# 1 生存けん ⑧

 切り取ったフォレストウルフの尻尾は合計で16本となった。フォレストウルフの増加を理由に討伐依頼が出されたはずだが、あの後中々出会えなかった。


 メリィも魔物の居場所が感覚で分かるだげで、その魔物が何なのか判別出来るわけじゃない。フォレストウルフではない魔物と出くわしても、あまり意味がない。


 正午を過ぎた辺りでドリスへと引き返すことにした。結構、奥の方まで森を彷徨ってしまっていたため、帰る時間を考えてのことだった。


 尻尾16本でも、かなり良い金額にはなる。パーティーを組んでいたら、ここで報酬金を山分けすることになるので尻尾16本では一人辺りの取り分は心許ない。


 だが、おれたちはそうじゃない。

 この調子で毎日稼いでいけば、そう掛からずに一月は暮らせるほどの額は貯まってしまいそうだ。


 ドリスに戻ってハンターズギルドへ。フォレストウルフの尻尾と引き換えに報酬金を受け取り、宿へ帰る。


 おれもメリィも旅装から普段着に着替え、フォレストウルフの返り血で汚れた旅装を綺麗に洗う。


 メリィは大太刀の手入れをしなくてはならないので、返り血の酷かったメリィの旅装はおれが洗った。


 魔物に流れる血は人間と同じ赤色だ。衣服に付くと中々落ちないのでメリィには、なるべく返り血を浴びないような戦い方をして欲しい。戦闘をメリィ任せにしている身なので口にしたことはないが。


