第4話 どうやったら心の病みを好けるのだろうか

「『答えずの道場』とはまた珍しい」

 外観とは不釣り合いに広々とした美しい道場を見て、ティモシーはつぶやいた。遠征で訪れた廃寺の本堂には、答えずの大森林ダンジョンとはまた異なる内部構造を持つ答えずの道場ダンジョンが出来上がっていた。

 体育館半面ほどの広さの板の間に、中央には畳で試合場が作られている。恵太のはなわざ『風見鶏』は畳に鎮座するモンスターの名を告げていた。


> ホコリナイト


 戦国武将にしては地味なれど、使いこまれた風格のある甲冑かっちゅうをまとった侍は座したまま閉目へいもくをつづけている。


「本当にやるんですね」

 装備品を確認して立ちあがると、肩口かたぐちにとまったティモシーが息をのんだ。


「うん。そうじゃなきゃここに来た意味ないし」

 畳に一歩踏みだすと、甲冑かっちゅうの覗き穴に黄金の輝きが宿る。ホコリナイトが刀を構えたところで、装備『寄生根きせいこん足枷あしかせ』が恵太に状態異常を付与した。


> こもり状態:一定時間、防御行動を取ってしまう。


> 人の見えざるごう『自動反撃〈怒〉』が行動阻害の要求を形骸化した。


 足首に食いこむ根が水の鉄球を作りだすも、恵太の身体から噴きでる炎がそれを無害化する。

 ホコリナイトが刀を振りかぶろうとした瞬間、恵太はうしろに飛んで板の間に出た。するとホコリナイトは刀を納め、もと居た場所に再び鎮座する。

 恵太は板の間の上で、ただひたすらに破壊衝動を抑えこむ。


「そのごうを早く使いこなしたい気持ちはわかりますが、荒療治が過ぎるのではありませんか?」


「だって使いこなせるようにならないと、街に出れないじゃん」

 家から持ち出したお金だって無限じゃない。


「もっとゆっくりと鍛えてもまにあうと思いますが…………」


「自分が怖いって思うモンスター相手じゃないと『破壊衝動』を抑えこめないんだよ」

 そういう意味で刀をもったホコリナイトは適任である。


 結局その日、恵太はこの道場で朝を迎えた。

 ボロボロで泥だらけのリュックサックからカレンダーを取りだして、昨日の日付にチェックをつける。ボールペンも含め、1週間まえ道の駅の売店で買ったものだ。

 食べかけのスナック菓子の袋を開けてひとつまみ。本拠点に置いてあるカップラーメンやレトルト食品が恋しい。


「ティモシー、またちょっと痩せたかな」


「恵太さん。サバイバル生活中に痩せることは死に向かっているようなものなんですよ」

 嬉しそうにシャツをまくり上げる恵太に、ティモシーは肩を落とした。不健康な食生活をつづける恵太だが、運動量が多いせいで最近はせ調子なのだ。

 木組みの格子こうしから漏れこむ陽射しを浴びながらゆったりしたのち、恵太は特訓を再開した。今日の目標は『自動反撃〈怒〉』をコントロールすることである。





 それから1週間後。激しい雨音のとどろく道場で、恵太は飛び跳ねるように喜んでいた。念願のコントロールがものになったのである。

 畳に倒れたホコリナイトは『経験値の霧』となって、ゆっくりと肌に馴染んでゆく。恵太はステータスを開いて、進化したごうの説明文を読みこんだ。


▼ステータス▼

『人の見えざるごう』 

 【自動反撃〈少吐操怒ショートソード〉】new !

いまだ未熟なれど備付けの緊急防衛機能が〈要求の力〉によって打ち直された一振り。生来持つ能力はそのままに、抽象的な理性は陽炎の小太刀を作りだす。

 【寛仁袋かんにんぶくろ〈低〉】new !

心の防衛機能〈怒〉を鍛える過程でさやたる臓器は柔軟性と開放性を備え始めた。適度なストレス発散により堪忍袋かんにんぶくろを異空間収納として利用することができる。

▲ステータス▲


 自分の脇腹をまさぐると、ファスナーが手にふれた。


「すごいっお菓子が袋ごと入るっ」

 ※注意:絶対に真似しないでください。


「まさかこのような『ごう』があるとは…………どちらも初めて耳にするものばかりです」

 リュックサックに入っていた荷物があらかた収納できたということは容量は大体30Lリットルと言ったところか。ファスナーを閉めてもお腹が張ったりはしてない。初遠征には大満足の成果だった。


