第7話

「えっと……そう、です……」

「マジっすか!? え? ってか何でえなりんが斗和さんと!?」


 彼のような反応には慣れている恵那だけど、あまりの気迫に押され気味で戸惑っていると、


「おいしのぶ、何なんだよ、その『えなりん』ってのは」


 茶髪の少年――針ヶ谷はりがや 忍に向かって一体何事かと問い掛ける斗和。


「え? 斗和さんもしかして、えなりん知らないんですか!?」

「え!?」


 そんな斗和に忍は勿論、恵那も驚き二人揃って斗和を見た。


「な、何なんだよ?」

「えなりんはアイドル【CANDY POP】の人気ナンバー1で常にセンターポジション取ってた人ですよ!?」

「アイドル!? 海老原、お前、アイドルなのかよ?」

「……うん、一応……」

「どうりでお前をどこかで見たと思ったわ」


 忍と恵那の言葉で、初対面を果たした時に感じた既視感の正体が分かった斗和は一人納得していた。


「うわー、嬉しいなぁ、まさかこんな所でえなりんに会えるなんて!」

「…………」


 喜ぶ忍をよそに、若干引き攣った表情を浮かべる恵那を前にした斗和は、


「おい忍、テメェはそういうキャラじゃねぇだろうが。つーか、コイツは今日俺のクラスに転校して来た海老原 恵那だ。その、えなりん? とかいうのはあくまでもアイドル活動してる時の呼ばれ方だろ? そいつもその呼び方は気に入って無さそうだし、止めてやれよ」


 半ば呆れ顔で浮かれている忍を一喝した。


「…………」


 斗和のその言葉に、思わず恵那は泣きそうになってしまった。そんな風に言ってくれた人は、初めてだったから。


「あ、そうですよね、すいません!! 俺、芸能人に会った事とか無かったからつい浮かれちゃって!!」

「ううん、その……知っててくれてありがとう。ただ、江橋くんの言う通り、その呼ばれ方はあまり好きじゃないから、普通に恵那って呼んでもらえると嬉しいな」

「ええ!? そそそ、そんな! 呼び捨てとか絶対無理っす!!」

「本人が良いって言ってんだから遠慮すんなよ。なあ、恵那」

「あ、う、うん。呼び捨てで全然構わないよ」


 恵那と呼んでくれと言ったのは自分で、それは忍に限らず勿論斗和にもそう呼んでもらえたらと口にしたものの、実際斗和に『恵那』と呼ばれると胸の奥が何だかむず痒いような、何とも言えない感覚に陥った恵那。


 一瞬反応が遅れつつも、斗和の言葉に相槌を打って忍に遠慮しないよう言った。


「いや、でも、そもそも斗和さんたちは先輩ですから、やっぱり呼び捨てはちょっと……。それじゃあ、恵那さんって呼ばせてもらいますね!」

「うん。それじゃあ私は……忍くんって呼んでもいいかな?」

「勿論!! 好きに呼んでください!!」


 忍は人懐っこく、笑顔も爽やかで可愛らしい。爽やかイケメン……という言葉が似合いそうな男の子で、そんな彼の笑顔に恵那は癒されていく。


「それじゃあ俺の事も名前で呼べよ。俺もお前の事は恵那って呼ぶから」

「う、うん、分かった……斗和……くん」


 流れで自分の事も名前で呼ぶよう言った斗和は、恵那が『斗和くん』と呼んだ事に難色を示す。


「斗和でいい。呼び捨てにしてくれ、頼むから」


 どうやら『くん』付けで呼ばれる事はお気に召さないようで、呼び捨てで呼ぶよう訂正されると、本人がそうして欲しいならと恵那は、


「分かった。それじゃあ、斗和って呼ぶね」


 今まで異性を呼び捨てにした事が無かった事もあって少し戸惑いながらも『斗和』呼びを承諾した。

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