# 2 背負った罪 ⑦

 調査隊の消息が絶ったとハンターズギルドが判断した理由は二つあった。


 地図上に示される探知石アリアドネを持つ調査隊が動かなくなったこと。

 探知石アリアドネ同様の魔道具———双子玉石レシーバーを用いた遠隔通話に応答しなくなったこと。


 ギルドは消息を絶った調査隊の所在を探知石アリアドネを通じて周知していたが、その地点に新たな調査隊を派遣することはしなかった。単純に調査隊に十数人と多くの人員を割いていたため、新しく調査隊を編成する人手が無かったとも考えらる。


 しかし、調査隊によって集められた情報によって124名のハンターの遺体が森林北西に集中していること、どの遺体も損壊が激しく、魔物に食べられたような形跡もないこと。


 異常事態イレギュラーの脅威を把握し始めたところでの調査隊の壊滅。

 消息を絶った調査隊を助けに行くのは不可能だと判断し、見捨てたのだとしたら、それは仕方なかったことなのかもしれない。


 メリィの背負う血まみれの女性は、おれたちに助けを求めたところで気を失ってしまった。


 彼女は消息を絶った調査隊員の一人だった。

 持っていた荷物を勝手に漁り、中からひび割れた双子玉石レシーバーが出て来た。通話状態にならないため、見た目通り壊れていた。


 荷物の中には食料や飲み水は無かった。

 入っていたのは壊れた双子玉石レシーバーといくつものハンター証明書ライセンスだった。


 血にまみれていた彼女だったが、自身に目立った外傷はなかった。しかし、背負うメリィが言うには彼女に付着した大量の血痕は人間のものだと。


 ドリスまで一時間の道のり。急勾配な坂はなく、比較的平坦な道がずっと続く道なので一時間と言いつつ、実はもっと短い時間で行き来できる。


 だが、今はそうもいかない。


 メリィが調査隊員を背負い、おれが大太刀を持つ。魔族メリィなので人一人背負うくらい造作もないが、超重量の大太刀を抱えて持つ人間おれは大変だった。


 調査隊員を背負うメリィに大太刀まで持たせるのは気が引けたし、自分が持つとも言ってしまった。


 メリィのように扱うことは出来なくても、持ち運ぶくらいなら出来ると思ったのは、どうやらおれの勘違いだったらしい。


 ドリスの街に着く頃には大太刀は引き摺られていた。鞘に入っているので刀身が傷付くようなことはないけれど。


 やっとの思いで(おれは大太刀を運んだだけだが)血まみれの女性を関所の衛兵まで届けたが、関所は大変混乱した。


 商業都市であるドリスは人やモノの出入りが激しく、関所による検問も忙しい。そんな中に血まみれの女性を運び込んだ。迂闊だったと思った頃には既に遅く、大量の野次馬が関所に集まってしまった。


 加えて、彼女が消息を絶った調査隊員の一人でもあったため、そのままギルド職員から事情聴取を受けることになった。


「貴方達には今朝、忠告しておいたはずですよ」


 事情聴取に現れたギルド職員は、今朝の招集でおれとメリィの訊問に当たった女性職員だった。


 運がないと言うべきか。

 道中、調査隊員を発見したことに対して、どんな説明をすればいいか、ずっと考えていた。


 ハンターズギルドは異常事態イレギュラーの起こる森への立ち入りは禁じている。禁じなくても、三、四等級ばかりのハンターが集まるドリスの街に、あの森へ行こうとする者はいないだろう。


「はい、すみません……」

「ごめんなさい」


 メリィの言わされた感満載の謝罪には心からヒヤヒヤさせられる。


「死にたいのでしたら私は止めません。勝手に死んでください。でも、死にたくないのでしたら、二人だけで異常事態イレギュラーの起こる森に向かうのは止めてください。、言われなくても分かることです」

