# 2 背負った罪 ③

 フォレストウルフの討伐依頼で起こった異常事態イレギュラーは瞬く間にドリスの街に広がった。


 翌日、ドリスのハンターズギルドは早々に異常事態イレギュラーの調査に乗り出した。三等級のハンターで構成された調査隊は三日間の森林調査で計124名の遺体を発見した。


 ハンターズギルドはその事実を重く受け止め、三日目にして王国軍の派遣を要請した。通常ならば、ハンターズギルドが雇用する一等級ハンターが異常事態イレギュラーの対処に当たる。


 だが、一等級ハンターの数は少ない。

 各地で起こる異常事態イレギュラーの対処に駆り出されるわけなので、都合よく呼べばすぐに来てくれるわけじゃない。


 そのため大抵の場合、多大な兵力を誇る王国軍が異常事態イレギュラーの対処を行う。商業都市ドリスの場合、王国と懇意にしていることもあってか、これまでの異常事態イレギュラーは全て、王国軍によって対処されてきた。


 王都キャンベルから商業都市ドリスまでの道のりは早くても三日。

 王国軍によって異常事態イレギュラーの鎮圧がなされるまで、森への侵入は禁止された。フォレストウルフの討伐依頼も下げられることになった。


 そして四日目、調査隊が消息を絶った。

 五日目の今日、おれとメリィはハンターズギルドへ招集された。


 昨夜、宿にハンターズギルドの遣いが訪れて来た。

 ドリスの街を出る際、ハンターズギルドに登録されるハンターは関所で記録される。どんな依頼を受注し、どこへ向かうのか。そうすることで依頼を受けたハンターの生死をギルド側は判別しやすくなる。


 おれとメリィがあの日、森へ行って帰還したことが関所で記録されていた。


 もちろん、ハンターズギルドの招集を拒むことは出来ない。

 おれたちはギルドに登録されたハンターであり、ギルドによって依頼の受注や報酬の受け取りなどを円滑に行えている。ギルドからハンター登録を切られでもすれば、ハンターとしてお金を稼ぐのは厳しくなってしまう。


 早朝、開館するよりも前に訪れたハンターズギルド内には、おれたち以外にも無事に帰還出来たハンターが集められていた。


「招集された理由は各々察していると思うが、異常事態イレギュラーの起こった日、何か目撃していないか教えてもらいたい。どんな些細なことでもいい」


 ギルド長のノバ・ローベルは高圧的な人間ではなかった。

 前にいた街のギルド長は自らの権限を笠に好き勝手やっていた。多くのハンターからは随分と反感を買っていたようだったので、今はもうギルド長から降ろされていそうではある。


 ドリスのギルド長は理知的で紳士。受ける第一印象はそんなところだった。ハンターたちもギルド長自ら協力を申し出る誠実さを感じてか、全面的に手を貸すと言う。となれば、おれもそうしないわけにはいかなくなる。


 パーティーごとにギルド職員が一人付き、訊問を始めた。


「あなた達は二人ですか……記録上もそうなっていますね」

「まぁ……はい」

「ショウヒ・アルマとメリィ・アルマ。二人とも三等級。名前と等級に間違いはありませんね?」

「はい」


 おれとメリィのハンター証明書ライセンスの記載された洋紙を読み、ギルド職員は簡単に素性を確認した。


「三等級が二人、フォレストウルフの討伐依頼を受けるには無茶が過ぎると思いますが?」

「お金が必要で……すみません」

「気を付けてください。同等級の魔物であっても、数の不利は生死に直結します」


 訊問と言うより、説教を受けているような気がする。


 でも、ギルド職員はおれとメリィの身を案じて言葉にしてくれている。そんな文句を口にするのは甚だおかしい。


「それではお訊きします。あの日あの森で何か変わったことはありましたか?」


 あの森で起こった異常事態イレギュラーは常軌を逸したものだった。

 魔物による異常事態イレギュラーには、これまで何度か出くわしたことがある。魔物の群れの暴走や等級越え強化個体の魔物、生息外魔物の出現など。今回のは後者のどっちかだろう。


「既にギルドは知っている情報かもしれませんが」

「それでも構いません」


 構わないと言うのなら話す。

 おれたちが見つけた五人組のパーティーのことを。


 一人目は男で下半身が潰されていた。二人目は女で両腕が引き抜かれた状態でうつ伏せに倒れていた。三人目も女で頭部が消失していた。四人目は男で身体の欠損はなかったが、身体中が激しく切り裂かれていた。そして極めつけは五人目の遺体だった。数メートル上空の枝分かれした木に胴を貫かれた状態で息絶えていた。


 まず人間による仕業じゃないことは明白で、あの森に生息する魔物では成し得ない惨状でもあった。生息する魔物の等級越え強化個体であっても人間の下半身を潰して、数メートル上の木に突き刺すことが出来るとは考えられない。


「調査隊が消息を絶った地点をギルドは把握しているんですか?」

「ええ。調査隊には探知石アリアドネを持たせていましたから」


 探知石アリアドネ———人類が遺物レリックに倣って開発した魔道具。

 持つ者の所在を明かす探知石アリアドネは人類の開発した魔道具の中では広く流通した画期的なアイテムであり、地図と併用して使うことでおれの所有する万能地図レリックと同様の扱い方も出来てしまう。


 おれが万能地図あのレリックを地味と評した理由はそこにあった。遺物レリックという唯一無二性が、あの万能地図には無いのだ。


 ギルド職員は持っていた地図を広げた。


「調査隊が消息を絶ったのは、この地点です」


 広大に広がる森の北西付近を指差す。

 ドレスを出発したハンターの多くは東側から森へ侵入する。指差された森北西部までは地図上でもかなりの距離があるように見える。加えて、調査隊が消息を絶った森の北西周辺に、犠牲となったハンターの遺体が密集している。


 それに加え、メリィは魔物の感覚を追って森を北西に進んでいた。あの森の北西に何かが棲みついているのだろうか。


 ギルドの持つ情報を持ってしても、これ以上のことは分からなかった。

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