# 3 純潔の騎士 ⑦
ギルドのメインホールには誰一人いなかった。立ち入り制限されているハンターがいないのは当たり前だが、いつも受付に立っているギルド職員の姿も全く見られない。
話し合いと言うので上階に集まっているのだろう。
階段の踊場でトーリが手を振り、こっちへ来るよう示している。それを見たエリナは静かに怒った。声を出さず、身振り手振りで戻って来るよう伝えるが、トーリが言う事を聞くわけがなかった。
「ほんっと馬鹿なんだから!」
静かに怒鳴るエリナの後を、おれとメリィは追って行く。
ギルドは普段、ハンターで溢れている。
人気が無いなんてことは普段なら絶対にあり得ないことで、今、視界に広がる無人のギルドは違和感そのもの。
階段を上がって会議室や応接間のある階に到着するが、トーリの姿もクリスさんの姿もない。加えてギルド職員の姿も見掛けない。職員さえも人払いされているのだろうか。
「奥の方から何か聞こえません?」
階段付近で耳を澄ますエリナに倣う。
確かに、微かにだが人の声のようなものが聞こえる。
その声に導かれ、奥へと進み、大きな部屋の前まで辿り着く。部屋に入らずとも中からの声は十分に聴こえた。
「そもそも、ハンターと共闘するなど聞いていない。そして連携の取れない集団と共闘するのは危険だ」
冷静な声音の男はハンターたちとの共闘を拒絶する。
派遣されて来た王国軍には「純潔の騎士」と呼ばれる人がいる。会話を盗み聞きする中で王国軍側の発言は全てこの男が行っている。ドリスの住民からはかなり歓迎されていた「純潔の騎士」がこの男であるのなら、ハンターによく思われていないのには納得がいく。
典型的な王国軍人。
魔物の増加と同時に爆発的に
その気持ちは分からなくもないが所詮はとんだ言い掛かりだ。
極論を言ってしまえば、王国軍だけでは増加する魔物の被害から人々を守り切れない。だから、
「そんなのやってみないと分からないだろ!」
間抜けそうな声がした。
額を押さえるエリナには悪いが、今のトーリは絶対に場違いだ。というか、なんでトーリは追い出されないのか。クリスさんと同伴したからなのか詳しいことは分からないけど、トーリが場違いなのは確かだ。
「あなたの言動は論理性に欠ける。一介の三等級ハンターに過ぎないあなたの精神論は、この場には不要です」
「ぐぅぅっ………」
ド正論を返され、ぐうの音しか出ないトーリには悪いが、少し面白かった。トーリをこのままにしておけば恥を上塗りするだけだ。頭を抱えるエリナも分かってはいるだろうが、おれたちは盗み聞きすることしか出来ない。
失礼します、と言って中に入り、トーリを強引に連れ出す。
出来なくはないだろうが、やりたくない。
「ラウル、おまえこそ、
物腰柔らかだったクリスさんの声音は王国軍の男を挑発するかのような、小馬鹿にした口調だった。
「
さっきまでの冷静さと理知的な雰囲気とは大分異なる。クリスさんへの返答は素のようなフランクさが感じられる。「純潔の騎士」とクリスさんは知り合いなのだろうか。
「やっぱりな」
予想通りとばかりにため息をついたクリスさんへ、王国軍の男は「どういうことだ」と言葉の先を促す。
「三等級ハンターの死者数は124名だ。その全ての遺体は損傷が激しく、魔物による被害だろうが、誰一人食われた形跡はなかった。この情報は知っていたか?」
王国軍の男から声は上がらない。
「それとだな……」
付け足して何か言おうとしていたクリスの言葉に変な間が空く。
数秒の間だった。ギルドの職員に確認でも取っていたのかもしれない。
「トーリ、おまえにも話そうと思っていた」
「な、何をです……?」
流石のトーリも漂う不穏な空気を察してか、恐る恐ると言った具合に尋ねる。
「消息を絶った調査隊には、私と同じ二等級ハンターが二名含まれている。そのことについて、王国軍へ追って伝えてあるとギルドからは聞いている」
クリスさんは言ってしまった。
部屋の中にいるトーリが今、一体どんな表情をしているのか想像は付かない。だが、左隣で盗み聞きしていたエレナは口を開けたまま固まっている。
まぁでも、それくらい二等級ハンターの実質的な死亡はハンターに衝撃を与える。
「
また、クリスさんの口から「レジーナ」という人の名前らしき言葉が出た。レジーナを派遣、という言葉の構成的に思い付くのは「純潔の騎士」と呼ばれる人間の名前ということだ。
あの男の名前がレジーナだとでも?
いやまぁ、人の名前なんて多種多様だ。女っぽい名前の男がいても何ら不思議なことではない。
「分かった。こちらに詳しい情報が共有されていなかったことは認めよう。情報共有の粗末さもだ」
舌打ちしそうな怒気を孕んでいた。
その怒りはクリスさんへ向けられていないことは明白だ。王国軍も一筋縄ではいかない人間の組織というわけだ。
「しかし、そうであるなら尚更、ハンター達との共闘など出来ない。集団戦の心得もない
それでもスタンスは変わらないようだ。
「今回の
「論点がおかしいな、クリス。王国軍は集団戦のプロで、おまえたちハンターは精々四、五人だろう。指揮による統制と個々の練度、物量で圧すだけしか脳のないハンターとは根本的に違うんだよ」
「笑わせるな。そんなことを聞いているわけじゃない。おまえは今回の
今にも殴り合いに発展してしまいそうな言葉の応酬を続けるクリスさんと王国軍の男に盗み聞きするだけのこっちまで冷や冷やする。
「ショウヒさん、二等級ハンターが死んだって……私たち参加しない方が」
二等級ハンターの死という衝撃から立ち直ったようだ。若干顔を引きつらせてはいるが、エリナは参加辞退の方向に考えをシフトさせている。おれ的には絶対にその方がいいと思っていので、後押しも込めて促そうとした瞬間だった。
「どうしてなんですかっ!!!」
エリナの言葉を掻き消し、トーリが叫んだ。
「どうして同じ目的を持つ者同士で争っているんですかっ!?王国軍のハンターを嫌う姿勢は心底理解出来ません!もちろんハンターにも王国軍を嫌う人はいるし、ハンター全員が王国軍のように人を守るために魔物を討伐してるわけじゃない。けど、クリスさんも、共闘するために集まったハンターも、あなた達と、王国軍と同じ志を持ったハンターです!!!」
勇者を見たような。
勇者がいたら、きっとトーリにような人を言うのだろう。
そんなことを思ってしまう。
誰も声を上げない。当たり前だ。トーリの言葉に反論する余地は無かった。何一つ、トーリの言ったことに間違いはないのだから。それをクリスさんも、王国軍の男も分からないわけがない。
しばらく続いた静寂を破ったのは女性の声だった。
「ラウル、もういいよ」
銀鈴が鳴るように、良く通る声だった。
「私は、その男の意見に賛同しよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます