曾祖父さんの家の猫

那埜

曾祖父さんの家の猫


 

 あいつが、母方の婆さんの父親……つまり俺にとっての曾祖父さんの家にいたのはいつからか、詳しくは知らない。

 ふらっと曾祖父さんの家にやってきてそのまま居着くようになった……なんて聞いたことはないこともないけど、それも十年ぐらい前に聞いた話。

 正直なところ、最初は気にしてはいなかった。

 別に猫が好きなわけでもないし、何よりお盆休みとか正月休みに寄って「あ、いるな」ぐらいにしか思わなかった。

 だってそうだろ?

 曾祖父さんとは年に片手で数えられるぐらいしか合わないから一緒に暮らしてるわけじゃない。血の繋がりがあるとか言われても、こちらからしてみれば血の繋がりのある他人って感じ。

 まぁ、赤の他人から見れば冷めた人間とか酷い人間としか思われないかもしれないけどな。


 と、関係の無い話はここまでにして。

 あいつとは《アン》っていう猫の話。

 猫の柄とかにも興味なくて正直この話をする前に検索してみたんだけどさ。

 多分茶白かミケのどっちかって思うんだよな。

 なんで断言できないかっていうと茶白っていうほど茶トラが目立ってるわけじゃない。茶色もかなり薄かった記憶がある。

 かといってミケ猫かと言われると、微妙なところなんだよな。

 だってミケ猫って写真で見ると白と茶と黒が入り混じってるだろ? 

 でも《アン》っていう猫には黒柄がそんなになかった気がするんだ。

 せいぜい尻尾に少し黒色が入り混じってるぐらいで、それがミケ猫かと言われると専門じゃないから分からない。

 ま、柄の話はここまでにしとこうか。


 兎に角、子どもの頃の《アン》と俺の相性っていうのは最悪なものだった。

 俺は正直子どもの頃は生き物全般が嫌いだった。

 なんだか自分の知らないものが勝手に動いてきて、こっちに向かってくる。

 そういうのが嫌だった。

 動物嫌いに拍車をかけたのは多分、知り合いの家にくそでかい犬がいて、ある日そいつに追いかけ回されたんだ。

 今じゃ(多分昔も考えられないけど)くそでかい犬には首輪が外されていて、敷地内を自由に動ける状態。

 そんで俺が敷地内に入ってきたもんだから「知らないやつが来た!!」って思ったんだろうな。

 俺に向かって吠えてから、一瞬で走ってきた。

 俺は驚いて、なんとか遅い足で逃げた。

 いつの間にか敷地内から道路に飛び出して……大体10分ぐらい……。

 あの犬がいないと思って、とぼとぼ戻ったら……あの犬何食わぬ顔で飼い主と戯れあってやがった……。今思うと犬としては「怪しいやつを追い返したぞ!」とかほくそ笑んでやがったんだろうな……。

 と、俺の動物嫌いが分かったところで話を戻す。

 気付いたんだが、俺が《アン》を言わば他人のように感じるように、《アン》も俺のことを他人、侵入者、異物とか、そんな感じに思ってたのかもな。

 なにせ《アン》は俺に兎に角、攻撃してきた。

 ただ部屋で寝そべってるだけの俺の背中に乗ってきたり、《アン》から離れようとして動いても、あちらから何故か近づいて引っ掻いてきたり。

 そして何故か《アン》が座卓の上にいて、俺が近づいた瞬間に突然飛びかかってきたり……。

 さすがに飛びかかってきた時は俺もギャンギャン泣いて、ちょっとした騒ぎになったっけ。

 あげればキリがない。

 ……おい、俺が《アン》に何かしたから、自業自得のようになってるんだろとか思ってる?

 それは大きな間違いだ。

 ……というのも《アン》が俺を攻撃してきたのには一応理由があるんだよ。

 納得してもらえるかは別として。


 これも10年前に聞いた話なんだが。

 先にふらっと曾祖父さんの家にやってきた、と説明したと思う。

 で、俺が年に数回家族に連れられて曾祖父さんの家に来るように、他の親族も曾祖父さんの家を訪れる。

 その中に我儘な子どもがいたらしいんだ。

 お袋の話によると、そいつは《アン》を見つけたら「おもちゃを見つけた」と言わんばかりに《アン》をいじめていたらしい。

 《アン》のことを追いかけ回したり、《アン》のことを何故か叩いてみたり……兎に角、《アン》の嫌がることをなんでも。

 それで《アン》はすっかり《子ども》の事が大嫌いになってしまったらしい。

 だから俺だけじゃなくて他の親族の子どもに対しても俺と同じように防衛本能みたいなものが働いて、攻撃してくるみたいなんだ。

 その話を聞いて、いくら動物嫌いな俺でも「よくそんな酷いことができるな」って思ったよ。

 《アン》にしてみなくても自分のされて嫌な事をされたら、嫌なのは当然だからな。


 ……それで俺が《アン》に一方的に攻撃され続け、どれくらいたったのかな。多分俺が中学に入学するか卒業するか、それぐらい続いたと思う。(俺もいい大人だからな。さすがに昔のことは曖昧になっちまう)

