第2話 自分にメリットが無いとき、僕も人を助けられないのだろう

 雲原県くまばらけん梅雨森市つゆもりしの北。恵太は深雪峠の廃村の道端に座りこんで、竿ざおに糸を結わえていた。いつから忘れられていたのか、廃村の道はコンクリートで舗装されていない。砂利か土か泥だ。家屋は風化が著しいが、材質は見たことがあるようなものが使われている。

 村は切り立った断崖と森林に阻まれており、山の中を蛇行する砂利道が外とをつなぐ唯一の導線だ。しかしその唯一の山道さんどうも、今では倒木に阻まれてしまっている。

 そんな現代社会と隔絶した山奥で、恵太には食事を得る手段があった。


「本当に大丈夫なんですね」


「うん。この辺は中学生までなら無料で獲っても良いって漁協のおじちゃんが言ってた」

 高校生になったら遊漁券を買ってなというのがおじちゃんの決まり文句だった。


わたくしが心配しているのはお金ではなく、命のほうなんですが…………。狩りの失敗は体力を無駄に消耗して死を早めますから」


「ちゃんと降りれそうなとこを探すよ」

 ティモシーは釣り餌の心配をしているようだったが、この時期なら川底の石をめくれば困ることはない。恵太は山道をくだりながら川辺に降りられそうなところを探した。

 川に一歩踏みだすと靴に清流の冷水が染みわたって、足が凍える。恵太は我慢して、石裏の川虫を1匹すくいとった。

 上流にむかって糸を垂らすと、すぐに魚が食いついた。


「来たっ」

 持って帰っても良いサイズの岩魚が水面に浮かびあがる。

恵太は折りたたみナイフで魚をしめて、笹の葉に通してベルトに吊り下げると、再び上流にむかって歩きはじめた。


「たった2匹で足りますか?」

 魚釣りの帰り道、肩口かたぐちにとまるティモシーに不思議そうにたずねられた。


「あんまり取りすぎると魚がいなくなっちゃうんだって、昔その辺で釣りしてたおじちゃんが言ってた」


「ではいずれにしても買い物に出かける必要がありますね」


「うん。でも着替えは1着しかないから…………臭いまんま行くのはなあ」

 もう家出した日に買ったお菓子や食品は底をつきかけているから、のんびりもしていられないが…………。


「でしたら『要求の堆積物』を狙ってはいかがですか」


「なにそれ」


「現代風に言うならば『レアドロップ品』です。モンスター要求の怪物は通常 燃焼されて霧にしかなりませんが、ごく稀に凝集を起こして堆積物をドロップすることがあります」


「それで衣服のドロップを狙うってことか。尺山女魚しゃくヤマメを釣るより難しそう」

 集落に戻るころには太陽はすっかり昇りきっていた。

 倒壊した廃屋のトタンをはぐると、不自然に綺麗な『石造りの階段』が姿をあらわす。ティモシー曰く、モンスターたちは燃焼されて経験となることを望んでいるから『不自然に目を引くものを入口として設ける』らしい。階段をひとつ降りるたび、シミンミンのけたたましい合唱に頭が痛くなった。

