# 4 束の間 ①

 レジーナの率いる騎士中隊は総勢30名。

 有志で集まったハンターはおれやトーリ達を合わせて23名だったが、真実を伝えたところ二パーティーが辞退し、結果的に13名となった。


 クリスさんとトーリ達の五人、それとおれとメリィ。有志のハンターは八人だけになると思っていた。実際に二つのパーティーは自体したけど、残ってくれたパーティーもいた。


 顔合わせも会合のあった日に済ませた。

 翌日は王国軍の休息及び討伐準備、翌々日から森へ出発する。


 そして今日は会合から翌日。

 王国軍の休息とは言いつつ、ハンターズギルドの広い中庭では騎士中隊副団長であったラウルが有志で集まったハンター達へ集団戦の基礎を訓練し、他の団員も鍛錬に励んでいた。


 こういった異常事態イレギュラーを幾度となく経験してきたであろう王国軍の鍛錬には鬼気迫るようなものを感じる。休む間もなく鍛錬に励む姿勢に感化されてか、ラウル主導の訓練を受けるハンター達の意欲は高い。


 その中でも特に、エリナは魔法の扱いをラウルから熱心に教わっている。

 ラウル以上の魔力量を有するエリナだが、実戦となればラウルの圧勝だ。二人には魔法を扱う技術に大きな差がある。今のエリナでは魔力枯渇マインドダウンしないという点でだけしか、その膨大な魔力を上手く活用出来ていない。


 そんなことをラウルは言っていた。


「人に何かを教えるのは、私よりラウルの方が適任なの」


 そして、ラウルや団員達を傍から眺めるレジーナは随分と印象が変わった。

 会合では固い言葉遣いをしていて、近寄り難い感じだったのが、今では普通の女の子だ。


恩恵者ギフテッドだから?」

「そう。普通の人の勝手が分からない。メリィもそうでしょ?」

「わからない。戦い方教えたことない」

「教わったことは?」

「ない」

「私も」


 恩恵者ギフテッドには恩恵者ギフテッドにしか分からないことがある。

 メリィはいろいろと別なので置いとくとしても、レジーナの口振りからは恩恵者ギフテッドであることで生じる苦悩を感じられる。


 恩恵者ギフテッドであることを妬むハンターも少なくない。


 一等級ハンターの多くが恩恵者ギフテッドであり、そうでない者が肩を並ぶのは難しい。そしてそれは次代の勇者になるため必要な素質が恩恵者ギフテッドであることを裏付けている。


 恩恵者ギフテッドとそうでない者の間には、その強さに絶対的な境界線が引かれている。


「レジーナの恩恵者ギフテッドは先天的なものなのか?」

「いいえ。後天的なものよ。四年前に授かったの」

「えっ誰に?」

「神様とかじゃない?私も分からないけど。授かったって言ったのは後天的である以上、そう考えた方が納得いくでしょ?」

「あぁそう言うこと……」

「私が神様と会って、この力を貰ったって思ったの?」

「思った。逆にあり得ないと思う?」

「どうだろうね。私も、どうやってこの力を手に入れたのか覚えてないの。寝て起きたら、恩恵者ギフテッドになってて。覚えていないだけで、夢の中で神様と会っていたかもしれない。メリィはどうなの?」


 当然過ぎる流れでメリィにも恩恵者ギフテッドの経緯を問う。


「わからない。おぼえてない」


 何かあった時は「分からない」と「覚えてない」

 その二つで切り抜けろ、とメリィには教えている。


 ギルドの中庭に来てから、訓練をするでもなく、こうしてレジーナと話している。有志で集まったハンター達は全員、ラウルによる訓練を行うために集められている。だが、おれとメリィはレジーナに呼ばれて来た。なぜ呼ばれたのか、まだ聞いていない。