 だけど《アン》の攻撃は年を重ねる毎に、落ち着いていくんだ。

 実際、中学の頃は攻撃された記憶が全くないんだ。

 でもそれだけじゃないって俺は少し感じている。


 俺が小学2年の秋頃。

 曾祖母さんが亡くなったんだ。

 俺は学校から帰ってきて驚いたね。

 だってお盆の時に顔を見たけど、多少静かではあったけど、いつも通りの曾祖母さんだったんだぜ?

 そんな曾祖母さんが突然亡くなったんだ。

 だから学校を休んで、お袋と一緒に曾祖父さんの家に行ったんだ。

 俺はそこでも驚いたよ。

 曾祖母さんの葬式の為に、人で溢れかえっていたんだ。

 曾祖父さんの表情は、覚えてない。

 俺自身も子どもだからいろんな人に話かけられて、記憶がこんがらがっちゃってるんだ。

 覚えてるのは、曾祖母さんの死体が怖かったこと。

 ……あとは《アン》の姿がどこにもなかったこと。

 なんとなくお袋に聞いたんだ。

「《アンは?》」ってね。

 お袋は、

「散歩でもしてるんじゃない?よく家の外にでてるから」って言ってきた。

 《アン》はふらっとやってきた、とは言ったが、ふらっといなくなることも多かった。実際よくいなくなるんだけど曾祖父さんは特に気にはしてなかった。いつものこと、とか捉えてたんだ。

 俺としては、「あんなに曾祖母さんに甘えてたのに、こんな時にいないんだ」ってふと思ったんだ。

 だけど、今考えるといなくて正解だった気がする。

 曾祖母さんの死体を見てさ。俺、本当に怖かったんだ。

 数ヶ月前に元気にしてた人が黙り込んで棺の中に入れられて、みんなに見られてる。そしてずっと動くことはないんだ。

 子どもながらさ、それが不気味だったんだ。

 このご遺体をさ、《アン》が見たらどう思うんだろうな。

 いや……誰がなんと言おうと《アン》は《アン》なりに悲しむと思うんだ。

 人間の枠組みに当てはめてしまってるけど、少なくとも俺は断言できる。

 ……だってさ。あんなに元気に動き回ってた《アン》が、曾祖母さんの死を境にすっかり落ち着いたんだ。

 《アン》の日常には曾祖母さんがいた。でもそれが亡くなった。

 だから《アン》も元気を無くしてたんだと思う。

 曾祖母さんが亡くなった後も曾祖父さんの家には長期休みで家族と出かけた。

 曾祖父さんは元気にはやってたけど、どこか静かだった。

 そして《アン》も曾祖父さんにべったりとくっついていた。

 あれだけ動き回って、俺を追いかけ回した《アン》が。

 まるで「どこにも行かないで」と訴えかけるように曾祖父さんの膝下で蹲っていたんだ。


 とはいえ子ども嫌いには代わりはないらしい。

 俺が小学4年か5年ぐらい。(あの頃曾祖父さんの家のテレビでウルトラマンコスモスの映画をやってたから、それぐらいで間違いないと思う)

