# 1 生存けん ③
蔵書に囲まれた部屋で眠るのはやめた方がいいと何度思ったことだろ。ここは埃っぽいし、椅子と机以外は研究資料と文献しかない。
空気が悪いせいで喉は痛み、椅子に腰掛けた状態で寝たので足腰が凝る。
机上に散らばる歴史文献を適当に片して、椅子から立ち上がった。見渡す限り、紙と本しかない、この部屋をいつも清掃しなくてはと思う。たが、掃除するとなると大掛かりなものになる。一人では億劫なのだ。だから、いつも後回しにしてしまう。
今回も清掃しないとな、と思うだけで部屋を後にするのだった。
人里離れた場所に住んでいる。
もとは集落があった場所で、十年前の大地震をきっかけに消滅した集落。
おれが生まれ育った場所で、彼女と出会った場所でもあった。
当時の記憶が蘇ってくるくらいには面影を強く残す集落跡は自然に囲まれた閉鎖的な場所だ。外部から人間が来ることもなければ、彼女が一人でどこかへ行ってしまう不安もない。
空き家———もとは村長の家だったところに今は勝手に住んでいる。家を出て、すぐ目の前、昇り始めた太陽を眺める白髪の女性が立っている。
「メリィ」
名前を呼ぶ。
誰が付けたのかも分からない名前だ。
名前を呼ばれた彼女は振り返る。
日の光を反射する白いの長髪は絹のような滑らかさを感じさせる。精緻なつくりと言っていい、まるで人形のような顔は人を超えた美しさがある。
彼女の名はメリィ。
人間じゃない。魔族だ。
足音一つ立てずに、こちらへ近づいてくる彼女を見ていると首元が痛み出す。あの時、メリィに噛まれた傷が、痕になって今も残り続けている。
「ご飯にしよう」
「うん」
素朴な返答におれは踵を返す。
両親は研究者だった。
表向きには薬学に関する研究者で大きく名を馳せていた。裏では魔族を研究する、謂わば異端者だった。
世間一般的に魔族に傾倒する者を異端者と呼ぶ。だから、俗説的に見れば両親は異端者だったのだろう。
人間と魔族が共存するための研究。
これは両親から始まったものではない。父親の家系が、昔からずっと続けていた研究だった。
代々、研究を引き継いできたこともあり、両親が亡くなった今、この研究はおれが引き継ぐべきなのだろうか。
両親から魔族に関する知識は叩き込まれた。研究を引き継いでもらいたかったからだろう。
でも、おれは両親が亡くなって一年が経った今も尚、研究らしいことなんてしていない。
「そろそろか…………」
家に戻って、朝食の支度をしている最中、底を尽きかけた食糧庫を見下ろしながら呟く。
この場合、二つの意味合いがあった。
一つは食糧が底を尽きかけていることに対して。もう一つはメリィの食事に関してだ。
目玉焼きとパン。質素だが、無いものは仕方ない。手早く作ってしまう。
メリィは椅子に座って待っていた。何をするわけでもなく、ただじっと座って待っている。目玉焼きとパンを乗せた皿をテーブルまで運び、おれはメリィの向かいに座る。
「いただきます」
そう言って、おれが食べ始めるとメリィも朝食に手をつける。
メリィとは十年以上前に地下室で出会い、それからも何度か。
魔族も人間と同じように年を取るが、
両親は研究と
それから一年、一緒に暮らしている。基本的には人間なので、甲斐甲斐しく世話をする必要はない。
「メリィはそろそろだよね」
「うん。おなかは空いてる。今日いくの?」
「そのつもり。街に着いたら、おれから離れないでよ」
「わかってる」
ただ、月に一度の食事は誰かが手伝わないといけない。
朝食を食べながら、そんなことを考えられるくらいには慣れてしまった。おれはきっと異常なのだ。異常でなければ、メリィと一緒にいられるはずがない。
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