# 3 純潔の騎士 ①

 商業都市ドリスに居を構える大商会は王都キャンベルの経済体制や流通体制に大きく組み込まれ、多大な影響力を有している。


 王国はドリスではなく王都内へ大商会を誘致したかったが、数多の商会が集中する商業都市を大商会たちは実質的に支配する立場にある。商業都市ドリスを支配することで得られるメリットと王国側の示した誘致計画で得られるメリット。


 比較するまでもなく前者の方が大きかった。


 しかし、王国が大商会たちに目を付けたように、大商会たちもまた、王国との良好な関係は王都内での商売に多大な恩恵が得られると考えたのだろう。


 誘致計画を断りはしたが、折衷案を新たに提示した。


 誘致計画を予定していた区画に巨大な商会支部の建設を王国に要求し、商業都市から王都への物資輸送に革命を起こした。建設に掛かった費用は流通革命による経済効果から、すぐに黒字へ転じた。一方で流通の根幹を担った大商会たちは王国よりもさらに利益を上げていることだろう。


 誘致には失敗したが、結果的に大商会を王都経済に組み込むことが出来た。

 大商会も巨大な商会支部の費用を抑え、莫大な利益を得た。加えて、商業都市ドリスの実地支配を維持したまま。


 結果的に商売に王国が利用されただけ。賢人会議でそんな風に唱える者もいた。商業都市ドリスをも王国の権威によって支配する。そんな野望を持つ者が語ることで、私からすれば実にくだらない。


 政権争いに権力争い、賄賂に不当権益。

 何も珍しい話ではない。政治腐敗のない国など存在しないのだから。


 賢人会議より、商業都市ドリス近辺の森で起こった異常事態イレギュラーの鎮圧の命を私は受けることになった。


 没落貴族我が家の再興を目指すために、私は王国軍へと入団した。そして一兵卒から准将へ、わずか数年で成り上がってみせた。


 この異常事態イレギュラーは指揮官として配属された騎士中隊私の部隊、初の任務になる。


 私は准将で留まるつもりなんてない。

 今回の任務も完遂してみせる。


 いつの日か、我が家の再興を夢見て。




「団長、少しペースが速いんじゃないか?」


 馬に乗り、先頭を駆ける私の下へ、同じく馬に乗る片眼鏡モノクルを掛けた准将補佐官———ラウル・ノイゼンは跨る馬に目配せをして示す。


「馬が潰れてしまう」

「そう?」

「ああ。このまま行けばドリスまで二日も掛からない」


 速戦即決は望むところだ。

 異常事態イレギュラーの即時鎮圧は部隊の評価を格段に上げる。


 だが、ラウルの言う通り、少し急ぎ過ぎていたかもしれない。


「休憩を取りましょう」


 山地に囲まれた丘陵を走る先、大きな湖がある。そこで、朝から走り続けている馬を休ませることにした。


 指揮を出すとラウルを筆頭に指示は団員達へと渡っていく。団員の練度は変わらず上々だ。


 進行方向を逸れ、湖の畔で馬を止めた。

 後続の団員も馬を止め、各自休息を取り始める。


「上に立つ者が対外的な評価ばかり気にするのは目に余る。ここ最近は特にな」


 早々に苦言を呈するラウルの言葉は嘘偽りのない本音だ。


 准将へ昇格し、騎士中隊を任せられ、上からの期待評価にから、異常事態イレギュラーの鎮圧を命じられた。


 その期待評価に応えなくてはならないという思いが強い。


 そしてそれだけじゃない。王国軍では最速、最年少で准将に登り詰めた私を「純潔の騎士」などと呼び、称賛する王国軍からの重圧プレッシャーは日に日に増していく。


 我が家の再興まで、そう遠くないところまで来たというのに、私の身体が持たない。


「ラウルには分からないよ」


 だから、苦言を呈するラウルはムカつく。


「何がだよ?」


 目を向けることなく、ぶっきらぼうな言い方をした私にラウルも強気で返す。そしてその一言だけに留まらない。


「そんな状態で真面な指揮が出来るとは思えない」

「離れて。あなたと話したくない」

「ああそうか。死ぬのは御免だからな」


 挑発するような言葉を吐き捨てるラウルとこれ以上、言い争うつもりなんてない。軽蔑の色を湛えた瞳を睨み返し、背を向けて離れていったラウルと団員の下から、私は逃げ出すように距離を取った。


 編成されて間もないと言うのに、団長副団長ラウルの仲が酷く悪いせいで団員内の空気もぎくしゃくしてしまっている。そんな団員達にラウルは明るく何でもない素振りで接するが、私は器用じゃない。


 王国軍へ入った当時から一緒にいるはずのラウルにさえ私は当たってしまう。


 余裕がないのだ。

 今回の任務もそうだ。失敗は許されない。上からの期待評価に見合った働きを見せなきゃならない。団長として団員の命を預かったからには守らないといけない。


 私は根っからの軍人じゃない。

 准将になれたのは恩恵のお陰に過ぎない。


 我が家の再興のため、任務は絶対に完遂させる。その気持ちは今も強くある。だが同時に重圧プレッシャーと責任が私を苛む。


 任務が失敗して、期待に応えられなかった時が怖い。今までも仲間を失ってきた。でも今は団長として団員の命を失うのが怖い。


 貴族の家系で両親から甘やかされて育ってきた。何不自由ない暮らしが普通だと感じていた。身の回りの世話をしてくれる人がいて、私の言うことを何でも聞いてくれて、好きな時間に自分の好きなことが出来る。貴族の教養を学ぶ時間は面倒くさくて好きじゃなかったけど、今思えばそんなひと時でさえ大事な思い出だ。


 成人して四年。

 王国軍に入ってから七年の月日が流れている。


 上官の顔色を窺う癖は自分でも反吐が出る。

 軍隊は階級構造だ。上の者と下の者で絶対的な権限の差がある。貴族と平民の関係と一部似てはいるが、軍隊では上の者の命令を下の者は拒むことが出来ない。加えて、自分の保持する戦績だけで階級が昇格するわけでもない。


 所詮は人間の集まりで、政治同様に王国軍の中でも権力争いに躍起になる上官が多く存在する。


 上を目指すということは、そんなくだらない争いに身を投じることになる。

 自分より階級が上の人間には媚びを諂い、時には上官同士の勢力争いに手を貸し、上官に認めてもらってやっと自身の昇格に繋がる。


 私を推してくれる上官達のために今までの任務を完璧に遂行してきた。

 今回の任務もそうやって…………


 上官達のため……?

 隣で戦う仲間が魔物に殺され、私も何度も死にかけて。それがあんな権力を欲するだけの醜い野郎のためなんて絶対に嫌だ。


 嫌だけど、それしか方法がない。

 いくら魔物を殺そうと、任務を完遂しようと、上官の推薦がなければ上へは上がれない。


 もっと別の方法で我が家の再興を目指すべきだったのか。

 没落した貴族の末路は酷いものだ。没落貴族のレッテルは平民として生きることさえ大きな弊害となる。貴族と平民は互いに関わりを持たないことが基本とされる王国で、没落した貴族であっても平民は関わりを持ちたがらない。


 国八分とでも言えばいいのか。

 我が家の居場所はこの国から完全に無くなる。


 別の方法なんて探している暇はない。

 私がこうして王国軍へ入り、武勲を上げ、准将にまで上り詰めた。それでもまだ再興には届かない。失敗すれば、私だけじゃなく、家族の居場所も失われてしまう。


 怖くて、怖くて堪らない。

 もうずっと長いこと、私の心は擦り減り続けている。


 このままでは、いつかきっと私は壊れてしまう。

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