# 1 生存けん ④

 朝食を終えて、街へ行く準備を始める。

 メリィの食事を済ませるためというのもあるが、今回は街に滞在するつもりでいる。食糧が底を尽きたように、おれの所持金も底を尽きかけていた。


 お金がないことには生活なんて出来ない。


 おれも、メリィも一応仕事はしている。

 ハンターという職業についている。


 もともとは魔族狩りをする一般人のことをハンターと呼んでいたが、魔族がいなくなった今では、人類に敵対する魔物を討伐してお金を稼ぐ人々のことを、ハンターと呼ぶようになった。


 人類の何倍もの魔物が世界各地に生息し、その被害は年々増加している。当然ながら、ハンターへの討伐依頼も比例して増加した。


 今では凶悪な魔物を討伐する次代の勇者が現れることを人類は望んでいるのかもしれない。ハンターたちは、そんな勇者を目指して、日夜魔物を狩り続けている。


 とは言え、おれは勇者になりたいわけじゃない。ハンターになるのは、いろいろと都合が良かった。


「メリィ、支度終わった?」


 旅装に身を包んだおれは腰にスティレット短剣を携え、背に大きめのリュックを背負う。


 移動手段が今のところ歩きしかないため、近くの街まで一泊野宿して向かわなければならない。馬とかいれば、移動は楽になるのだろうが、こんなところで暮らしている以上、馬を飼わなくてはいけなくなる。


 それはそれで大変だし、メリィに馬の乗り方を教えなくちゃならないのも面倒くさい。ここと街を頻繁に行き来するわけでもないので、やはり移動手段は徒歩でいいのかもしれない。


「まだ」

「入っていい?」

「うん」


 一年間、あちこちを転々として、この場所に留まったのは最近のことだ。


「もうちょっと綺麗に入れようよ……」


 おれの背負うものと同じ大きさのリュックに自分の衣類を無造作に入れるメリィにおれは不満を漏らす。


 ここに落ち着いて数カ月。街へ向かうのは今回で二回目だ。


 お金と食糧が尽きたら、街へ向かい、数日の間滞在し、ハンターとしてお金を稼ぐ。その間にメリィの食事も済ませる。


 あちこちを転々としていた時は、メリィの荷物は全ておれが整理していた。


 ただ、この場所に落ち着いたこともあって、そういった自分の身の回りのあれこれをメリィ一人でやってもらうようにした。


「服は畳んで入れないと入りきらないよ」

「めんどくさい」

「いいから。ちゃんとやって」


 メリィは物言いたげな目を向けてくるが、諦めたのかリュックからはみ出た服を一枚一枚出し始める。


 おれと見た目の変わらないメリィは、それでもおれより長く生きている。魔族換算でも十分大人と言っていいはずなのに、メリィは所々子供っぽいところがある。


 服の畳み方は教えているため、服はちゃんと畳める。見張ってさえいればメリィは一人で荷物を整理出来る。一人でやらせるべきなのかもしれないが、結局おれは手伝ってしまう。


「武器はどこ?」


 メリィは旅装に着替えている。

 持っていく荷物も整理できた。残る武器がメリィの部屋のどこにも見当らない。


「ここにある」


 そう言ってベッドの下から、長物の武器———大太刀をメリィは取り出した。


 おれの背丈ほどある大太刀は前に持ったことがある。とてもではないが、まともに扱えないほどの重量だった。


 そんな大太刀をメリィは片手で持っている。


「じゃあ、行こうか」


 準備は整った。

 メリィは大太刀を床に置き、リュックを背負ってから、また大太刀を拾い上げる。


 リュックに乗ったメリィの白髪は人目を引いてしまう。一度後ろを向かせ、長い白髪を短く纏める。女性の髪を結ったことなど一度もなかったが、メリィの世話をし続けたことで、こうも手馴れてしまった。


 メリィにフードを被せ、ようやっと全ての準備が整った。


 地平線を昇っていた太陽は既に真上へ差し掛かっていた。意外と準備に時間が掛かってしまい、ここを出るのが大分遅くなってしまった。翌日の昼前には街へ到着しているつもりだったが、これでは無理そうだ。


 まぁ別にいいだろう。

 メリィの食事も、まだ耐えられると言うし。


 おれの故郷———集落のあった場所は周囲を森が覆っている。


 自給自足の生活であったため、集落への人の出入りはほとんどなかった。それでも、集落から森を抜け、近くの街へ続く道は切り拓かれている。


 両親が研究者だったこともあり、近くの街———ドリスへは何度も通っていた。


 道なりに沿って歩くだけでドリスへは到着する。気を付けるべき魔物も、人間のいないここら一帯で出くわすことはほとんどない。


 おれとメリィはひたすら歩き続ける。

 いつも一緒にいるので特別話すようなこともない。終始黙って歩き続けた結果、森を抜けるのも早かった。抜けた先は見渡す限りの平原が広がっている。遠くに見える山を越えた先にドリスがある。


 ひとまず、今日中にはあの山の麓まで行きたい。そこで野営して、明日は日が出ている間にドリスへ到着していたい。そんな予定を頭の中で立てながら、フォードの中、メリィの表情を窺った。


 魔族のメリィは人間とは根本的に身体能力が違う。


 とりわけ、メリィの身体能力は飛び抜けていた。超重量な大太刀を武器として扱えるくらいの筋力と体力を持ち合わせている。姿形は年頃の女性で華奢ですらある。一体どこに大太刀を片手で持てる筋力があるのか、甚だ疑問に思う。


 フードの中に覗く、メリィの表情は真顔。

 人間を捕食対象とする魔族は人間にしているとも言える。外見だけでなく、中身も人間そのものはずでなきゃおかしい。だが、メリィは人間にしては感情が乏し過ぎる。


 捕食対象を惹き付ける容姿はしているが、中身の人間性が欠如している。


 誰かの手助けがなければ、きっとメリィは生きてはいけない。


 変わりないメリィを確認して、おれは歩みを再開させた。

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