 すっかり落ち着いた《アン》を俺はなんとなくじっと見ていたんだ。

 曾祖父さんの膝下のべったりと蹲っていた《アン》は俺の視線に気づいたのだろう。

 膝下から座卓に飛び移り、トボトボと俺の前に来て数秒。

 ……《アン》が俺のおでこに向かって、前足の肉球で俺を殴るようにぶつけてきたんだ。

 それはちょうどテレビでバルタン星人がウルトラマンを攻撃しているシーンが映っていた時だったんだ。

 ……多分落ち着こうが、根本的な子ども嫌いは治らないんだなって思ったよ。

 今考えれば、事情も事情だし、仕方ないけど。


 まぁ、そんなこんなで。

 俺が中学3年の頃だったかな。

 曾祖父さんの娘で、俺の婆さんの義理の姉(ここを説明するとややこしいので割愛)が大阪に住んでるんだけど、その姉が曾祖父さんを大阪に住まわしたいって言ってきたんだ。

 なにせ曾祖父さんも90歳過ぎて独り身の田舎暮らし、もしものことがあったら田舎ではすぐに対応できないから、都市部に引越しさせて余生を過ごさせたいってことだった。

 これに関しては正論だし、反対意見も何も出なかった。

 というより曾祖父さんの世話をその姉がちゃんとやるんだから、褒められはすれど、反対する人なんて誰もいないよな。

 だけどここで問題は出てくる。

 それは《アン》の存在だ。

 《アン》は大阪に連れてはいけなかったらしいんだ。

 というのもその姉自身が《アン》を嫌いだったらしくてさ。だから理由をつけて《アン》と曾祖父さんを引き剥がそうとしたんだよ。

 ちなみに曾祖父さんは反対しなかったらしい。姉に言いくるめられたのか、その考えもなかったのか、俺には分からない。

 で、《アン》をどうするかってなった時、引き取り場所がいる。

 どこがいいかとなってたどり着いた結論は……母方の爺さんの家に預けることだった。

 ここで俺の爺さんの話をすると、爺さんもまた独り身だ。俺の婆さんの結婚してたんだけど、数十年前に離婚。で、田舎の市場の社長だったんだけど、引退して余生を過ごしてるって感じ。

 だからそこそこ広めの土地を持っていて金銭面的にも《アン》を世話する余裕がある。

 それに俺の爺さんも、曾祖父さんの家にいって《アン》に懐かれてたっていう実績(?)がある。

 そんなところで爺さんに白羽の矢が当たって、《アン》は爺さんの家に行くことになった。



 でもその時のことっていうのは俺にとっては軽くトラウマなんだ。

 《アン》をさ、ペット用の籠に入れて、婆さんの車で連れていくんだ。

 その距離はだいたい一時間ぐらい。

 《アン》はすごく嫌がってたな……。

 だって普段のびのび過ごしてる《アン》を狭い空間に閉じ込めないといけないんだぜ?俺だって《アン》のことを考えるとストレスを感じるよ。

 でさ、車の中でずっと《アン》は鳴いてるんだ。

 いつもの、にゃー、なんて甘えた声じゃない。

 まるで必死に助けるを求めるように、高い声で一時間ずーっと鳴いてるんだよ。

 俺は車の中でそれが嫌になって耳を塞ぎたかった。

 婆さんだって同様だよ。

 《アン》にずっと「ごめんね」って言いながら、運転してたんだ。

 でも人間の声なんて《アン》に分かるわけないよな。

 ずっと「助けて、助けて」みたいに鳴き続けるんだ。

 でもごめんな、《アン》。

 もう曾祖父さんの家にはいられないんだよ。

 曾祖父さんは大阪に行くし、曾祖父さんの家も別の親族が住むことになってる。

 人間の事情で《アン》は離れないといけない。

 でも俺に何ができるかって言われると、中学の俺には何もできない。……いや、大人になっても何もできないだろうな。


 一時間かけて着いた爺さんの家で、籠から出された《アン》は意気消沈といった様子になっていた。

 それに爺さんには会ってるとはいえ、そこは見知らぬ土地だ。

 だから爺さんの家のすみでしょんぼりとしているように俺には見えてたよ。


 でもそれも時間が解決してくれるのかな。

 爺さんの家にもすっかり慣れたらしく、《アン》は自由気ままに動くようになっていた。

 爺さんの家を彷徨き回ったり、外に出てみたり、と本当に自由気まま。

 ただ驚いたのが爺さんと《アン》の関係。

 懐いてたって話を聞いてたのに、その時の《アン》は爺さんに特に懐いているようには見えなかった。爺さんも世話をするけど、ただそれだけ。爺さんの膝下に来るわけでもないし、自分から近づくわけでもない。

 爺さんは特に気にすることもなかったんだけど、俺はそれが不思議に見えた。

 まぁ、爺さんが《アン》と会ったのは大分前、俺が生まれる前の話だから……懐かれる関係も薄れてきたのかも分からない。……最も他に理由があったのだけど。

 その代わり……と言ったら何だけど、俺には懐くようになっていた。

 中学に入り、俺の身長も多少は伸びる。となると《アン》からは大人としての認識を受けたのか、俺には兎に角寄ってきた。

 ……今考えると年に数回とは言え、《アン》とは接してきてるわけだし、関係性もある。(ただ攻撃されるだけの関係が関係と言えるかは微妙だけど)

