第1話 いじめたという認識がない理由

 ムカツクンデを倒した翌朝。恵太は落ち葉のベットのうえで目を閉じようとしていた。結局あれから何度も要求の怪物モンスターの襲撃があって眠れなかったのだ。ムカツクンデ以外にも新種のモンスターと何度か拳を交えたが、中でも厄介だったのは『シミンミン』という青いセミ型モンスターだった。

 奴らは鳴いては逃げ、鳴いては逃げを繰り返す…………、そう1匹も倒せなかったのだ。だから今もジャングル中にけたたましいセミの合唱が響いている。


「もう帰るっ」


「かまいませんが、帰ってどうするのですか?」


「…………ぐっ」

 今帰ったところで親と険悪になるか。親に謝るしかないのは目に見えている。学校に行けば家出してすぐに帰ってきた根性無しだと馬鹿にされるだろう。そしたら殴り合いまでした意味がなくなる気がした。


「どうやったらあのセミのモンスターを倒せんの?」


「さあ」


「さあって、知ってるなら教えてくれても良いじゃんっ。ティモシーだって眠れないんじゃないの」


「就寝時は『経験値の霧』となって恵太さんの身体に潜在していますから、わたくしは快眠できていますね」

 自分が寝れてるから余裕なのか。


「恵太さん。この場所の名を思いだしてください」


「…………答えずの大森林」 


「その通り。その名にはふたつの意味が込められています。ひとつは、大自然は人の問いかけには答えないという意味。もうひとつは、答えないことが人の成長をうながすという意味です」


「だから教えてくれないってこと?」

 ジャングルの木の間このまから朝の陽射しが顔に射す。恵太は落ち葉のベットから身体を起して、ティモシーに向き直った。


「昨日のムカツクンデは命に関わる状況でしたが、シミンミンはそうではありません」


「…………自分でモンスターの倒し方を考えられないと、心が強くならないって言いたいの?」

 ティモシーは昨晩、モンスターを倒せば精神が鍛えられてメンヘラが治ると言った。


「その通りです。もっと正確に言及するならば『期待の契約』への理解が高まることで人は精神的な強さを取得するのです」


「期待の契約って、思いこみのことだよね」


「より正確には『勝手な願い』と『勝手な報酬』を相手に強いる無意識下の契約のことです」


「勝手な報酬って何?」


「恵太さんが受けたいじめを例に説明するならば、勝手な報酬とは『いじめ行為』のことです」


「あんなのどこも報酬じゃないよ」

 自然と声がけば立つ。


わたくしもそう思っていますとも、ただここで言う報酬とは『相手の喜ぶもの』ではなく『自分が与えたいもの』のことを意味すると理解してください」 

 恵太は気持ちを抑えてティモシーの話に耳を傾けた。


「よく聞きませんか?いじめっ子たちが相手が嫌がっているとは思わなかったとか。いじめだとは思っていないとか」


「…………よく聞く」


「人によりけりですが、いじめっ子たちの目的は『いじめ』ではないことが多々あります。クラスメイトを笑わせたい。自分が強者であることを群れの中で位置付けたい。じゃれ合いたいなど、目的と言う名の要求は多岐に渡ります」

 話を聞いていると、恵太の紫色の要力シグナルが再びどす黒さをかもしだす。


「いじめる側からすれば反抗は『期待の契約』を受けいれたという認識なのです。だから彼らはいじめているという認識がない。なぜなら契約を受けいれたのはいじめられる側だから」


「そんなの無茶苦茶やんっ。誰も受けいれてなんてないし、何度も嫌だって言ってるし」

 川が決壊するように言葉が噴き出す。


「だから『期待の契約』は厄介なのです。書は存在せず、一方的に契約することができ、破棄は困難。それでいてこの視えない契約は人間社会にはびこっている。だから恵太さんは『暴力』という形でこれをひっくり返そうとした」


「でも何も良いことなんてなかった」

 復讐されるのが怖くなるし、誰からも理解してもらえない。


モンスター要求の怪物たちは行き場を失った人々の『要求の力』で出来ています。期待の契約を打ち破るとは、すなわち『要求を打ち破る』ということ」


「…………要求の怪物と戦うのは嫌がらせをしてくる人間と戦うのと似ているってこと?」


「ええっその通りです。モンスターを倒す過程で人々の持つ無意識の要求を知れば、暴力を使わずとも『理不尽』に立ち向かうすべが身に付くということですっ」


「なるほど…………そういうことだったのか」


「そして恵太さんは既にモンスター要求の怪物と戦う力に目覚めている」


「ついてきてください」

 ティモシーが翅を広げて飛び立った先には小川がせせらぎを立てていた。お金が尽きたら、この水を飲むことも考えないといけないのか。おもむろに川底を覗きこむと、穏やかな水面に顔がうつる。恵太は瞳に宿る『風見鶏かざみどり』に絶句した。


