第5話 己の要求を満たすため、人は人を導く

 7月の第1週。火山県ひやまけん雲原県くまばらけんを隔てる深雪峠は、今日も強い雨脚に見舞われていた。美しい渓流は濁流となって谷底を駆けていることだろう。


「もし川が氾濫したら答えずの大森林ダンジョンってどうなるんだろう」

 浜家恵太はふいに思いついたことを言葉に漏らした。


「あ~…………どうなんでしょうね」

 タマムシのティモシーは焚き火にあたりながらのんきな返事をする。それもそのはず、ふたりのいる廃村は川よりも遥か高い位置にあるのだ。恵太の住まう廃村が浸水するときは、梅雨森市街地が湖の底に沈んでいる。

 恵太は仰向けに寝転がって新聞の紙面をめくった。


「やっぱり警察の機能は麻痺してるのかな」

 家出して45日、今のところ警察が恵太を探しているような素振りはない。


「今日も新聞に捜索願いは無しですか」

 ティモシーが肩口かたぐちに飛んできて、新聞を覗いた。


「道の駅に張り紙もなかったし、しばらくは大丈夫かな」

 1週間に1度の買い物は、毎回 恵太に激しい動悸を起こさせていた。


「複雑ですか?」


「う~ん、よくわかんないな。実家には帰りたくないし」

 できれば誰かに売りこみをかけて上京したい。東京で探索者をやれば結構な給料を稼げることは、新聞から読み取れていた。


「なるほど…………そのために土器どき作りを?」


「うん。『こもりの土』の扱いに関係してるかもしれないから」

 恵太が茶色の要力シグナルに夢中になったのはかれこれ1~2週間まえのことである。


「こもりの土は〈実在〉を司るんでしょう?」


「たしかにそう言いましたが、モノ作りができる保障は出来ませんからね」


「わかってるって、ティモシーもあんまり詳しいことわかんないから、試してるの」

 もしも魔法が使えるようになるアイテムを自作できたなら、カモフラージュには持って来いだ。上京してもモンスター退治に魔法が使える。


「それにしても上手く出来てるよね。魔法使いの力に目覚めても、今まで関わりが薄かった要力シグナルはちゃんと使えないんだから」

 恵太が今の使えるのは『おこりの焔』と『すがりの病』が少しだけ、他の属性はほぼ使えなかった。


わたくしのかつての友人たちは、その過程が心を鍛えるのだと言っておりました」


「…………そうなんだ」


「ええ、残念ながらみな『要求の怪物』となってしましたが…………」


「…………そっか」


「本当に長い旅でした。そのおかげで今があるわけですから、みなさんには感謝してもしきれません」

 ティモシーがニコっと笑って新鮮な青葉をかじる。恵太は話題を変えることにした。


「そういえば会ったときは『信号機』だったのに、なんで今はタマムシなの?」

 恵太は家出した晩のことをたずねた。


「ムシャムシャっ。おそらくですがわたくしの誰かを導きたいという願いが『信号機』という形にあらわれていたのでしょう」


「へえ 導きたい系の要求は『たよりの風』に属してるんだ」


「いえ、そういったたぐいの要求は大抵 『よがりの光』に属しているはずです」

 ティモシーは青葉を食べおわると、寝転がる恵太の腹のうえによじ登った。


「たよりの風が司るのは〈独立〉です。わたくしは『解放』という願望を成就させるため、自らの『導き』を必要としている『契約者』を探していたのでしょう。つまり『導き』は本来要求ではなかったのです」


「だから僕はティモシーの契約を成就させられたのか…………」


「ええ そして緑風と赤焔は交わり、この輝かしいボディへモデルチェンジしたわけです」

 ティモシーが光沢こうたくのある緑色の甲殻を見せつける。その背中にはふた筋の赤い線が伸びていた。


「…………ふたりのオーラが合わさったってことなんだ」

 信号機にも赤と緑は入ってるけど、ティモシーの願望はもう『解放』ではないということか。


 恵太が活発で平和な日常を送っている頃。隣の火山県ひやけん火山市ひやましに滞在中の有地千早は、別荘でやきもきしながら毎日を過ごしていた。


「ライカ、見つかったダンジョンの調査は進んでいる?」


「お嬢様、どうか授業にご集中ください」


「無理よ、もし警察や自衛隊に先を越されたら————」


「どうかご辛抱を…………、今週中には何かしらの成果を出すよう焚きつけておきます」


「ごめんなさい。無理を言って…………」

 肩を落とす千早の手を、ライカはひざまずいて優しく握った。


 それからあっというまに週は明けた。ダンジョン捜索に進展はない。元警察官であるライカは致し方ない結果だと思っていた。なぜなら『モンスター討伐』には『銃火器』が必需品であるからだ。いくら警察高官を排出しつづけている名門 有地家であってもそんなものを保有しているはずがない。虚弱体質に悩む千早に残酷な真実は打ち明けられないまま時間は過ぎた。


「動画サイトに気になる人物ですか…………?」


「ええ、確認をお願いします」

 3日後の昼下がり。有地本家のベテラン執事は詳しいことは自分の目で確かめてくれと言って、電話を切った。メールに添付された動画には英語のタイトルがつけられていた。


「お嬢様、お時間よろしいでしょうか」

 ノックしてすぐ、勢いよく扉が開く。


「入って」


「失礼いたします」

 あわてる千早にあわせて、ライカも手早く扉を閉じて本題に入った。


「こちらの動画をご覧になってみてください」


「World's First Wizard Discoverd In Japan.

(世界で初めての魔法使い日本で発見される)」

 ついさっき、有地本家から送られてきた動画だ。わずか数十秒の動画が投稿されたのは2日まえのこと、すでに再生回数は十数億回を上回っていた。


「これって、あの売店で会った…………」

 ドライブレコーダーに映されていたのは、深雪峠と思わしき峠道だった。道路を徘徊するモンスターに立ち往生を余儀なくされる運転手だったが、突如 飛来した『火の玉』によってモンスターは霧散される。動画は車が走りだすところで切れていた。

 千早が指をさしたのは動画終了直前、火の玉が飛んできた方向の茂みにある人影だ。


「おそらくお嬢様の思われている通りのことかと、こちらは執事のかたから追加で送られてきた調査報告書です」

 ライカの手渡した書類には、浜家恵太の来歴が事細かに記されていた。


「梅雨森市立 下林中学校で暴力事件を起こしたその日のうちに家出。警察に捜索願いは————」


「おそらく手が回っていないものと見られます」


「喧嘩の発端は同級生からの執拗なちょっかい…………ですか」

 千早の期待に満ちた瞳にじっと見つめられて、ライカはゆっくりとうなずいた。


「ひとつだけ保険をかけさせてください」


「会わせてくれるのね」


「はい…………本田誠治ほんだせいじを護衛代わりにと考えております」


「まあっ————惚れた弱みを利用するなんて、ライカも人が悪いわね」

 久しぶりに見たほほ笑みに安堵あんどしながら、ライカは誠治を呼びよせる口実を脳裏に列挙するのだった。

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要求使いのREクエスト 明知 宗助 @S_Akechi

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