# 3 純潔の騎士 ⑤
戻って来たトーリのおかげで、エリナは正気に戻ってくれた。
魅了された人間を正気に戻す方法は、自宅にあった研究資料にも明確に記されていなかった。時間の経過が正気に戻す唯一の方法だ。
初めて魅了された人間が正気に戻るまで約一時間。
そこから魅了されるごとに正気に戻るまでの時間が短くなっていく。
おれは何度も魅了されてきたので耐性が付いている。エリナは初めて魅了されたはずだから、一時間は頭の中がメリィのことだらけになる。
耐性の付く前のおれだったら、すぐにメリィから距離を取っていた。女のエリナはどうか分からないが、男のおれは魅了された状態だと危ない。メリィを性欲の対象として、強く見てしまう。
一応、エリナからもメリィを遠ざけようとしたところ、戻って来たトーリによってエリナは正気に戻った。トーリに何度か両肩を揺さぶられただけで正気に戻ってしまったのだ。
「あれっ私……何してたっけ……?」
「大丈夫か、エリ?」
「トーリっ……近いよ」
「ああ、ごめん」
両肩を掴まれたエリナは眼前に迫ったトーリを認識してか、若干頬を染めた。魅了された時のような染め方ではないが、それが正常な証だ。加えて、エリナはトーリのことが好きなのだろうか。それが魅了を解く条件だとでも言うのだろうか。
咄嗟にそんなことを考えてしまうおれは
「ショウヒさん……私、何かしましたか……?」
思わず凝視してしまっていた。その視線に気付いたおれにエリナは問う。
魅了されていた時の記憶が無いのか。魅了が解けたのはトーリに触れられてからなのは確か。一体、どこから記憶が無いのか。
「メリィも同い年かどうか訊いてた」
「あっそうでした!でも、どうしてトーリが……」
「戻って来たからだよっ!はぁー、エリはボケちゃったのかよ」
魅了された時点からの記憶が無いと。
なぜ、
トーリに触れられたことで魅了が解除されたように見えた。
仮説を立て、実験と検証を繰り返す。そうすることで真実が解明される。
研究者らしいことなんて何一つしたことないのに、両親に育てられたからか研究者のような考え方をしてしまう。親が子に及ぼす影響は計り知れないと言うわけだ。
「あっち見て」
メリィに肩を叩かれ、耳元で囁かれる。
ついさっき魅了されたことが絶対に原因だろうが、エリナの言うように「ドキッ」としてしまう。
顔に出てしまわないよう険しい顔をするおれとは正反対に、背後へ振り向いて見えたメリィの表情は無だった。代わりに言葉通り、人差し指でどこかを指差している。
「クリスさんっ!」
メリィの指差す方向には二等級ハンターのクリス・エヴォードがいた。
金の短髪に三白眼、筋肉質な体格、背には先が鋭利に尖った菱形の
一方的に知っているだけで話したことはない。
だが、トーリは違ったみたいだ。
こちらに向かってくるクリスへ、トーリは手を振って駆け出した。まるで親しい友人のようなフランクさで駆け寄るトーリにクリスも片手を上げて応えた。
「知り合いなの?」
「うん、前に助けてもらったことがあって。それからトーリがクリスさんを慕うようになってね。クリスさんが有志に参加するって聞いて、トーリが『俺たちも参加するぞ』って」
「そんなに軽く考えていいことなのかよ」
「最初は私も渋ったよ。でも、クリスさんの実力は本物だし、今はショウヒさんたちがいますから大丈夫です!」
エリナは自信満々に言い放つ。
誘われたあの日から、エリナの言動にはずっと引っ掛かるものがあった。参加してくれたおれたちを立てての言動だと思っていたけど、二等級ハンターのクリスと同等かのような、今の言い方は流石に無視出来なかった。
「おれとメリィが三等級ってこと、ちゃんと分かってるよね?」
少し詰めるように確認してしまったが、エリナはあっけらかんと「分かってますよ」と端的に答えた。
「でも私、一ヶ月くらい前に見たんです」
隠していたことを自白するように述べるエリナに先を促す。
「ショウヒさんとメリィさんが……」
一ヶ月前。
故郷だった場所に戻って来て、初めてドリスへ訪れた時だ。あの時も尽きた貯金と食糧、メリィの食事を済ませるために訪れた。
何事もなく食事を済ませ、何事もなく魔物を狩ってお金を貯めた。エリナは一体、おれたちの何を見たというのか。
事と次第によっては不味いことになる。
それだけは絶対に避けたい。なら止めるべきか。聞かない方が互いに良い。
もし、見れていたのだとしたら、その事をエリナが口外しないのは謎だ。脅すつもりなら既にやっているはずだ。
いや、そもそもエリナは人を脅すような人間には見えない。
右往左往する思考の末、エリナが自白するよりも早く、結論は出なかった。
「メリィさんが魔物を狩ってるところを!」
深く考え過ぎて、身構えてしまったおれは大層滑稽だっただろう。
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