# 3 純潔の騎士 ④

 異常事態イレギュラーへの参加を意思表示してから二日。

 ハンターズギルドが王国軍へ派遣要請を行ってから三日。


 今日、商業都市ドリスに王国軍が到着した。


 異常事態イレギュラーの対処に来てくれた王国軍をドリスの住民は喜んで迎え入れた。そして、街全体が騒がしいのは単に王国軍が来てくれたからと言うわけじゃない。


 住民が話すには派遣されて来た王国軍は「純潔の騎士」と呼ばれる、有名な騎士らしい。世情に疎いため「純潔の騎士」が何者なのか、今の今まで知らなかった。


 最速、最年少で准将の地位にまで上り詰めた才女であり、華々しい武勲を上げる女傑でもある。現在の王都では知らぬ者がいないほどの名声を誇り、次代の勇者候補と国民の間では噂されていると言う。


 商業都市ドリスでも王都を行き交う商人たちによって、その噂は広められていた。しかし、次代の勇者を目指す多くのハンターの間では大した話題にならなかったから、ドリスに数日滞在するだけのおれが知らないのも当然だった。


「ここに暮らしてないんですね」

「まぁ……そうだね……」

「ドリスで暮らしてないって、ショウヒとメリィは野宿でもしてるのか?」


 純潔の騎士について教えてくれたトーリとエリナとは、今朝もギルドで出くわした。フォレストウルフの討伐任務が下げられて以降、ウィップグルートをひたすら狩りまくるおれたちとは違って、ギルドが有志で集った異常事態イレギュラーの対処部隊への勧誘を続けていた。


 有志とは?と投げ掛けたい気もするが、あくどい勧誘をしているわけじゃない。

 おれの時みたいに断りづらい環境を作ってからの勧誘はギリあくどいんじゃないかとは思うけど。


 ギルドで別れ、おれたちはそのままウィップグルートを狩りに向かった。

 いつも通り何事もなく狩り続け、今日は早めに切り上げて帰った。持ち帰ったウィップグルートの部位をギルドで換金してもらおうとした矢先、王国軍がドリスへ到着した。


 派遣されて来た王国軍との会合を行うギルドへは立ち入りが制限され、換金することは出来なかった。


 そしてまた偶然、ギルドの前でトーリとエリナに出くわした。


 派遣されて来た王国軍が「純潔の騎士」だと騒ぐ住民を余所に、世情に疎かったおれに二人はいろいろと教えてくれた。


 それで今、トーリの問いに答えあぐねている。


「ここじゃない場所に家があるんだよ」


 ここじゃない場所に家があるのはおかしな気もするし、苦し紛れにも程があった。当然のようにトーリは訝しんだ表情を浮かべる。


「メリィはどこに住んでるんだ?」


 ひとまず疑問は置いといてくれたトーリだったが、メリィにまで躊躇いなく訊く姿勢には虚を突かれる。


「それはセクハラよ、トーリ。

「セクハラ」


 トーリの鼻先を指差し、セクハラ発言を咎めるエリナの真似をしてか、セクハラとメリィも口にする。トーリとエリナの前で初めてメリィは言葉を発した。二人とも驚いたように口を開けてメリィを見つめている。


