# 3 純潔の騎士 ③

 団員は全員無事だった。

 突然の襲撃であったため、少なからず手傷を負った者もいたが、任務に支障をきたすほどではない。


「どうして、こんなところに………」


 足元に頽れる首の断たれたフォレストウルフを見下ろし、顔を上げれば地を埋め尽くす数多の亡骸が視界に広がる。


 私が切り殺したフォレストウルフだけでも十数匹に上る。地を埋め尽くす亡骸は五十はいるだろう。群れを成す魔物だからと言っても、ここまでの大所帯を形成するとは聞いてない。


 氏族で国を造り上げたオークではあるまいし。


「異常だな」


 まるで、さっきからそこにいたかのように音も無く隣に現れたラウルに内心驚かされながら、何でもない風を装う。


 ラウルとは決して話したい気分なんかじゃない。お互いにそうだろうが、お互いに公私混同をするような子供でもない。今は緊急を要する事案について、意見を交換し合うのが必須だ。


「どう思う?」


 中身の無い意見の仰ぎ方だが、ラウルは答えてくれる。


「ここ一帯にフォレストウルフが生息しているとは聞かない。群れにしても規模がおかしい。ここだけで……そうだな、五十はいるかもな。東方から迫って来た増援も含めれば騎士大隊並みの数になる」

「確か、異常事態イレギュラーの起こった森にはフォレストウルフが生息してる。ドリスも、その森も、ここから東方面にある」

生息域を追いやられたフォレストウルフがここまで移動してきたと?」

「あり得ないと思うわけ?」

「さあな。だが、今回の異常事態任務と関係してはいるだろうな」


 フォレストウルフの異常行動が、単に生息域を追いやられてのことであるなら、群れの規模について説明がつかない。その矛盾点にラウルは気付いているはずだ。


 結局のところ、謎は謎のまま。


「団長!こちらへ来てくださいっ!!」


 私を呼ぶ団員の声が届く。

 東方から迫っていたフォレストウルフの状況を窺いに行った団員たちからだった。ここからでも団員たちが一か所に集まって、何かを見下ろしていることは見て取れる。


 走って向かったその場所にはフォレストウルフだったものが無残に散らばり、焼けた草葉や亡骸からは鼻腔を刺すような強烈な臭いを放っている。


「団長と副長、こちらです」


 団員たちの見ていたものはフォレストウルフの亡骸だ。黒く炭のように焦げてはいるものの原型を留めている。ただの亡骸だが、目に付く部分がある。


「首輪でしょうか……?」

「首輪だな」

「そうね」


 団員の言葉に私もラウルも首肯してしまう。

 原型を留めてるため、亡骸の首もとに巻かれたものを首輪と認識出来た。


「いくらフォレストウルフが狼に似てるからって飼う奴なんていないだろ」

「魔物を捕獲して、コレクション趣味の金持ちや貴族に売る連中は存在する。そんな売人から逃げ出してきた一匹かもしれない」

「これは、そもそも首輪なんですかね?」


 そう言って亡骸の首に巻かれた首輪に触れようとした団員の腕を掴んで止める。


「迂闊に触らない方がいい」

「団長の言う通りだ」


 触れようとした団員に代わり、ラウルは腰に提げていた短剣を使って首輪の検分を始めた。


 フォレストウルフの真っ黒に焦げた体毛と首輪の色は同色だが、見過ごしてしまうほど同化しているわけじゃない。


 切っ先で首輪を外そうとあれこれ試すラウルがじれったくて、私はサーベルを引き抜いて亡骸の首を切断した。これで取りやすくなったはずだ。


「馬鹿野郎っ、爆発でもしたらどうすんだよっ!」

「するわけないでしょ。ていうか爆発するなら、とっくにしてると思うけど」

「そういう問題じゃないだろ」

「そういう問題よ」

「は?」

「何?」


 腰を落とすラウルの見上げた瞳と視線がぶつかり合う。

 公私混同はダメだ。

 お互いすぐ冷静になって、首輪の検分を再開させる。


「マジで何なんだこれ……」

「見た感じは本当に首輪っぽいわね……」


 さっきまでのやり取りが嘘のように検分し始める二人に、周囲の団員が呆気に取られていることに二人は気付かない。


「装飾も無い、黒いだけの首輪だな」

「これも魔法で焦げたから黒いわけ……?」

「材質は固いぞ」


 輪っか部分に切っ先を通して、持ち上げていた首輪を地面に落とし、ラウルは短剣で軽く叩いて見せる。コツコツと剣身の鋼と首輪の間で硬い音が鳴る。


「あの爆撃を受けて、首輪が無事だなんてあり得ると思うか?」


 無いと断言するには亡骸が原型を留め過ぎている。でも、全身はまる焦げになっているので、犬や猫に付けるようなの首輪なら消失していてもおかしくない。


 ラウルの問いに首を傾げるだけで明言は避けた。


「まあどちらにしろ、この首輪は回収でいいよな」

「ええ。普通ただの首輪ではないはず」


 団員から差し出された袋に首輪を入れ、ラウルから袋を受け取る。

 この首輪がどういった代物かは分からない。魔物が身に付けていたという事実は確かで、危険なものの可能性も十分に考えられた。私が持っておくことにラウルからも、団員からも異論は出なかった。


 馬を休ませるための休息が、とんだ災難に見舞われてしまった。


 フォレストウルフによる襲撃で馬は四方八方に散ってしまい、食い殺されてしまった馬もいる。散ってしまった馬を探すのに時間を要し、ドリスへは予定通り三日間の旅程で到着した。

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