# 3 純潔の騎士 ⑧

「レジーナ!?」


 王国軍の男が驚き声で名前を叫ぶ。

 レジーナという名はさっきクリスさんが口にしていた。もしかしなくても「純潔の騎士」は男ではなく、女なのかもしれない。


「言葉には気を付けろ」

「……失礼しました。ですが、団長の判断に賛同しかねます」


 軍人らしく上下関係が明確だ。

 部下であった男の名前呼び言動を窘めるが、ラウルと呼ばれた男は反発を止めない。


「ハンターの手を借りたところで余計な手間が増えるだけです。団長にも、その経験があるでしょう」


 前に何かあったのだろうか。

 ラウルのその言葉には実体験に基づいたかのような謎の説得力が込められていた。


「そこの男、名前は?」

「トーリです」


 今訊くか、というタイミングでトーリの名を訊いた。でもそれは、これから「そこの男」呼びしなくて済むようにだった。


「トーリが口にしたように、今回は志を同じくしたハンターが集まっている。前のようなことは起こらない」

「ああ。ハンターたちの統率は任せてくれ」


 こちら側に付いた純潔の騎士レジーナをサポートするようにクリスさんも口を挟む。


「…………分かりました」


 ラウルの反応は大分遅れたものだった。

 本人はどう思っているのか分からないけど、正しい判断だ。ハンターと王国軍とで共闘し合えるのなら、それに越したことはない。


 たが、トーリはどうするつもりなのか。

 エリナは参加を辞退するつもりでいる。おれを含め多くのハンターを誘っておきながら、参加を辞退するのは最低な判断ではあるが。


 それでも二等級ハンターが死んでいるという状況を知ってしまったら、責めるに責めれない。しょうがない判断ではある。


「分かったが、有志で集まったハンターに二等級ハンターの死は伝えていなのだろ?同じ志を持つ者なら、それを知った上で残った者だ」


 ラウルの言葉を卑怯だと罵ることは出来ない。ギルドは二等級ハンターの死を公表せずにハンターを有志で募った。きっとクリスさんも知っていたのであろうが、ギルドと同様に黙ってい。


 卑怯なのはギルド側だ。


「お、俺は残るぞっ!!!」

「ダメよっ!トーリ!」


 盗み聞きしていた扉を豪快に開き、エリナが止めに入った。立ち上がって迷いなく中へ入っていくエリナとは違って、おれとメリィは突然のことだった。腰を落とし、盗み聞きする体勢のまま置いてかれる。


「エリっ!?」


 「行こうぜ」と言ったのはトーリだろうに、突然入ってきたエリナに驚くような素振りを見せる。


「君達は………」


 ギルド長のノバ・ローベルと目が合った。

 おれ、メリィ、エリナへ順々に視線を飛ばす。


 対面形式だ。

 ギルド長が真ん中に座り、両端をギルド職員が挟む。向かいには王国軍が座る。クリスさんとトーリは立ったまま。


 まず目に入ったの「純潔の騎士」だった。


 編まれた深い藍色の髪は戦闘の邪魔にならないようにか、肩付近の長さで揃えられ、白を基調にした王国軍の鎧は案外身軽そうな感じがする。騎士とは思えないほど顔立ちもよく、貴族令嬢のような印象を受ける。


 反発していたラウルは片眼鏡モノクルを掛けた理知的な雰囲気を纏う青年だ。こちらも鎧は身軽そうだが、ラウルは魔法使いなのだろう。


 そして二人とも若い。

 控えるもう一人の王国軍の男性より、二人は十歳以上若く見える。最年少で准将に上り詰めたというのは事実のようだ。


「二等級ハンターが亡くなってるのよ!その意味が分からないの!?」


 未だに言い争うエリナとトーリは、まるで痴話喧嘩をしているみたいだ。


 白熱する二人の言い争いをクリスさんが放っておくわけがなく、トーリを落ち着かせにかかる。


 おれとメリィも、いつまでも開いた扉の前で腰を落としているわけにもいかない。クリスさんが止めに入ったタイミングで、しれっと入室し、エリナを落ち着かせる。


「クリス君、この子らは一体?」


 トーリ同様にクリスさんが連れてきたと思ったのだろう。間違いではない。


「この子たちも有志で集まってくれたハンターだ。入ってきてしまうとは思わなかったが……トーリ同様、無関係な人間ではない」


 ギルド長への問いにクリスさんは困ったような表情を浮かべながら、上手く説明して見せた。


 二等級ハンターは弁まで立つと言うのか。


「少し待ってくれ」


 唐突なラウルの発言に、この場の全員の視線が集まる。片眼鏡モノクル越しの瞳が細められた神妙な面持ちが、騒がしくなった室内に緊張を走らせる。


「君は何者だ」


 おれたちにの方へ向けられた、その言葉に息が止まりそうになった。


 メリィの正体に気付いた。

 そんな考えが頭を過ったせいだ。さっき起こったことを思い出すことで、焦ることはなかった。


 冷静に発言の中身を窺う。


「ラウル、それは誰に向けての言葉だ?」


 誰も問わないならおれがと思ったが、クリスさんが先だった。


「誰って、そこの魔法使いだ。その魔力量はなんだ?」


 まずはメリィのことじゃなくて内心安堵する。


 そして、ラウルの掛けていた片眼鏡モノクルが、映したものの魔力量を測る魔道具だという推測が立つ。魔法に秀でた者の中には相手の魔力を感じ取れる者がいる。そういった者は大概、一等級レベルの魔法使いであり、准将の下に付く者が扱える技術ではない。


 ラウルから片眼鏡モノクルを受け取ったレジーナも、エリナの有する魔力量に驚いているようだ。


「魔力量だけを見れば、ラウルより多そうね」

「言われなくても分かってますよ」


 小声で話しているつもりなのだろうが、全然聞こえている。


 観察するかのように見られ、自分のことについてひそひそと話されるのはエリナからしたら良いものではないだろう。おれの背に隠れ、顔だけ出して口を開く。


「何ですか……?私はただのハンター魔法使いですよ……」


 冷静になったようで、ギルド長や王国軍の面々を前におっかなびっくりと答える。


「あなた達の名前を訊いてもいいかな?」


 達、というレジーナの問いに誰から最初に答えるのか。

 エリナは何だか警戒しているようなので、おれしかない。


「ショウヒです。こっちはメリィで、隠れてるいるのがエリナです」


 名前だけ端的に紹介すると片眼鏡モノクルを掛けたままのレジーナの瞳が細められた。


「君は……普通のようだな」


 おれの魔力は普通だ。

 三等級レベルのハンターが有する魔力量のはず。だから、普通呼ばわりされても落ち込むことはない。


「メリィと言ったな。君からは魔力を感じない」


 魔力を測る道具だと分かった時点で隠しようがない。ギルドの職員やクリスさん、トーリたちがいる前で話すのは、出来るのであればしたくなかった。


恩恵者ギフテッドだから魔力はない」


 メリィ自身が出した答えにレジーナとラウルの二人は予想通りと言った反応を示す。対して、ギルド長やクリスさんは驚きに口が塞がらないみたいだ。


 こうなると思ったから、公にはしたくなかった。 

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