# 1 生存けん ⑥

 ドリスは昔から商業の街として栄えてきた。トレイル商会を筆頭に数多くの商会がひしめき合い、多様な商いを営んでいる。商戦なんて呼ばれる、商会同士の大きな争いが起きることもあり、今はトレイル商会一強で落ち着いている。


 巨大な商業都市として王都キャンベルからも年に数回、使者が送られてくるとも聞く。王国側も有力な商会とは良好な関係を築いておきたいのだろう。


 そんな商業都市———ドレスは現在、ハンターで溢れかえっている。

 これに関しては王都キャンベルにも言えたことだが、魔物の増加によってハンターを志願し、ハンターの道へ進む者が増加した。


 ハンターの組合組織———ハンターズギルドがドレスにも正式な支部を置いたことで、ドリス内におけるハンターの増加に拍車を掛けた。今やトレイル商会に並ぶ権限をハンターズギルドも保持している。


 朝日とともに見えてきたドレスの街並みは商業都市を思わせるほど、建物が乱立している。街全体を囲う石の壁は王都と比べれば大分見劣りするものだ。それでも、十分に街を守る役割は果たせるだろう。


「それじゃあ達者でなぁ」


 ドレスの関所前で降り、御者のおじさんは街の中へと消えて行った。トレイル商会の早馬なだけあり、衛兵に身分証のようなものを見せ、関所をスルーした。


 関所の前に並ぶ人の列を前にして、御者のおじさんを少し羨ましく思ってしまった。でも、初めに予定していたものより早くドレスの街へ到着できたのは御者のおじさんのお陰だ。


 目深にフードを被るメリィを連れ、列の最後尾へと回る。

 沢山の人間を前にしてメリィの様子が少しおかしい。人間を観察するかのように見続ける。加えて瞳が赤みを帯び始める。流石にそれだけは抑えてもらいたい。


「メリィ」


 名前を呼び、フードの中のメリィの瞳を見つめると次第に赤みはなくなっていく。


「だいじょうぶ」

「耐えられそうにないなら言ってよ。用意するのも簡単じゃないからさ」

「うん………」


 今のメリィを見る感じだと、もって三日だろう。

 人間を見ないように下を向くメリィを見ていると、何だか胸が痛くなる。それが嫌で、おれはメリィから目を逸らしてしまった。そしてまた、そんな自分を酷く嫌悪する。


 ハンターズギルドが発行し、ギルド公認のハンターであることを証明する証明書ライセンスを関所の衛兵に見せるだけで、関所は簡単に通過出来る。


 ハンターズギルドが支部を置く前までは証明書ライセンスを見せるだけでは関所を通過出来なかったと言う。ハンターズギルドがドリスの街でいかに権力を持ったかが分かる。


 しかし、関所による人の出入りが緩くなったことで生じる問題も多い。


 一番はやはり犯罪率の上昇だろう。魔物を討伐するハンターを美化するのなら、弱き人間を魔物の脅威から助ける人達。中にはそういった志を持って、ハンターをしている者もいるはずだ。だが、おれのようにお金目的でハンターをしている人も少なくない。


 ハンターの全員が全員、魔物から人々を助ける善人とは限らないのだ。


 早朝だというのに大勢の人が行き交う通りを早歩きで抜ける。俯きながら後をついて来るメリィに注意を配り、おれはハンターズギルドを目指した。


 ハンターの依頼は主にギルドが仲介し、依頼の受注から報酬のやり取りまでを管理する。依頼のほとんどは魔物の討伐だが、そうでないものもある。数多ある依頼はギルドによって等級分けされ、自身の等級と同等かそれ以下の依頼を受注することが出来る。


 一等級から四等級の四段階。

 ドリスのハンターズギルドには三、四等級の依頼がほとんどを占める。よって、ドリスに集まるハンターたちも三、四等級の者が多くなる。


 近森に生息していたフォレストウルフが増加し、ギルドでは討伐依頼が大々的に張り出されていた。三等級の魔物だが、フォレストウルフはその名同様、狼のように群れで生活している。


 三等級のハンターが一人で立ち向かうには無理がある。

 ハンターが徒党を組んで、討伐するのは一般的だ。

 報酬は殺したフォレストウルフの数によって変わり、殺した証は尻尾で示す。


 報酬金はかなり良いので、今回はフォレストウルフの討伐依頼でお金を稼ぐことにする。何日か滞在し、その間にフォレストウルフを狩りまくる。ある程度の計画を立て終え、おれはフォレストウルフの討伐依頼を受注した。


 お金に関してはもう大丈夫だろう。

 宿を見つけるのも、商業都市であるドリスでは容易なことだ。


 ハンターの依頼受注スペースから、少し離れたところの掲示板へ向かった。そこにも魔物討伐同様に依頼書が張られている。

 しかし、こっちは対象が魔物ではなく、人間だ。


 ハンター証明書ライセンスが、ドリスの出入りを緩くしたことで犯罪率が上昇した。商会がそのことに目をつむるわけもなく、責め立てられたハンターズギルドは凶悪犯罪者を賞金首とし、対象の捕縛した者に報酬金を提示した。


 この報酬金はハンターズギルドによって支払われる。


 ハンターの中には魔物の討伐依頼を受けず、賞金首を捕縛してお金を稼ぐ酔狂な人間も少なからずいる。そういった人たちを賞金首狩りバウンティハンターと呼ぶ。


 そんな手配書を前にして、一人の賞金首に目が止まった。

 最終目撃報告が一昨日。住んでいると思しき場所まで詳細に書かれている。


 賞金首の中にはこういった輩がいることが多い。

 様々な情報があるにも関わらず、誰も賞金首を打ち取れない。


 それは賞金首が強いからだった。

 おれの目に止まった賞金首はトーマス・エイド。ハンター証明書ライセンスは二等級。三、四等級のハンターばかりの集まるドリスでは、徒党を組んでも勝てない相手かもしれない。


 だから、誰も手を出さない。

 ハンターズギルドやドリスの衛兵も動かないのは保身のため。二等級の賞金首を相手に確実に捕縛できるだけの力を有していないから、無理に手を出さない。


 最終目撃情報のあった場所と住んでいると思われる場所は一致している。

 会おうと思えば簡単に会えるだろう。


 今日の夜にでも、行ってみるとする。


 ハンターズギルドでの用は済んだので、おれとメリィは宿を探しにドリスの街へ出るのだった。

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