# 1 生存けん ⑦

 予想通り、宿はすぐに見つかった。

 宿屋にも多くの人間が出入りする。おれとメリィは二人で一つの部屋を使う。二つ部屋を借りることも出来るが、メリィを一人にするのは心配だった。


 荷物を整理し、フォレストウルフの討伐へ向かうのに必要ない物は宿に置いて行く。鍵付きの部屋なので盗まれる心配もない。


 おれは軽くなったリュックを背負い、腰には短剣を提げる。

 メリィは大太刀だけを持つ。


 宿を、ドリスを出て、東の方へ一時間ほど歩く。そこにフォレストウルフの生息する森がある。向かう道中、同業者らしきハンターのパーティーを足早に追い越した。同じフォレストウルフの討伐依頼を受けているのだろうが、こっちはおれとメリィの二人きりだ。


 群れで生活するフォレストウルフの討伐は基本的に四、五人のパーティーを組んで行う。もちろん、おれにそんな人脈はないし、メリィがいる。とてもではないがパーティーなんて組めない。加えて、おれたちの服装は魔物を討伐しに行くようなものではない。


 出来れば目立ちたくないし、絡まれたくもないので追い越した。

 足早というか、もはや走って追い越したくらいだった。


 フォレストウルフの生息する森林は陽の光が幾何学に差し込む幻想的な場所だ。道という道もなく、広さも相当あるように見える。無策に進めば迷ってしまうだろうが、用意はしてある。


 リュックから森を写す地図を取り出す。

 地図には赤い点が付いていて、おれが移動すれば赤い点も地図上を移動する。地図に魔力を込めた物を所有者とし、地図は常に所有者の周囲地形を写す。


 そんな万能な地図は作製時期や作製法の分からない遺物レリックと呼ばれる代物だ。魔王を殺した勇者が持っていた剣も遺物レリックとされる。王国の宝物庫に今も眠っていると言う。


 おれの持つ遺物レリックは研究者の父親の家系が代々受け継いできたものらしい。世界各地を旅する研究者としては重宝するものではあるが、遺物レリックにしては地味だ。


 森を迷う心配はないので、メリィを先頭に奥へと進んで行く。


 自分で言うのも何だが、魔物との戦いはほとんどメリィに任せている。戦闘の心得は魔族研究の知識と一緒に父親から教わっている。三、四等級の魔物を相手に遅れを取るようなことはない。


 だが、おれが一緒になって戦う必要がないくらいにメリィは強い。二等級のハンターと戦っても負けることはなく、一等級に匹敵するんじゃないかと勝手に思っている。


 まあ、メリィは人間じゃない。

 比較すること自体、人間である二等級のハンターに悪い。


 先頭を行くメリィが足を止めた。


 魔族のメリィは魔物の位置を感覚で察することが出来る。種族的に見ると魔族は人間と魔物、その中間に位置している。


 人間に擬態した魔物。

 人間のような姿形をした意志疎通の図れる魔物。人間を補食する点以外を除けば、人間と変わらない。


「近くにいるの?」

「うん。フォレストウルフが六匹」


 足を止めたことで周囲の音がよく聴こえる。

 メリィの言うように草木を踏み締める音が、おれたちの周囲を囲っている。


 相手は既におれたちを獲物として認識していた。数メートル先に二匹のフォレストウルフが姿を現したのだ。


 メリィは大太刀の刀身を鞘から抜く。

 厚い刀身は幾何学に差し込む陽光さえも断ち切ってしまいそうなほど美しかった。


 抜き身になった大太刀を右手に持ち、鞘を地面に突き刺す。


 それが合図となってか、姿を現した二匹のフォレストウルフがこちらへ駆け出した。数メートルの距離は一瞬の間に詰められる。


 無謀にも飛び掛かって来たフォレストウルフは二匹とも、メリィの振るった大太刀の一閃によって胴を断たれた。


 同時に新たなフォレストウルフが飛び出す。

 左右から一匹ずつ、背後、おれの後ろから二匹。周囲にまだいることは分かっていたが、やはり物量で押されると対処が難しくなる。


 短剣を引き抜こうとして、メリィに腕を捕まれた。そのまま前方へと投げ出され、倒れはしなかったものの地面に膝を着いてしまう。


 前方には胴を断たれた二匹のフォレストウルフの死骸。安全な方へ移動させたつもりなのだろうが、大分強引なやり方だ。


 メリィ目掛け、飛び掛かる四匹のフォレストウルフ。背後の二匹より早く、左右のフォレストウルフがメリィに到達する。


 自分の背丈ほどある大太刀を片腕だけで切り上げ、フォレストウルフの首を切断し、身を退くことで飛び掛かってきたもう一匹のフォレストウルフを躱す。


 すぐ目の前に着地したフォレストウルフの顎をメリィは蹴り上げる。いとも簡単に首部分の骨が折れ、絶命する。


 背後から迫っていた二匹のフォレストウルフは足を止めていた。群れで行動するフォレストウルフはそれなりの知能を有している。敵わないと分かれば、襲うのをやめるくらいには。


 後退りを始めたフォレストウルフはメリィを恐れている。後退りから踵を返したフォレストウルフは二匹とも違う方向に走り出した。


 賢い選択だった。

 メリィは逃げ出した一匹に大太刀を投擲した。とんでもない速さで投げられた大太刀はフォレストウルフを串刺しにする。


 最後の一匹には逃げられた。

 追おうと思えばメリィになら追えた。だが、おれを置いていくことになるのでメリィはしなかったのだろう。


「だいじょうぶ?」

「大丈夫。メリィは」

「へいき」


 互いの状態を確認し、メリィは投げた大太刀を回収しに行った。おれは死んだフォレストウルフの尻尾を短剣で切り取る。


 魔物の討伐依頼は討伐した証として、殺した魔物の部位を回収する必要がある。こうして魔物の死骸を刻むことに慣れなければ、ハンターはやっていられない。


 五匹の死骸から尻尾を切り取って、麻袋にまとめて詰める。

 麻袋に入っていたとしてもリュックにしまうのは何だが嫌だったので、麻袋は手に持ったまま、次のフォレストウルフを探し始めるのだった。

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