# 2 背負った罪 ④

「たいへんそう。わたしが殺しにいく?」


 訊問が終わり、別の依頼を受注してギルドを後にした。

 宿へ帰る道中、おもむろにメリィが言った。

 そんなことを言うなんて思いもしなかったので歩みを止めてしまった。


「どうして……?」

「なんとなく」

「何だよそれ」


 メリィの考えていることは理解出来ない。

 今まで何度か、魔物に襲われ、窮地に瀕した旅人や同業者を助けたことがある。とは言え、おれの実力は三等級だ。メリィに頼んで魔物を殺してもらうことの方が多い。


 逆に言えば、魔物に襲われ今にも殺されてしまいそうな人間を前にしても、メリィは助けようとしない。


 魔族にとって人間は捕食する対象でしかない。目の前で捕食対象人間が魔物に殺されようと何とも思わないし、捕食対象人間を助ける意味もない。メリィは他の魔族と少し違う部分も多いが、今まで助けようとしてこなかったのは確かだ。


 そんなメリィと魔族の性質を踏まえれば、今の発言はおれの足を止めるには十分過ぎるものだった。


「でも……それもいいかもな」


 もしもの話ではあるが、派遣されて来た王国軍が異常事態イレギュラーの対処に失敗した時。その時はメリィに異常事態イレギュラー魔物原因を殺してもらおう。被害の拡大はおれも望むところではない。


 あの森の北西にどんな凶悪な魔物が潜んでいるのか分からないが、メリィが負けるとは思えない。メリィの強さは一等級に匹敵するだろう。もしかしたら、それをも凌駕する。


 止めた歩みを再開させようとしたところ、「そこの君!」と呼び止められた。


 声のした方を見れば、先の招集でギルドに集められていた一組のパーティーだった。


「君たち二人もギルドに集められていたよね」

「はぁ、はい……」


 爽やかな笑顔を浮かべ、歩み寄って来る青年からは善良そうな雰囲気が漂っている。ハンター歴が長いようには見えない。強いて言うなら、おれたちよりも駆け出しな感じがする。


「急にごめんな。俺はトーリだ」


 握手を求め、右手を差し出してくる。

 いやもう何なのかよく分からないけど、友好的に接してくる相手の握手を断れるほど、おれはひねくれていない。


「……ショウヒ・アルマです」


 握手を交わし、こちらも名を名乗る。

 おれの好意的な反応に呼応するかのように好青年———トーリの笑顔は輝きを増した。


「あの、どうかしました?」


 まだ握手しかしてないのに満足そうにするトーリへ問う。


「ああっそうだった!君たちに伝えたいこたがあるんだ!」


 わざわざ追って来てまで、伝えなければならない要件だと思えば、それなりに身構えてしまうのも無理はないだろう。


 だが、そんな身構えは意味を成さなかった。


「君たちにも王国軍と一緒に戦ってほしい!」


 その言葉の意味を理解するのは簡単だ。王国軍と一緒に戦ってほしいのだろう。いや、でもそうじゃなくて。


「大勢のハンター仲間が殺されたんだ。あの森で起こったことは決して許しちゃいけない。だから、ギルドに所属するハンターも王国軍と一緒に異常事態イレギュラーの対処に当たろうってことになったんだ!」


 熱く語るトーリの瞳には純粋な正義感が宿っている。熱い正義感に気圧されるおれを見てか、魔法使いらしき少女が「トーリ落ち着いてっ」と諌めてくれた。


 おかげで言葉を返しやすくなった。


「勝手にそんなことしていいんです?」

「大丈夫!俺もギルドに提案されて、君たちを誘ったんだ。あの場にいた、君たち以外のパーティーには一応声は掛けてる。仲間は多い方がいいからね!」


 ハンターズギルド主導というわけか。

 異常事態イレギュラーの対処を全て王国軍に任せるのは忍びないから。そんな理由ではないだろう。


 ハンターズギルドとしての体裁を保つため。そもそもギルド側からすれば、異常事態イレギュラーの収拾に王国軍の手を借りたくはないはずだ。


 勇者の家系として次代の勇者を輩出したい王国と次代の勇者はハンターから生まれるのではと噂されるハンターズギルド。


 十中八九、王国側はハンターズギルドを良く思っていない。そんなんだから、ハンターズギルドも王国との勢力争いに躍起な部分がある。ギルドに所属するハンターなら誰もが感じていることで、対外的な人たちである関係のない一般市民は王国軍とハンターズギルドは互いに助け合うような関係だと思っている。