 その辺で集めた乾いた木々きぎにライターで火をつけてると、白い煙がジャングルの木の間このまを抜けてゆく。これが『屋内』だなんて未だに信じられない。


「まだおっしゃっているんですか?」

 ティモシーがおかしそうに言った。


「だって屋内なのに煙が溜まらないし、太陽はあるし、部屋の四隅は見えないし」


「モンスターが出てくるんです。今さら屋内にある大森林に驚いてどうするのです」


「それはどうだけど…………」

 恵太は岩魚を竹串に打って塩をふり、火にかける。


「きっと今頃、恵太さんが住んでらした街には『もっと巨大なダンジョン』が出来ていますよ。ムシャムシャ、ムシャムシャ、」


「えっ」

 驚いて振り返るも、ティモシーはさも当然という風に葉っぱを食べていた。


「当たり前でしょう。こんな人のいない山奥にダンジョン答えずの大森林が産まれているのです。街中なんて出来放題に決まっているじゃありませんか」


「そっか。ダンジョンは不完全燃焼で取り残された要求によって出来るんだもんね。もし東京にダンジョンが出来たら凄そうだな」

 岩魚の良い香りにうつつを抜かしながらつぶやく。


「日本の首都ですか。地下100階はゆうに超えるでしょうかねえ」


「…………ダンジョンって階層状になってるの?」


「ところによりけりですね。わたくしはよく3階層ほどの浅いダンジョンで雨をしのいでいました」


「じゃあここにも更に地下があるかもしれないのか…………はぐ。熱っ」

 岩魚の背中にかぶりつくとあらわになった白身から湯気があがる。焼き魚2匹をあっとうまに平らげて、恵太は焚き火に土をかぶせた。まだ夜まで時間があるはずだ。

 火が消えたことを確認した恵太は立ちあがってジャングルの散策をはじめた。


 答えずの大森林ダンジョンとは言っても狭い通路に植物が生い茂っているわけではない。まるで野外のような広々とした空間に太陽が照り、様々な植物が影を作っているのだ。背丈より高い草や、樹上から垂れさがるツタ植物をかき分けていると、なんと『風見鶏』がモンスターを検知した。


> マッテネッ子


「ティモシー。風見鶏にはモンスターを検知する能力もあるの?」


「実のところわたくしも詳しいことは知らないのです。『ごう』と『わざ』については、かつて『要求の迷子会』の仲間たちにたずねたきりでして…………」

 寂しそうなティモシーを見て、恵太は話題を変えた。


「…………『マッテネッ子』ってどんなモンスターかわかる?」


「ああっそれならわかりますとも、根っこの身体を持つネコ型モンスターです。地中深くに————————」

 突如、足が引っ張られて身体が宙吊りになる。足には太い木の根が巻きついていた。


「————ちょうど真下に根ざしていたようですね」

 どうやら風見鶏は知らないうちにモンスターも検知できるようになっていたようだ。いかんせん精度はまだまだだが…………。

 さて一体どうやって倒せば良いのか。せめて夜までには帰りたいものだ。


> 『自動反撃〈怒〉』がおこりの焔を灯した。


 紫色の要力シグナルが爆発して、足首に巻きつく根っこに引火する。根っこが焼き切れ、恵太は着地すると同時に距離をとった。

 地鳴りと共に茂みの下から姿をあらわしたのは、猫に擬態ぎたいした根っこだった。土まみれの根っこは盛り上がり、ムチのようなうねりを見せる。


(名前は体をあらわすんだったら、待ってほしいはずだ)

 ムカツクンデのときと同じ対策になってしまうが、恵太はその場にふんばってムチ攻撃を受けてみた。予想よりも重い攻撃に身体が突き飛ばされて地面を転がる。

 一体 何十キロあるんだろうか。骨が折れてもおかしくないような衝撃の余韻がまだ体内に残っている。ごうの力が発動していなければ立ちあがれなかっただろう。追撃を受けるたび、おこり状態による破壊衝動は強さを増した。


「はあ、はあ、はあ、はあ…………結局ダメだった」

 結局、おこり状態を抑えきることはできず、冷静を取り戻したときには周囲の草木は炭化していた。マッテネッ子は霧となって恵太の経験値になる。


「そんなに落ちこむこともないでしょう」


「でも正規の倒し方を発見できなかったから」


「恵太さん。野良ヤラナイトと戦ったときのことを思いだしてください。あの一戦と今の一戦、似たようなものではありませんか」


「そうだけど、本当は『要求を叶える倒し方』があるんじゃないの?」

 質問で返すとティモシーが含み笑いをする。


「失礼、馬鹿にしたのではありません。ただ素直なかただと思いまして、恵太さんは大切なことを忘れてらっしゃる」

 ティモシーは一度言葉を切って、声音を変えた。


「期待の契約主は人間に限らず。要求の怪物モンスターもまた『期待の契約』を行使する存在であり、中には恵太さんをいじめた子たちのように『理不尽極まりない契約』を強いてくる異形もいるのです」


「とりあっちゃダメな『期待の契約』もあるか」


「ええ、叶えるか否かは意識して選べると良いでしょう」


「相手の要求を見極める力が必要ってことかあ」

 人々から遊離して迷子となってしまった『要求』は『燃焼』されて『経験値の霧』として人々の身体に戻りたいと思っている。一言でくくると単純に聞こえるが、その過程は様々だ。

 ムカツクンデは怒りを受けとめてもらいたかったし、マッテネッ子は何かを待って欲しかった。シミンミンは…………よくわからない。

 その辺はおいおいにしよう。


「とりあえず今は服だ。3日粘ってダメだったら、あきらめてこの服で買い物に行こう」

 たしか、深雪峠を越えた火山県ひやまけん側に道の駅があったはずだ。鳴り止まないシミンミンの合唱の中、恵太はがむしゃらにモンスターを倒しまくった。

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