# 1 生存けん ⑤
どうして、おれは
捨てることだって出来る。メリィを置いて、どこか遠くへ行くことは容易でさえある。
メリィはきっと、一人では生きていけない。
人間の社会に溶け込めない。魔族だから。すぐに殺されてしまうだろう。メリィは普通の魔族とは訳が違うので、殺そうとすれば多くの人間が命を落とすかもしれない。
それでも、物量には負ける。王国軍しかり、ハンターしかり、一人の魔族を殺すには十分過ぎる量がいる。
山の麓。野営する焚火を前にして、そんなことを考えてしまう。
目の前でメリィは毛布に包まれ眠っている。その寝顔は子供のように見える。何も考えずにただ生きてる。両親に甘やかされて生きていた子供の時のおれみたいだ。
パチパチと優しく燃える焚火は見ているだけで心が安らぐ。メリィについて考えたところで、答えは出ない。考えるのはやめて眠ってしまいたい。見張りと言っても、ここで魔物と出くわしたことは一度もない。
瞼が閉じそうになって、遠くから音が聴こえた。来た道を振り返るようにして目を向けるとランタンの灯りに照される馬車が見えた。
身体に巻いていた毛布を脱ぎ、リュックの側に置いていた短剣を手に取る。近づいてくる馬車の音にメリィも気付き、起き上がった。
「なにか近づいてくる」
「ああ、分かってる」
寝た振りを続けるようメリィには促し、すくそこまで迫った馬車におれは向き合う。
「こんな所で野営か?」
馬車を止めた御者のおじさんは声を掛けてくる。
遠目からでは分からなかったが、近づいてくる馬車にはトレイル商会の意匠が施されていた。
持っていた短剣は後ろ手に隠している。
「はい。あなたは、急ぎの用ですか?」
普通、夜中に馬は走らせない。馬にも体力がある。一日中走り続けることなんて出来ない。
「早馬だよ。明日の朝までにはドリスに着いておかねえと怒られちまう」
「それは、かなりギリギリですね」
「おまえさんたちもドリスへ行く道中に見えるが?」
御者はおれの背後で横たわるメリィにも気付いていた。自分の身体で隠すように立っていたつもりだったが、まぁそんな簡単じゃない。
「はい」
「乗ってくか?おまえさんたちハンターだろ。道中の護衛も兼ねて、乗せてってやるよ」
御者の思わぬ言葉に、おれは反応が遅れる。
「どうすんだ?乗ってくなら、早く決めてくれ。言っとくが怪しい者じゃないぞ、ほらこれを見ろ、トレイル商会だ」
馬車に彫られたトレイル商会の紋様を叩いて示す。
「怪しいと思わないんですか?こんな所で野営するおれたちを」
あっちにはトレイル商会所有の馬車という身分を証す術がある。だが、こっちには何もない。ハンター
そんなことを思ってしまったが、返す御者の言葉に納得してしまった。
「女を連れた盗賊はいねえだろ」
「……でしたら、お願いします」
寝た振り続けるメリィを起こし、馬車の荷台に乗り込んだ。
早馬というので荷は何一つなかった。ドリスの商業の中核を担うトレイル商会の出す早馬なので、契約書か密文のようなものでも運んでいるのだろう。乗り込む際に尋ねてみたら、御者のおじさんも封を受け取っただけで、中身は知らないと言う。
「えらく綺麗な嬢ちゃんじゃねえか」
馬車が走り出すと御者のおじさんは喜々として口にする。別に下心があるようには見えないので「まぁ」とお茶を濁す程度の愛想笑いを浮かべる。肝心のメリィは以前として真顔のまま。
「おらぁの娘には負けるけどなっ」
夜中にも関わらず元気に笑う御者に合わせて、おれも愛想笑いだけは欠かさない。メリィについて、あれやこれや触れられても困るので、おれから話題を変えてしまう。
「娘さんがいるんですね」
「ああ、いるぞ。おらぁドイルだ。名前知らねえと話づらいだろ」
「ですね。おれはショウヒと言います。こっちはメリィです」
互いに名前だけの簡単な自己紹介を済ませる。
「娘もよ、ハンターやってんだよ」
「それは親としては心配ですね」
「そうだろ、ショウヒもそう思うよな!あいつはそんな親の気も知らねえーで」
ハンターの数は年々増加している。
魔物の増加が起因してのことだった。それでも魔物の討伐依頼とハンターの数は釣り合いが取れていない。魔物の討伐依頼という需要に、ハンターの数という供給が間に合っていない。
魔物を早急に討伐してもらいたい依頼主は報酬金を上げることで、ハンターに依頼を受けてもらおうとする。死と隣り合わせの職業ではあるものの、リターンも大きい。次代の勇者はハンターから現れると噂されるほどでもある。
「おまえさんたち、ハンターの等級はいくつなんだ?」
「三等級です。ハンターになって一年も経ってない、駆け出しですよ」
「嬢ちゃんも三等級なのか?」
メリィの名前を知っても尚、嬢ちゃん呼びする当たり、下心がないと判断したのは間違いではなかったと確信する。
「はい……」
呟くように答えたメリィの瞳は御者のおじさんを捉えていた。
「メリィ。ダメだよ」
フードを深く被らせ、隣に座るメリィの身体に毛布を掛ける。
小声ではあったが、御者の耳にも届いている。「ダメだよ」なんて脈略もない言葉に御者のおじさんは不思議そうな表情を浮かべる。
「体調が悪いみたいで、すみません」
「ああごめんなこっちこそ。ゆっくり寝ていてくれても構わねえ」
「ありがとうございます」
気を遣ってくれたのだろう。
これ以降、御者のおじさんが声を掛けてくることはなかった。
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