理屈じゃないんだよ、転移ってヤツは

「じゃあ、この後はどうするんスか?せっかくなんでもう少し散策していきます?」

「ああ、それなんだがね。……ちょっとこれを見てくれないか?」


 そう言って凛は、片手に持っていたハンカチを開く。その中には焦げ茶色の塊が数個、転がっていた。


「……なんスか?これ。ふ菓子?かりんとう?」

「猪のふんだよ。そこで拾ったんだ」


 直後。湯川の体は、バネ仕掛けの玩具の様に後方へと飛び上がった。


「おやつ感覚で取り出さんでください!そんなモン!」

「いやいや。そう毛嫌いするものじゃあないよ。これだって立派な研究資料さ」

「ぐ……。で、それがどうしたんスか?」

「ああ。コイツはさっき拾ったばかりなんだが、まだ温かいみたいなんだよ」

「え?」

「うん。お察しの通り、これの落とし主はまだ近くにいると思うんだ。だから遭遇しないうちに帰ろうと提案に来たんだが……いやあ、すっかり忘れていたよ」


 ケラケラと笑いながら舌を出す凛。そんな彼女の後方に視線を移した湯川の顔は、みるみるうちに青ざめていく。


「あ、あの~先輩?じゃあってその落とし主さんスかね?」

「ん?」


 湯川の指差した方向を凛は見る。そこには鼻息を荒くした猪が一匹。こちらを睨み付けながら、大きく体を揺らしていた。

 サイズからして、大人の猪だろうか?全身の毛を逆立て、威嚇するように鼻を鳴らすその姿に、二人は一瞬だけ硬直する。


「……ふむ。まずは落ち着こう、湯川くん。野生動物をいたずらに刺激するのは愚策だ」

「……は、はい」


 猪には背を見せず、ゆっくりと後退する湯川と凛。だが、その沈黙を良しとしなかったのか、猪が再び威嚇をする。


「ブルルル!!」


 日常生活では味わうことの無い野生動物の圧。その重さに堪えかねた湯川は尻餅をつくと、つい大声で叫んでしまった。


「ひ、ひいぃぃ~~!!」

「!!駄目だ、湯川君!」


 ギロリと猪の両目が湯川を捉える。そして、彼めがけて迷いなく突進を開始した。


「すまない!……湯川くん」

「先輩!?」


 凛は腰を抜かした後輩に覆い被さると、そう呟いた。


「先輩!一人でも逃げてください!」

「私の我が儘に君を付き合わせてしまった。せめて君の生存率を上げるくらいはさせてくれ」


 その間にも、猪の巨体は高速で二人に迫ってくる。


「フフ。まあ、もしも二人共死んでしまったら、あの世で閻魔大王の生態でも研究しようか?」

「せ、先輩!」


 次の瞬間。彼女達の体は猪によって吹き飛ばされた。そして、謎の光に包まれたかと思うと二人の体は忽然と消え去ってしまった。


「…………うーん。痛たた」


 湯川が目を覚ますと、そこは見知らぬ草原だった。


「えっ?どこ?先輩は?」


 混乱しながらも辺りをキョロキョロと見回す。すると、自分が横たわっていた場所から少し離れた位置。そこに先輩である、日下部凛を確認することができた。


「アッハッハッハ!すごい!これはすごいよ!」


 彼女は白衣を翻しながら、草原の真ん中で踊り狂っていた。


「……なにやってんスか?先輩」

「おお!目を覚ましたかい?湯川くん」

「ええ、まあ。それよりここは一体?僕達どうなったんスか?」

「どこって、決まってるじゃないか。ここは異世界だよ。……多分ね」

「はぁ!?」


 理解の追い付かない湯川はすっとんきょうな声をあげる。丁度その時、そんな彼を嘲笑うかの様に巨大な怪鳥が、二人の頭上を通り過ぎていったのだった。

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異世界の探求者 矢魂 @YAKON

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