「はい……すみません……」

「ごめ」


 メリィの口を手で押さえ、言わされた感満載の謝罪は口にさせない。

 そんなおれとメリィを見て、ギルド職員は呆れたように小さくため息をついた。


 ギルドの職員は基本的にお堅い人が多い。

 ハンターと仲良くするギルド職員も見掛けない。


「では、お訊きします」


 身を案じてくれたと思いきや、他人行儀な口調に戻る。


「調査隊員はどこで発見を?」


 地図に記すよう渡してきたので言われた通りにする。


「貴方達が遺体に出会った場所ですね。どうしてそんな所に?」

「……調べもの、ですかね……?」

「はぁ……調べものですか。詳しくは訊きませんが、調査隊の真似事をしているのなら恥ずかしいかと」

「はい…………」


 成人して三年。

 ギルド職員年上の女性にまるで子供を見るかのような目を向けられるのは居た堪れたもんじゃない。


 一度目を伏せ、ギルド職員は質問を続ける。


「調査隊員にはあれ程の流血を伴うような外傷は見られませんでしたが、発見した当時の容態について教えてください」

「発見した時から、目立った外傷はありませんでした。気を失ってしまうくらいには疲労が溜まっていたようでしたけど……」

「そうですか」


 聴取内容を書き記すギルド職員へ、逆に質問する。


「あの調査隊員が二等級のハンター証明書ライセンスを持っていたのはどうしてです?」


 調査隊員は三等級で構成されているはずだ。

 助けた調査隊員の持っていた荷物から出てきた、いくつものハンター証明書ライセンスは二等級から四等級のものがあった。


 四等級のハンター証明書ライセンスだけだったら訊かなかったかもしれない。調査隊以外で、あの森で犠牲になったハンターのものかもしれないから。


 だが、二等級ハンターとなれば話が変わってくる。


 ドリスでは数少ない二等級ハンターがフォレストウルフの討伐依頼を受け、あの森に行っていたとは思えない。


 いや、もはやそれ自体どうでもいいのかもしれない。


 書き記す手を止めただけで、ギルド職員からの返答はない。


「あの森で二等級ハンターが魔物に殺されたんですか?」


 声量は控えめにした。

 関所内の簡易部屋で事情聴取を受けているため、外は依然として大勢の人で溢れている。


 回りくどい質問を止め、単刀直入に訊き直したおかげか、ギルド職員は顔を上げてくれた。


「ええ。調査隊には二等級ハンターが二名同行していました。もとより、あの森へフォレストウルフを討伐に向かったハンターは関所に記録されています。調査隊を派遣する前から、ギルドこちらは被害者の数をある程度把握出来ます。二等級ハンターを二名同行せたのも、今回起きた異常事態イレギュラーの規模を考えてのことです。しかし、今回の異常事態イレギュラーギルドこちらの想定を遥かに上回っていたわけです」


 滔々と語るギルド職員におれは呆気に取られてしまった。


「この事を公にすれば、街全体に混乱をもたらします。貴女方には常識的かつ節度ある判断を求めます」

「それなら、どうして否定しなかったんですか……?」


 呆気に取られはしたが、すぐに気を取り直す。


「ギルドが有志でハンターを集めていることは知っていますね。貴方達も参加するとエリナさんから聞いています」


 あの少女はもうギルドに伝えていたのか。


「ギルドは有志で集まったハンターにこの事を伝えるつもりがありません。派遣される王国軍には伝えてありますが、ハンターの実力を軽んじる王国側に『二等級ハンターが二名殺されたこと』を伝えたところで、今回起こった異常事態イレギュラーの規模を正確に推測するのは不可能でしょう」


 淀みも迷いもなく言葉を重ねるギルド職員はさらに続ける。


「ギルドが有志でハンターを集い、派遣されて来た王国軍と共闘してもらう。二等級ハンターを二名含めた十五人編成の調査隊が壊滅し、生き残りが一名。一等級ハンターがいない現状、この異常事態イレギュラーを派遣されて来た王国軍だけで対象出来ると楽観視することはギルドとして許されません」

「だから、有志のハンターを募ったと」


 責めたいわけじゃないので「騙すような真似」という言葉は使わなかった。


「はい。二等級ハンターが殺されたことをハンターが知れば、有志での募集は意味を成さなくなります。有志で集まった後に伝えようともです。二等級ハンターの実力を知るハンターなら、この異常事態イレギュラーの脅威を正確に理解できるでしょう」

「一応おれもその有志に参加するんですけど……」

「ショウヒさんは確信を持って訊いてるようでしたから。どのみち、私が否定したところで貴方に信用してもらえるとは思いませんでした」


 有志と言いつつ騙すような真似をしてハンターを集めることにギルド職員この人は少なからず、罪悪感を抱いているように感じる。だから、話してくれたのかもしれない。


「その件についてはこちらで有耶無耶にしておきます。二等級ハンターが殺されたと知った以上、あの森へは行きたくないでしょう」

「そう、ですね………」

「ただ、この事については誰にも話さないでください。もし有志で集まったハンターが亡くなられても、それは貴方達のせいではありません。全面的にギルドが背負う罪であり、私が負わなくてはならないものです」


 有志と言う人の良心を利用して、伝えるべきはずの情報を意図的に隠し、脅威の知れない死地へ向かわせる。


 間接的なものであったとしても、ギルドの下した判断は人死にを許容したものだ。


 ギルドが背負う罪なんて知ったことではない。


 だが、今、目の前にいる、名も知れないギルド職員は自らが罪を背負う覚悟を持って、おれに口外しないよう頼んだ。


 人を殺した罪は重い。

 それが間接的なものであっても、それが人殺しの犯罪者であっても。


 そんな罪を背負って生きるのは、おれだけで十分だ。


「有志の件、有耶無耶にしなくて大丈夫です」


 隣のメリィを横目に見る。

 口を押さえられて以降、一切言葉を発していないのは怒ってるからじゃないよね……


 若干心配にはなったが、感情の乏しい表情からは何も読み取れない。


 でも、またメリィに頼ってしまう。


異常事態イレギュラーの対処に、おれたちは参加しますから」


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