「それで、おれとメリィはどうして呼ばれたんだ?」


 各々鍛練を行う団員と訓練を受けるハンターを前に、話しているのは何だか悪い気がする。本当はラウルの訓練におれも参加するべきなのだろうが。


「そうね。単刀直入に言うわ。メリィと手合わせしたいの」

「………は?」


 手合わせとは文字通り「手を会わせたい」という意味ではないはずで、目の前の光景を鑑みるたまでもなく模擬戦闘の相手としてメリィを誘っている。


 分かっていても呆気には取られてしまう。


「メリィの実力を私に見せて。その実力次第で、戦場での立ち回りは大きく変わってくる」


 レジーナと魔法使いを除く、騎士中隊の団員個人の実力は三等級ハンターよりあるのだろう。それでも二等級ハンターのクリスさんには及ばないと思う。


 今のところ戦場で前線を張れるのはレジーナとクリスさんの二人。だが、ここにメリィが加われば三人。


 そうなれば二人の負担は減るだろうし、全員の戦い方や指揮系統も大きく変わる。


「少し、メリィと話しても?」

「ええ、いいわよ」


 メリィを連れて、レジーナから距離を取る。

 建物の外壁近くで声を潜めながら話す。


「知られた以上は隠せない」

「うん」

「レジーナと模擬戦闘をすることになるけど、力は出し過ぎないように」

「うん」

「レジーナに合わせて上手く調整して戦って」

「うん」

「……ほんとに分かってるよな」

「うん、まかせて。力はおさえる。まかせて」


 不安なのはいつものことだ。

 こうして手出し出来ない状況になれば、メリィに頼んで、後は祈るしかない。


「いいよ。たたかう」


 レジーナの下へ戻るや否やメリィは即答する。


「武器は自分のを使っていいよ。私も使い慣れたの使うから」


 そう言って腰に提げたサーベルを引き抜く。

 王国軍が所有する通常のサーベルより、一回りも二回り大きいことは一目で分かった。


 刀身が分厚い。メリィの持つ大太刀のように扱いづらそうではないが、恩恵者ギフテッドにしか向かない武器ではある。


 サーベル全体のバランスや重量から見て、扱うのに相当な膂力が求められる。魔力による身体強化を行えば、恩恵者ギフテッドでなくても扱えはするだろう。だが、あのサーベルを腰に提げて持ち運ぶとなると、歩いている間も身体中に魔力を流さないと重くて持ち運べない。普通に魔力の無駄使いだ。


 超重量の武器は、軽々持てるだけの力を素で有している恩恵者ギフテッドでないと実用性に大きく欠ける。


恩恵者ギフテッドの使う武器って似たり寄ったりね」

「重くてデカい武器を扱えれば、それだけで戦闘で優位になるから」


 恩恵者ギフテッド同士による戦闘は早々見れるものではない。


 お互いの得物を向け合っただけで伝わる鋭い気迫に団員やハンター、中庭にいる全員が動きを止めて目だけを向ける。


 周囲をギルド建物の外壁で囲われる中庭で、二人とも本気で戦ったりはしないだろう。しかし、そんな考えとは裏腹に瞬きの間に行われた初撃はとてつもない威力だった。


 切り降ろしたレジーナのサーベル。

 切り上げたメリィの大太刀。


 ぶつかった二つの刃を起点に火花が発生し、風圧が中庭の芝生を波状に揺らす。


 まだ一太刀だ。

 でも、その一太刀で止めないとヤバいと思ってしまう。

 しかし、止めることは叶わない。


 長い様に思えたレジーナとメリィの鍔迫り合いは現実では一瞬の出来事だった。お互いに通常の得物とは異なる超重量なものだが、大太刀の方がサーベルより大きいし重い。


 切り上げたメリィの大太刀に飛ばされたレジーナは、しかし、後方へ宙返りして着地してみせる。押し負けたはずなのに悠然とした佇まいがそう思わせない。メリィを相手に余裕そうにする人間はレジーナが初めてだ。


 メリィも、今まで相手にしてきた中ではレジーナが一番だろう。

 恩恵者ギフテッドと戦える機会なんて滅多にない。


 二撃目はメリィからだった。

 芝生を踏み切ったメリィが一瞬で肉薄する。目に捉えられたのは何人いただろうか。おれは微かに見えた。でも、次の瞬間にはメリィがレジーナへ大太刀を一閃していた。


 左から右へ振られた大太刀による一閃は常人では反応することも出来ない。目に映った瞬間、大太刀に切られて終わる。しかし、相手をするレジーナは恩恵者ギフテッドだ。


 真横に振られた刀身を背面飛びで躱し、中空で身を捻って着地し、反撃する。

 突き出されたサーベルの切っ先はメリィの顔を狙っていた。頭を横へ逸らすことでメリィも難無く躱してしまう。


 だが、よく考えてみればメリィもレジーナも、日頃から実戦で扱っている武器だ。模擬戦用の木剣とは訳が違う。メリィといい、レジーナといい、どれも躱してなかったら殺していたし死んでいた。


 恩恵者ギフテッドの感覚は常人には分からない。本人たちからすれば、あれくらい避けて当然な攻防だったのかもしれない。しかし、見ているこっちは殺し合いを見ているようで息が詰まる。


 ただの手合わせだと言うので了承してしまったけど、間違っていた。恩恵者ギフテッド同士の模擬戦闘は模擬ではない。


「やめたまえ!」


 互いに躱された獲物を次撃に繋げる。

 そんな寸前で制止する声が中庭に響いた。

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