「恵太さんと共に『野良ノラナイト』を倒した晩、わたくしの『成就の証』によって獲得された『はなわざ』です」


「それは覚えてるけど、これじゃあ買い物にも行けないよ」

 翠色に染まった瞳の中で、一対いっついの風見鶏が風に揺れている。


「常人にはただの黒目に映っていますよ」


「なら良いけど…………」


「たよりの風に属する『風見鶏』は本来視えぬものを見る『はなわざ』です。恵太さん。みずからの力を見せてみろと自身に要求するのです」


「わかったよ」

 心の中で言われたようにつぶやくと、視界に『ステータス』があらわれる。墨と筆で書いたような文字、昨日の戦いでもあらわれたものだ。


▼ステータス▼

『人の見えざるごう

・完璧スタート:形骸化済み。

・ちょうどストッパー:形骸化済み。

・夢追いかけっこ:既にはなわざへと至った。

・自動反撃〈怒〉:行動不能・阻害状態において自身を〈おこり状態〉にするごう。今はまだ生来備付けの緊急防衛機能である。


はなわざ

・要求使い:法を数種の魔法へと至らしめるはなわざ

・風見鶏:みずからを視るはなわざ

・ホーミングフレンズ:経験値の霧を要求の住人として覚醒させるはなわざ

▲ステータス▲


「いかがですか」


「…………インチキ臭い」

 正直、化かされているような気分だ。しかし実際にモンスターとの戦闘を経験しているうえ、いずれの『ごう』にも『わざ』にも見覚えがある。3つのはなわざ野良ヤラナイトを倒したときに告知を受けたもので、ごうの方も告知された覚えがあった。


「人が生来持つ力『ごう』は鍛えられ『はなわざ』へと至ります。いずれも貴重な力ですが、中でも『要求使い』は稀有な力なんですよ」


「このステータスはティモシーにも見えるの?」


「見えずともわかります。昨日、恵太はさんは『炎』をまとっておられましたからね」


「そうだったっけ…………」


「恵太さんが昨晩力尽きかけたとき、あなたの赤いオーラ要力は炎へと変わりました。要力シグナルによって法を変えることができるのは『要求使い』をおいて他におりません」

 おこりの焔を含む7色の要力シグナルは燃焼を待つ要求という『状態』にあり、炎は実在する現象という『状態』にあると、ティモシーは力強く語る。ゆえにおこりの焔と炎は全くの別物であり、赤い要力シグナルを『おこりの焔』と呼ぶのは色が似ているからだそうだ。


「ティモシーはどうして僕に風見鶏をくれたの、自分で使ったほうが便利じゃない?」


「ははははっ。差し上げたのでありません。あなたがわたくしの『期待の契約』を成就してくださったから、要求の迷子であったわたくしは『風見鶏』へと成就したのです」


「わかりずらいよ」


「ううむ。恵太さんはモンスターを構成する霧を『経験値の霧』と呼ぶ理由がわかりますか?」


「うーん————…………………………………………わかんないかも」


「燃焼された要求だから『経験値の霧』と呼ぶのです。この世のありとあらゆる要求は『実行』つまり『燃焼』されて『経験』となることを願っています。しかしほとんどの要求は叶えられないのが実情、あの日 わたくしは恵太さんの経験値となって消えたのです」

 朝の心地よい風が一陣、恵太の首もとを抜けていった。


「そして『風見鶏』となった」


「でも成就の証で————」


「成就の証とは力を前借りさせるための道具であって、あくまでもわたくしたち要求の迷子のセールスアイテムでしかありません」


「ですから、本来わたくしがここに存在しているのはイレギュラー。イレギュラー中のイレギュラーなのです」


「僕が『ホーミングフレンズ』を手に入れてなかったら…………」


「今頃は糧として、恵太さんの身体の中で眠っていたでしょうね。本当に幸運なことです。こうして自由に空を飛んで、自由にうたた寝ができるのですからっ」

 ティモシーは嬉しそうに光沢こうたくのある甲殻を開き、翅をのばしすと、寝床へと飛び去った。

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