 だから俺が来ると妙に安心感が出てきて、近づいてくれたのかもしれない。

 ただの推測しかないけど。


 そうして《アン》が爺さんの家に引き取られ、俺も高校に入学した。

 ある時、婆さんが「曾祖父さんが生きてるうちに会ってきな」と言い、俺はお袋と大阪に行くことになった。

 ちょっとした旅行だし、初めての大阪ということも会って、俺は少しはしゃぎ気味だったな。

 で、二泊三日の大阪旅行の初日に早速、俺は曾祖父さんと会ってきたんだけど……驚いたね。

 元々口数の少ない寡黙な人ではあったけど、曾祖父さんはすっかり「老人」になっていた。

 別に認知症があるわけじゃないけど、でも喋りが遅いんだよ。

 俺が何かいっても、1テンポか2テンポ、遅れてやってくる感じ。

 婆さんの姉曰く「いつも通り」らしいんだけど、俺は曾祖父さんのことが少し心配になったんだよ。「もしかしたら……曾祖母さんみたいに」ってね。


 でも変わったのは曾祖父さんだけじゃない。

 《アン》も同じだったんだ。

 実は《アン》は認知症みたいなものに片足を突っ込んでいたらしい。

 まぁ、俺が保育園に通ってた頃から生きてる猫だから、「老人」になってもおかしくはないんだよな。

 でも《アン》はあてもなく街の外を徘徊する頻度が高くなってきたらしい。爺さんに懐いていなかったように見えるのも、それらしかった。

 というのも実は俺がいない日は爺さんに懐いている日もあったらしい、だが次の日にはそれを忘れて、爺さんをまるで他人のように接していく。それが続くこともあれば、急に爺さんのことを思い出す。

 俺にも同様だった。

 俺が《アン》に近づいても、知らんぷりされることも多くなった。

 短い間ながら懐いていたのに、すっかり関係性も忘れてしまい、俺を他人としてみるようになる。

 でも俺は何とか《アン》に懐いてほしくて、餌をあげたり、撫でてみたりしたんだけど、変わることはなかったかな。

 ……なんだかこう書くと俺って「女に必死になってる男」みたいで気持ち悪いな。

 まぁ《アン》はメスだったし、それも間違いじゃないんだけど。

 でもこの頃になると動物嫌いもある程度は無くなってたし、爺さんの家にいる時は《アン》のお世話をしてたかな。

 あくまでいる時は、だけど。

 なにせ《アン》には徘徊癖がある。

 以前にも増して、出ていく頻度は増えていくし、何より爺さんの家に帰ってこない日も出てくる。

 《アン》は本当に大丈夫だろうか?

 そう思いながら、高校生活もついに終わりを迎えようとした矢先だった。


 あれは今でもはっきりと覚えてる。

 俺が通ってた商業高校は冬休み初日に簿記検定を実施している。

 俺は簿記のことなんか嫌いだし、何より貴重な休みを無駄にしてる感じで兎に角嫌だったんだ。

 それで準備して検定をする高校へ向かおうとした時だった。

 「曾祖父さんが死んだから、急いで大阪にいくよ」って言ってきたんだ。

 衝撃だったね。

 曾祖父さんの様子が変わったっていうのは伝えた通りなんだけど、でもあまりにも急だったね。でも人の死ってさ、やっぱり推測はできないものんだよ。

 別れっていうのは急に来るんだって、この時やっと感じたよ。

 流石に簿記検定は受けさせないといけないってお袋が婆さんを説得して、俺は簿記検定を受けたけど、正直余裕はなかったな。

 嫌いだからそんなに理解してなかった、というのもある。

 だけど曾祖父さんが亡くなったっていう事実が衝撃でさ。年に数回しか会わなくて、大阪に行ったら尚更会わなくなっちゃったから、関係性は剥離しているところもあるけど、でも何度も見ていた人がいなくなるってことはさ、頭の中がすっぽり抜け落ちることと同じことなんだよな。

 だからという言い訳だけど、無事に簿記検定は落ちたよ。

 

 それでその日のうちに急いで大阪にみんなで行ってさ。

 葬儀場に行って、いの一番に棺桶に入った曾祖父さんの死体を見たんだ。

 死体ってやっぱり不気味だよな。

 だって眠っているように見えるけど、顔が笑顔に見えるんだよ。

 今にも動くんじゃないかって不気味な感覚。

 婆さんの頃は「いきなり動き出して、腕を掴んでくるんじゃないか」なんてホラー映画みたいなことを考えちゃったけど、この時はさ、「なんで死んだんだよ」と思っちゃったんだ。