「よしっ、本拠点に戻ろう」

 答えずの道場を出ると、太陽輝く山頂の絶景が目のまえに広がる。横殴りの雨風を浴びながら、恵太は山間やまあいに広がる梅雨森の街を眺めた。

 雨のシャワーで汗を流しながら下山した恵太は、その足で道の駅によってから本拠点の廃村に帰還した。獣たちの足跡には水溜りができている。倒壊した家のベニヤ板をはぐって〈石造りの階段〉を降りると、ジャングルの茂みに点在する要力シグナルが視えた。

 

 赤、茶、青色。


 ムカツクンデに、マッテネッ子。シミンミン。いずれも雨のせいか、音をたてずじっとしているようだった。遠征まえに作ったシェルターもひっそりとジャングルの中にたたずんでいる。

 恵太は人長ひとたけほどある葉っぱで作った暖簾のれんをくぐり、焚き火跡のまえに腰をおろして『寛仁袋かんにんぶくろ』からライターを取りだした。

 水を火にかけながら恵太は買ってきた新聞を眺める。


「しかし新聞とは…………お金、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃないから買ったんじゃん。実家を出るにはお金が必要だから」

 新聞の一面を飾っているのは、モンスター退治に奮闘する自衛隊や警察の姿だ。次の紙面には、急激なダンジョンの増加による深刻な人材不足が大見出しになっている。


「なになに————このままのペースで増加しつづければ、2年後には日本中の家屋がすべてダンジョンになる、ですか」


「アメリカでは既に民間人による『ダンジョン管理』が始まってるんだって」


「探索者免許制度ですか、恵太さんにとっては天職になりそうですね」


「うーん、どうなんだろ…………あ、日本でもその免許制度を導入するかもしれないんだってさ」

 ヤカンの口からあがる湯気が天井に消えてゆく。


「持てる荷物も増えたし、明日からまた遠征に行こうかな。金策に使えそうなレアドロップ品狙いでさ」

 くまなく調べたが、この廃村に他のダンジョンはなかった。


「かまいませんが今回みたいなのは最後にしてくださいよ、何度 肝を冷やしたことか…………」


「僕だって命懸けは嫌だよ」


「まさか丸太で刀の動きを封じるとは…………一歩間違えれば手を切られていましたよ」


「3日目くらいに思いついたんだっけ」


「3日目にはすでに丸太で刀を受け止めていたでしょうに」


「太い生木なまきなら絶対取れると思ったんだよ」

 おかげで小さな切り傷を無数に作った。売店で買いこんでおいた絆創膏のたぐいはほとんど使いきったし、何度も〈場外〉へ避難して窮地をまぬがれた。

 恵太はカップ麺に湯を注いで、小枝を重しがわりにのせると、紙面をもう1枚めくった。


「やっぱりこのスペックアップってやつのおかげかな」


「当然です。スペックアップ願望成就を重ねていなければ、恵太さんにあの太刀筋をかわせるわけがありません」


「たしかに…………」

 小学校や中学校の苦い思い出(主に運動関係)がよみがえる。


「スペックアップって本当にすごいよね。ついこないだまでは動けないデブだったのにさ」


「……………………まあそれはそうなんですが『スペックアップ願望成就』だけが優れているわけではありませんよ」


「そうなの?」

 恵太はカップ麺のフタを開けながらたずねた。塩辛いスープがからんだ麺を口一杯に頬張ると、凄まじい幸福感が駆け抜ける。


「ええ、要求の迷子たちは


「もっと言えば、同じモンスターを倒したからといって同じようにスペックアップするとも限りません」


「…………それって、本人のためにならないスペックアップするってこと?」


「おっしゃる通り、無意識な破滅願望がスペックアップによって強化される場合も珍しくないと聞きます」


「破滅願望がある『要求の迷子』が率先してその人をスペックアップさせるってことか」

 ティモシーが満足そうにうなずき、恵太は再びラーメンをすすった。


「予防方法はないの?」


「食べながらしゃべらない。…………ひとつだけ、あることにはあります」


「どんな方法っ?」

 恵太はラーメンを飲みこんで、身を乗りだした。


「7つの要力シグナルすべてを受けいれることです」


「…………『すがりの病』も?」


「すがりの病も、おこりの焔も、たよりの風も、こもりの土も、だかりの水も、よがりの光も、こりの氷も、すべて、すべて受けいれることです」


「受けれるって抽象的で難しいよ」


「簡単ですよ。好きであり、嫌いであればよいのです」

 ティモシーの言葉には、これまで感じたことのない実感が込められている。ふたりの語りあいは蝉時雨がはじまっても途絶えることはなかった。

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