を使え!それくらい常識だぞ!」


 大股でやって来たラウルにレジーナだけでなくメリィも詰められる。メリィが何とも言えない表情なのは、自分がなぜ怒られているのか理解出来ていないからだろう。


「力はおさえたよ」

「そうね。私も大して」


 そう言いながら、一度振るってサーベルを鞘にしまうレジーナに反省の色が全く見えない。


 妙に思うところは昨日からあった。

 レジーナとラウルは騎士中隊の団長と副団長だ。言葉を交わす回数は他団員と比べて多く、その会話に違和感など感じなかった。しかし、任務外と思われる時間での会話は全くない。


 今も、怒るラウルを前にレジーナは目を合わせることすらしない。


「安全配慮に欠ける行動を示すのが団長のすることか?」

「規律を破ったわけじゃないなんだから、ぐちぐち言ってこないで」

「僕は何も間違ったことは言ってないが?言われたくないんだったら自分の行動を改めろ」


 喧嘩でもいているのか。

 公私混同しない辺り、王国軍人なだけある。


 返す言葉が見つからないレジーナは中庭を去っていく。

 恩恵者ギフテッドであっても安全性に欠けた模擬戦闘であった。安全性に欠けたと言うラウルの言い分は正しく、レジーナが何を言おうとその正当性を覆すことは出来ない。


 取り残されたラウルとおれとメリィ。

 この調子でメリィへの説教が始まると思いきや、そうはならなかった。


 小さく、それでいて長く微かなため息だった。

 放った言葉とは裏腹に去っていくレジーナの背を見届けるラウルの瞳には心配の色が宿っている。


「メリィ。君にならレジーナの気持ちを理解できるのか?」


 そんな唐突な問い掛けに少しの間を空けて、メリィは答える。


「気持ち……?わからない」

「そうか」


 期待はしていなかったのだろう。

 一度瞼を閉じた次には瞳から心配の色は抜けていた。指導するハンターたちの下へ踵を返そうとして「ショウヒ」と、今度はおれの名を呼ぶ。


「レジーナの用は済んだみたいだしな。恩恵者メリィはいいとして、常人おまえは訓練に参加しろ」


 芝生の上で大の字になるトーリに目を移してしまう。

 他のハンターたちも同様に疲労具合が見て取れる。それくらい厳しいものなのだろうかと推測してしまって、やる気が失われた。拒絶することは許されないと言った命令口調での「参加しろ」発言に、おれも返す言葉を見つけられなかった。

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