 必死に生きてたのに、最期はこんな棺桶に入れられてさ。で、さ。自分も老人になったら、こうなっちゃうんだろ?その時はなんだか嫌になったね。


 でも現実っていうのはちゃんと来るんだよな。


 葬式が始まってさ。お坊さんがお経を唱えてさ、線香あげてさ、そして火葬場に移動。曾祖父さんの遺体は焼かれて最期は骨になってさ。

 何だか人間の扱いじゃなくて、物、みたいな扱いだなって思ったな。

 

 それで葬式も無事(?)終わってさ。

 冬休みだからっていうんで、いつものごとく俺は爺さんの家に泊まりに行った。……もちろんお正月なんでお年玉を貰えるっていう期待の意味も込めて。

 《アン》は徘徊もせず、爺さんの家で静かに過ごしていた。

 その頃は《アン》も「老人」になったからか、すっかり動かなくなっていた。それはさながら曾祖父さんを見てるようだったよ。

 曾祖父さんも晩年はさ、すっかり年老いていたけど、《アン》もそうだったよ。

 だから妙に重なっちゃうんだよな。曾祖父さんの姿と。

 

 だけどそれ以上に思ったのはさ。

 《アン》は曾祖父さんのことをどう思ってたんだろうなって。

 曾祖母さんの時はなんだか元気を無くしていたように見えた。

 曾祖父さんが亡くなったと知ったら、《アン》はどう思うんだろうなって。

 でも同時に……《アン》と曾祖父さんが別れてから、数年経つ。

 《アン》にとっては曾祖父さんはいない物なんじゃないかって。

 それに《アン》の認知症も結構ひどいものになってた。

 もう元の飼い主のことなんて思い出せないんじゃないかって、思っちゃったよ。

 まぁ、猫である(アン)の気持ちは人間じゃ誰も分からないよな。

 でも知りたくはあるんだよ。

 だから言っちゃったんだ。


「《アン》……曾祖父さん、死んじゃったよ」ってね。

 

 本当にバカだったと思う。

 隠しておけばいいのに。猫だから人の言葉なんて分からないなんて失礼な考えで言っちゃったんだ。


 でもその時の《アン》は……「にゃあ」とただ一言、鳴いただけだった。

 あの言葉の意味は……何だったのだろうか。


 ……俺が大学に入学する直前だった。


 《アン》は亡くなった。


 爺さんの家から急にまたいなくなってから、《アン》は夜になった小さな街を徘徊していたらしい。

 そしたら自動車が向こうからやってきて、《アン》は自分から飛び込んで行ったんだ。

 ここまでの話だと、《アン》は認知症の影響で誤って自動車の前に出たって見方も見えるし、老体で目が悪くなり車のライトに導かれる形になって飛び出た見方もある。


 だけど俺からすればね。

 もしかしたら俺の言葉の意味がわかって、後追いで死んだんじゃないかって思っちゃうんだ。

 考えすぎだって?


 だけど考えても、それしかないんだ。

 俺が余計な一言を言わなければって。

 今でもふと考えちゃうんだよ。


 《アン》の死体は見ていない。

 人と違って《アン》はただ火葬場で荼毘に伏したとしか聞いてない。

 即死だったとはいえ、その死体は凄惨な物だったと爺さんからは聞いてるよ……。


 いまだに考えるよ。

 言わなければ、《アン》は曾祖父さんや曾祖母さんと同じように綺麗なまま死ねたんじゃないかって。

 不気味で怖いあの死体の姿っていうのは、ある意味理想の死なんじゃないかって。

 だってそうだろ?

 《アン》の最期が車に轢かれて、目も当てられない状態って聞かされてさ。


 ……多分だけどさ。

 俺、綺麗な死に方はできないよ。

 《アン》を死に追いやったのは、俺みたいなもんだからね。

 

 ……ごめんよ。

 こんなくそみたいな話を聞かせちゃってさ。

 あんたも綺麗な死体になりたいんだったら、動物に適当なこと言わないほうがいいよ。


 あぁ、そうだ。

 これは余談なんだけど。

 《アン》をいじめてたわが子どもの話、覚えてるかい?

 ここだけの話な……あいつ、今引きこもりになっちまったんだよ。

 理由は詳しく聞いてはないけど……どうも高校に入って辛辣なイジメを受けたみたいでね……。あまりいい話ではないけども。

 ……これを《アン》の呪い、と見るかはあなた次第、ってね。

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