 何故ならそう思われるよう、対外的には王国もハンターズギルドも友好な関係だと示しているから。


「二等級ハンターのクリスさんも来るそうです!とても心強いですよ!」


 ぐいぐいと積極的なトーリにおれは終始気圧され続けていた。助けを求めるように、トーりの背後に控えるパーティーの一人、魔法使いらしき少女に目を向ける。


 幸い、おれの意思が通じてくれた。

 迫り来るトーリを少女は後ろから羽交い締めにした。


「痛いっ痛いっ!?エリっ、痛いよっ!!」

「トーリがしつこいから、ショウヒさんが困ってるでしょっ!」


 羽交い締めにしたトーリを背後に控えた仲間の方へ突飛ばし、改まって少女が謝罪する。


「ごめんなさい、迷惑でしたよね」

「いえ……」


 確かに積極的なトーリに気圧されはしたが、押し売りにあったわけじゃない。迷惑とまでは思わない。


「トーリの言うように王国軍と共同で有志のハンターたちが異常事態イレギュラーの対処に参加することになりました」

「共同、ね……」


 思わず口にしてしまった言葉に少女は苦笑いを浮かべた。


「私も共同出来るとは思いません……だから、参加する有志のハンターは多いほうが良いんです」


 王国軍と共同して異常事態イレギュラーの対処には当たれないだろう。森に到着すれば、王国軍とハンターで別々に捜索を開始するはず。と言っても北西という、ある程度の目星は付いているが。


 エリと呼ばれた少女が、おれとメリィに目を向ける。その眼差しはトーリのように明るく輝くようなものではなく、真剣そのものだった。


「ショウヒさんにも仲間がいると思います」


 少女はメリィを見る。


異常事態イレギュラーの対処は危険なものでもありますから、強制するつもりはありません」


 少女の眼差しが、おれに戻る。


「ただ、私も、トーリや仲間の皆を死なせたくはありません」


 何だかまずい状況になっているような……


「私たちと一緒に、戦ってください」


 腰を曲げてまでお願いしてくる少女は全て考えた上での言動なのか。その真意は少女に訊いたところで分かりはしないのだろうけど。


 でもまぁ、断りづらい状況だ。

 「づらい」じゃないな。断れない。


 ハンターではない、ドリスの住人たちが周囲で事の経緯いきさつを窺っている。ここで断ったら、おれは最低なハンターとして見られることだろう。


 ドリスの街を脅かすかもしれない、そんな異常事態イレギュラーに立ち向かおうとする少女の言葉は誰が聞こうと正義のそれだ。


 断れないな……

 もし、この状況を意図して作り上げたのなら、この少女は何とも恐ろしいことをする。


 異常事態イレギュラーは異常事態と呼ばれるくらいなので、通常の討伐依頼なんかよりも格段に危険だ。過去に発生した大規模な異常事態イレギュラー———大征伐では、王国軍に出た死傷者は何千人にも及んだ。


 今回の異常事態イレギュラーと大征伐を比較するのはおかしな話ではあるが、異常事態イレギュラーというものは基本死と隣り合わせ。棺桶に片足が突っ込んでる状態と表してもいい。


 だから、参加するハンターは有志なのだ。

 ハンターズギルドが強制招集なんてしようものなら、多くのハンターから反感を買う。


 メリィが背中を小突いてきた。

 あらゆる断り方を探っていたおれに、メリィは諦めを促すかのような真顔をしていた。


「……分かった。参加するよ」


 諦めて参加を承諾すると少女は勢い良く顔を上げた。


「ありがとうございますっ!」


 承諾はしたが、ドタキャンは出来る。

 そんなことすれば次にトーリたちと会った時、非常に気まずいことになるのは請け合いだが。


 しかし、少女はそんなおれの考えを見透かしたように続ける。


「ショウヒさんたちが参加することは私がちゃんとギルドに伝えておきます!」

「あっ……そう、じゃあ…お願い……」

「はい!任せてください!」


 踵を返し、仲間たちの下へ戻っていく途中、思い出したかのように少女は振り向く。


「エリナって言います!ショウヒさんたちが参加してくれて、私、とても心強いです。期待してますっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る