「てっきり喋らないのかと思ってた」


 じりじりとメリィに近付こうとしてくるトーリをエリナが背後から止めた。


「嫌がってるでしょ」

「嫌がってるのか?」


 フードから覗くメリィの顔を見たトーリが問い返す。

 真顔だったメリィはエリナの言葉に迷いを生じさせる。


「普通に考えて、そんなに見られたら嫌に決まってるのよ」


 メリィがどう思ってるかではなく、至極真っ当なことを言ってトーリの奇行を止めさせた。このままメリィの話題になってしまう前に新しい話題を挟む。


「二人は、勧誘の方はどうなの?」


 話題を逸らされたことが原因か知らないけど、何故だかエリナの表情がムッとする。対するトーリは何ともない表情で「あぁ全然」とそこまで言ってエリナに遮られる。


「勧誘って、私たちが悪いことしてるみたいじゃないですか。確かにギルドは有志で集めてますけど……」

「自覚はあったんだ」


 二人に誘われた人は有志と言えるのか。そんな疑問をエリナはちゃんと理解していた。


「それでも勧誘はあくどく聞こえます」

「おれは断りづらい誘われ方したけどね……?」

「メリィさんとショウヒさんには参加して貰いたかったので、あれは計画通りです!」


 やはり、恐ろしい少女だった。

 本人に向かって計画通りだなんて言ってしまうくらいには恐ろしい少女なのだ。嵌めたことを認めて、おれが参加を取り消すとは思わないのだろうか。


「えっ、そうだったのか?」


 間抜けそうな声を上げるトーリは何も知らなかったのか。誰が見ても断りづらい状況で誘われたというのに。


 あの時のおれも、この状況をエリナが意図的に作ったのではと考えるくらいには分かりやすかったと思う。


 トーリは抜けているところがあるのかもしれない。それか、単にアホなだけか。


「あの時はね。でも今はショウヒさんもメリィさんも、参加するってギルド職員ネヴィアさんに言っておきましたから大丈夫です!」


 ネヴィアさん―――聞いたことあるような。


「私、ギルドの職員さんとは仲が良い方なんです」

「そうみたいだな……」


 本当にこの少女は底知れない。いつしか、メリィが魔族だってことも知られてしまう気がする。


 年相応なエリナの笑顔を見ると何でも許してしまいたくなる。これも罠かと考えるのは、少し思い込みが激し過ぎだろう。


「それで有志への誘いは全然ダメだったのか」


 「有志への誘い」という前後で矛盾してそうな言葉を用いて、話題を進める。トーリの言葉はエリナによって遮られはしたが、耳には届いていた。


 届いていた「全然」の後に続く言葉なんて「ダメだった」の一つしかない。


「あーもう全然ダメなんだよーショウヒ!みんな聞いてもくれない」

「そうなのか……?」


 異常事態イレギュラーに関わろうとするハンターは普通いない。加えて、今回の異常事態イレギュラーでは同業者が百人以上死んでいる。


 だが、トーリの隣にはエリナがいる。

 おれの時みたいに計画立てて誘っていそうだと思った。


「ショウヒさんの時みたいな誘い方はしてませんよ」


 あっけらかんと言ってのけるエリナだが、その行動は無茶苦茶なような気もする。


 ギルドがハンター達を有志で集めている理由は異常事態イレギュラーの規模を考えてのことだ。当初は王国軍だけに異常事態イレギュラーの対処を任せるのはギルドとしてのメンツが保てないから、なんて思ったが、二等級ハンターが二人殺されたとギルドが知っていたとすれば話は変わってくる。今もギルド内で王国軍と会合しているのも、そのことについて話しているのかもしれない。


 そんなギルドが有志で募っただけではハンターが集まらないと分かっていて、エリナはおれを誘った。ハンターは多い方がいいとも言っていた。おれ以外の人も、無理に誘っていると思ってもおかしくないし、エリナならやりかねない。


 でも、実際はそんなことしていなかった。


 どうしてトーリやエリナが、この異常事態イレギュラーに意味もなく首を突っ込むのかは知らない。パーティーのリーダーであるトーリは正義感が強そうな雰囲気がある。典型的な、勇者を夢見た駆け出しハンター感が否めない。

 

 絶対に教えてあげるべきだ。

 今回の異常事態イレギュラーで二等級ハンターが死んでいることを。そうすれば彼らも考えが変わるはず。


 メリィはおれのことを守ってくれる。でも、彼らは違う。何人いるのか分からないけど、メリィ一人で全員は守り切れない。


 前にメリィが口にしたように異常事態イレギュラー魔物原因を、おれたち二人で解決してしまおうと思えば出来るだろう。


 今なら、原因となる魔物が北西一帯に出没するという手掛かりがある。だが、こうも大々的に広まってしまったら、勝手には。討伐しに行けない。王国軍だって来てしまっている。


「ちょっと門番のところ行ってくるわ!」


 ギルドの外で大分待ったが、中々終わらない会合を待つのも限外だったようだ。数多いる三等級ハンターのトーリが何をしようと入れてくれるわけないのに。


「トーリって、ほんとアホですよね」


 ため息混じりに言うエリナだが、門番に追い返されそうになるトーリを見る目はどこか優しげだった。


「代わりにエリナがしっかりしてそうだから、大丈夫なんじゃない?」


 トーリがアホだというには少し賛同出来るところもあるが、そう思うだけに留めておく。


「ショウヒさんって何歳なんですか?私とそんなに変わらないように見えるのに、何だか大人な感じがします」

「18だけど、成人してもう三年は経ってるよ」


 自分で自分のことを大人だと言うのは何だか憚られる。15歳は成人を迎えるには早すぎる年齢だと思うし、18もまだまだ大人とは言えないだろう。


「あぁ、そうでした。っていうか、一歳しか変わらないんですね。メリィさんも同い年なんです?」

「メリィは……」


 二人して目を向けたメリィは口に手を当て、小さなあくびをこぼしていた。


 時々見せる、そういったメリィの所作に心臓が跳ね上がるような思いをする。女であるエリナも、きっと今、同じ思いをしているはずだ。


 人間補食対象を惹き付ける、魔族特有の魅了は男女を問わない。


 メリィの容姿は必ず人を惹き付けてしまう。息を飲んでしまう美しさとか、息をするのを忘れる美しさとか、メリィを初めて見たら、そういった言葉を身を持って体験することになる。


 だから、人目のあるところではメリィにフードを被せている。


 メリィの容姿は人間を惹き付ける。だが幸いにも、さっきのように魅了されることは少ない。魔族が持つ人間を魅了する力をメリィは上手く扱えていない。だから、意図的に人を魅了することは出来ず、こうしてたまに魅了されるだけに済んでいる。


「……ショウヒさん、今私、メリィさんにドキッてしました」


 メリィに魅了されたエリナは赤く染めた頬をおれに向けて、わざわざ説明してきた。


「そうだな」

「はい……」


 火照ったような顔でメリィを見つめるエリナとは対照的に、おれは何度も意図しないメリィに魅了されてきた。耐性というものが付いたのだろう。さっきまでの胸の高鳴りは既にない。


 フードを被るだけでは完全に顔は隠せない。会話は面と向かってするものだから、こういう魅了事故が、たまに起きる。


 まるで一目惚れしたかのような熱視線を送るエリナの目の前で何度か手を振る。案の定、エリナに反応はない。これは正常な状態に戻るまで時間が掛かりそうだ。

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