研究の基本はフィールドワークから
湯川秀は後悔していた。大学の先輩である、日下部凛のレポート作成を手伝ったことを、だ。
(何で僕がこんなことを……)
元々湯川と凛は、同じ高校の先輩後輩だった。科学部に所属していた二人は、別段中が良かったワケではなかったが、全く話さないというほどでもなかった。そんな湯川が何故、凛の助手をするに至ったのか?それは、彼の大学デビューに起因する。
湯川秀。彼は地味だった高校時代のイメージを払拭しようと、所謂大学デビューを試みた。しかし、結果は惨敗。国破れて山河あり。だが、夢が破れては何も残らなかった。
そんな彼が頼ったのが、同じ学校に進学していたかつての先輩・日下部凛だった。
遠くの親戚より近くの他人。だが、近くの他人よりかは近くの知り合い。そして、湯川にとっては幸いなことに、凛は変人として学年内でもかなり浮いていた。そんな四六時中一人でいる彼女に接触することは、ぼっちの湯川であっても容易なことであった。そうして接触を繰り返すうちに、湯川と凛は自然と行動を共にするようになっていったのだ。
そんなある日、彼は先輩である凛から
『ちょっと手伝って欲しい』
と頼まれた。湯川にとって凛は、大学生活における唯一の友人だ。そんな彼女から頼まれれば、内容も聞かずに二つ返事で了承することは自明の理である。それが間違いだった。
「ああ……。何してんだろ?僕」
今現在。湯川は、人里離れた山の奥で『異世界への入り口』を探していた。
「おぉい!何かあったかぁい!湯川くぅん!」
湯川が現状を嘆き、山の上から地上を見下ろしていると、少し離れたところから凛が笑顔で駆け寄って来た。あまり手入れの行き届いていない黒髪を一つに束ね、軽快に木々の合間を縫ってこちらに向かってくる様は、どこかスポーツマンのような爽やかさすら感じられる。
「はぁ、はぁ。……ふぅ。で、何か見つかったかい?」
「いや、別に。そもそもどうして山の中を?参考資料があるとか言ってましたけど」
「ああ。この資料によると……」
そういって凛が取り出したのは一冊の漫画本だった。
「……あの、もしかして参考資料ってその漫画のことですか?」
「そうだよ?いやあ、普段はこの手の本は読まないんだがね。以前帰省した時に弟が読んでいたのを拝借したんだ。中々興味深い内容だよ、これは」
さも当然だといわんばかりに答えると、凛はその漫画をパラパラと捲る。そして、自身の見解を聞いてもいないのに語り始めた。
「ザッと調べた中だと、大型トラックと衝突するのが一番メジャーな方法らしい。しかし、これには問題があってね。我々がわざとトラックにぶつかった場合、運転手の方に多大な迷惑がかかる」
「そっちスか?……いや、その前に僕も轢かれる前提で考えるのやめてもらえません?」
「研究に犠牲はつきもの。とはいえ、研究者自身がその言葉を使うべきではないと私は考えるんだ。研究者である前に、人として最低限のモラルは必要だろう?」
「先輩にモラルってあったんスね」
再三口を挟む湯川を無視し、凛は人差し指を突きつける。
「だから私は別のアプローチから異世界を探すことにした!」
「はあ」
「先ほどネットで調べたのだが……。最近では異世界への出入口が我々の世界にあり、そこから二つの世界を行き来する作品も増えているらしい。つまり、普段人の目につかないこういう場所に、その出入口があるかも知れないと私は考えたのだ」
「……で、その雑な推論一本だけでこんな山奥にまで来たと」
ジトっと凛を見つめる湯川。だが、彼女は悪びれる様子もなく、肩をすくめる。
「可能性を潰すことも研究の一環さ。それがどんなに些細なことでもね」
「ああ言えばこう言うな、この人」
彼女のマイペースぶりに、湯川は首を振る。
(でも一人で休日を浪費するより、よっぽど有意義な時間を使えているのかもしれないな)
そんな奴隷根性丸出しな思考に行き着いた自分を嘲笑するように、彼は深く長い溜め息を吐くのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます