# 2 背負った罪 ⑥
ここへ来た理由は一つ。
森林北西にかけてハンターの遺体が多く見つかったことから、
しかし、この森は広い。二人だけで北西一帯を捜索するとなれば一体何日掛かるだろうか。
そんなに時間は掛けられないし、出来ればその
王国軍や有志のハンター達が
これでも、おれは研究者の息子だ。
魔族の研究と同時に多種多様な魔物の生態を知識として覚えさせられた。子供の頃は面倒に思っていたが、ハンターとなった今ではかなり役立っている。
改めて、五日前に訪れた惨状を前にする。
遺体の回収はなされていない。されているところもあるだろうが、おれの出会ったパーティーの遺体は回収されていなかった。
遺体の損壊が激しいため、回収するのは困難そうだ。
現在進行形で腐敗する遺体は目を背けたくなるような状態と化し、強烈な腐敗臭は鼻を取りたくなるほどだった。
異様と言える殺され方はこのパーティーに限らず、調査隊の見つけたハンターの遺体はどれも損壊が激しかったと言う。
蛆の湧く上半身とは裏腹に潰れた下半身は肉なのか血なのか判別が出来ないほどドロッとした液体状になって地面に広がっている。五日前に見た時も酷い有様ではあったが、今はとても同じ人間だったとは思えない様相を呈している。
ハンターとして魔物を殺している以上、自分が魔物に殺され、死ぬことは承知の上だ。死んだらそこでお終いで、亡骸がどうなろうと殺された本人は既に死んでいるので関係ないことだと思う。思うけど、この遺体を見れば、そんな考えが変わってくる。
死んだ後も、少なからず人間でありたい。
火葬され、骨と灰になって、土の中へ埋葬される。
生きた人間の当たり前の最期はハンターとして死ぬ以上、必ず享受できるものではない。事実、目の前の遺体は下半身の原型は無く、原型の残る上半身は腐敗が進み蛆に食われる。
普通に生きた人間の迎える最期ではない。
普通から外れた生き方をするのがハンターなのだ。
それでも、こんな死に方はしたくないと思ってしまった。
「近くに魔物の気配はある?」
遺体を確認しつつ、手持無沙汰にしていたメリィに問う。
「ない。むこうには感じるけど」
そう言って指差す方向が、北西方向だと言うことはわざわざ地図で確認する必要もない。
異常事態の
魔物が縄張りを持つことは珍しいことではない。魔物同士で縄張り争いをすることもある。
とは言え、この森に生息する魔物はこの森全域を生息地としている。特定の縄張り行動を起こすようなことはないはずだ。
そして、この死に方。
人間の下半身を潰せるほどの巨躯があったと考えるのが妥当だ。倒木に押しつぶされたわけでもあるまいし、そもそも倒木なんて見当らない。
人間を潰せるほどの巨躯を持つ魔物。
多種多様な魔物が存在する中でも、巨大な魔物というのは多いものではない。
背の高い木々が生い茂る森の中であるため、
なので無難に思い付いた魔物はオークだ。
筋肉質で人間のように二足歩行をする魔物。小柄なものでも二メートルほどの背丈があり、身体能力だけで見れば人間の数倍優れている。知能に関しては人間に少し劣るくらい。繁殖力に関しては人間と同程度。
総じて魔物の中でもオークのポテンシャルは高いと言っていい。
過去、この世界における三大勢力と言えば人間、魔族、オークの三種族だった。今では魔族が絶滅したことにより、繁栄を極めた人間が一強の時代。
それが分かるくらいに知能のあるオークは無為に人間と争いを起こすようなこともしなくなった。
人間もオークの持つポテンシャルの高さは理解している。正直に言ってしまえばオークは人間の上位互換的な存在だ。
だから、互いに干渉し合わない。
オークによる被害もほとんどないため、ハンターズギルドに討伐依頼が出回ることは滅多にない。
王都キャンベルより遥か北西にオークが造り上げた国があるとされている。王国もその所在を警戒して、王都キャンベルの北西にいくつもの監視砦を建てている。
干渉はしないが、警戒は怠らない。
しかし、それも完璧というわけじゃない。
人間の生存圏にオークが現れることがある。自国から追放されたのかどうか、はっきりしたことは分からない。
はぐれオークと呼ばれ、年に数回、人間に被害をもたらしている。
「何かわかった?」
手持ち無沙汰を通り越し、空を見上げていたメリィが唐突に訊いてくる。
「今のところ、オークが有力かな」
「オーク……ほんとに?」
持っていた大太刀でメリィがとある死体を示した。激しく切り裂かれた遺体をオークが殺ったと思えないらしい。
「確かに。おれも不思議。でも、武器を持っていたなら可能ではある」
自分で言っておいて、それが事実であるとは欠片も思っていない。第一、この
一日で124人のハンターが殺され、どれも損傷が激しかったが、調査隊の情報では補食されたような痕跡はなかった。もちろん、今、おれの目の前で腐敗する遺体にもだ。
加えて空を見上げれば、依然として木に刺さった状態の遺体が目に入る。殺された人数も破格ながら、その殺され方も異様としか言えない。
ここへ来れば、何かしら手掛かりが掴めるのではと思ったが、そう簡単にはいかなかった。
でもまあ、それもそのはずか。
ハンターズギルドの編成した調査隊は
それなりに知見のある者たちだったはずで、そんな人たちでも大した結論を出せず、消息を絶ってしまった。
別の遺体を検分したい気持ちもあったが、止めておいた。これ以上、北西へ向かって進み、得たいの知れない魔物が縄張りにしているかもしれない領域に立ち入るのは危険な気がした。
メリィがついているので十分安全ではあるが、ドリスへ帰るのが遅くなってしまう。
結局、来た意味を余り感じられずに帰還しようとした直後、一応周囲の警戒を任せていたメリィが警鐘を鳴らした。
「ショウヒ、なにか来る」
常と変わらない平淡な声音ではあったが、どことなくメリィも驚いているような雰囲気を感じ取った。
大太刀の柄を握るメリィは、さっき指を差した森の北西方向に警戒を促している。乱立する木々が邪魔になってか、今のところは何かが近付いて来ているようには見えない。
魔物であるなら、魔族であるメリィが、その存在を知覚出来る。接近に気付いていたなら驚くようなことではない。
「人間……」
メリィが呟いた。
同時におれの視界にも映った。
木々の合間から、ふらつく足取りで向かってくる女性の瞳はおれたちを映し、助けを求めるかのように腕を伸ばしていた。
そして、血にまみれた女性は消息を絶った調査隊の一人だった。
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