 ある程度綺麗になったところで風呂場で部屋干しする。


 その頃には大太刀の手入れも終わっていた。

 ベッドの上で横になるメリィは目を閉じていた。眠っているわけではないだろう。あれくらいの戦闘で疲れたとも思えない。


 メリィはお腹を空かせているのだ。

 ドリスではどこを見ても、視界には補食対象人間が映り込む。衝動を制御するため、ドリス内でメリィは常に下を向いている。そうすれば人間が視界に映ることはないから。


 ずっとそんな状態にさせておくわけにもいかない。補食対象にする人間の目星は付いているので、今日にでも済ませてしまおうか。


「メリィ」

「なに?」


 起き上がることはしなかったが、ベッドで横になったままメリィは言葉を返す。


「出掛けるよ。食事を済ませよう」


 「食事」という単語はおれとメリィの間では、この時にしか使わないようにしている。


「うん」


 上体を起こしたメリィの瞳が赤く光ったように見えた。


 身軽な普段着で宿を出たおれとメリィは、今朝ギルドに張り出されていた賞金首トーマス・エイドが最後に目撃された場所へと向かった。


 夕陽に照されるドリスの街並みは影で染まっている。建物が所狭ましと立ち並ぶため、夕陽によって橙色に染まる部分よりも影となる部分の方が多い。


 時間帯的にも、依頼を終えたハンターたちがドリスへと戻って来た頃合いだ。宿や酒場のひしめく区画は人で溢れ返っている。


 トーマス・エイドが最後に目撃されたのは、とある酒場だった。ギルドへ寄せられる目撃情報にも、この酒場でのものが多くあった。常連なのだろう。


 酒場の見える位置に陣取って、しばらくの間待つことにした。一昨日、酒場での目撃情報があったため、毎日張っていれば必ず会えるという確信があった。


 待つこと数十分。

 確信通り、手配書に描かれた人相と似た男が酒場へと入って行った。


 トーマス・エイドを追って、おれとメリィも酒場の中へ入る。


 想定通りではあったが、治安の良い酒場ではない。見るからに厄介そうな男たちで溢れている。


 フードを被ってはいるものの、身体付きでメリィが女だということは一目で分かる。酒場に入るや否や、案の定、男たち数人がメリィを取り囲んだ。


 だが、メリィは男たちを無視してトーマス・エイドの下へ向かった。


 両サイドに女を侍らすトーマス・エイドは近付いてくるメリィに気付く。おれは何も手出し出来ないので、つかず離れずの距離感で経緯を窺う。


「いっしょに来て」

「誰だよ、お前」


 トーマス・エイドの反応は当然のことだが、フードから覗くメリィの顔を見てか、すぐに「いいぜ」とソファから立ち上がった。


 メリィは美しい。人間の男なら共通して抱く感情だ。そしてそれはメリィが魔族であり、補食するために人間を惹き付ける容姿をしているためだ。


 特に空腹時は意図せず人間を惹き付ける。


「だれもいないところに行こう」

「ああ、いいぜ。積極的な女は嫌いじゃねぇ」


 トーマス・エイドはメリィの肩に腕を回し、そのまま胸を揉む。そんなことをされても、メリィは何ら反応を見せることはない。


 人気の無い場所をメリィが知っているわけがないので、トーマス・エイドに連れられる形で、二人はとある建物の中へ入って行った。


 酒場から、ずっと二人の後を追っているが、ここは既に人通りが皆無な場所だ。自ら建物の中に入ってくれたので、食事を始めるチャンスかもしれない。


 追って建物へ入る。

 油断してたわけではないが、建物に足を踏み入れた瞬間、バタンっと物音がした。何かが倒れるような音だった。


 しかも、音の発生源は建物内の出入口付近に立つおれの真横からだった。


 目を向けるまでもなく、突き飛ばされたメリィが壁にぶつかり、床に倒れている。おれがメリィの名を呼ぶよりも先にトーマス・エイドが蹴りを入れてきた。


 咄嗟に腕で守りはしたが、余裕で吹き飛ばされてしまった。


 酒場の時、ソファから立ち上がった時点で分かってはいたことだが、トーマス・エイドはデカい。筋肉が付いてるからとかじゃなくて、その体格の良さは生まれつきなもののように感じる。


 建物は廃墟なので誰かに見られるかもという心配はしなくていい。


 すぐに体勢を立て直そうとするが、トーマス・エイドがそれを許さなかった。隠し持っていたのだろう短剣を突き刺してきた。


 床を転がるようにして避け、素早く立ち上がる。


 流石に無理だ。

 二等級の実力を持つトーマス・エイドと正面から戦って勝てるとは思えない。自分の力量はちゃんと把握している。


賞金首狩りバウンティハンターかぁ?俺を狙うなんていい度胸してんじゃねぇかっ!!!」


 だが、こっちは一人じゃない。

 吠えたトーマス・エイドの軸がぶれる。床に着いていた両足が、文字通り真横に折れた。折れた骨が肉を破って露出する。


 メリィがトーマス・エイドの両足を蹴ったのだ。


 そんな足で立っていられるわけもなく、勢いよく真横へ倒れた。


「あああああっっっっぁぁっぁっ!!!!?」


 身体の底から漏れ出たような叫び声だった。

 トーマス・エイドに近付こうとするメリィを手で制止、痛みで正気を保てないトーマス・エイドの首を短剣で掻き切った。


 叫び声は首から流れ出る血液へと変わり、気泡を弾けさせながら血溜まりを形成する。


 ギルドによれば賞金首であったトーマス・エイドは七人の人間を殺している。五人が女性で、二人が男性。


 どうして殺したのかはもう分からない。

 でも、ギルドに捕まれば確実に死刑になる人間だった。


 そう思ったところで、人間を殺したという罪悪感を拭い去ることは出来ない。


 これで九人目。


 人間は何度殺したところで気持ち悪さは無くならない。魔物を殺すのも、その死骸を刻むのも慣れているはずなのに。


 おれは慣れたいのか?

 人間を殺すことに慣れてしまいたいのか?

 それはおかしい。人間を殺して感じる、この気持ち悪さには慣れていないから。人間として正常な反応が出来ている。


 そう思うことで、おれは人間でいられる。

 だが、これはおれが背負わなくてはならない罪だ。


 メリィに人間は殺させない。


「食べていい?」


 赤い瞳を向けたメリィが問う。

 その瞳といい、口から覗く牙といい。捕食衝動を抑えられていない。


 でも、おれはそのためにこの男を殺した。


「服は、脱いでよ……」

「うん」


 服を脱ぎ始めたメリィを置いて、おれは廃墟を出た。閉じた扉を背にして座り、中から聴こえてくる食事の音に耳を傾ける。


 骨が折れる音、肉が裂ける音、内蔵の散らばる音。どれを取っても人間から発せられるような音ではない。


 賞金首の人殺しであっても、おれが殺した人間だ。その人間の最後を見届ける勇気がないから、こうして音だけを聴いている。


 トーマス・エイドが罪人であるなら。

 おれも同じ罪人だ。

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