第6話

 その後、僕たちは遅刻して登校した。

 職員室に寄って先生に気分が悪くなって遅れたことを伝えると、案の定どうせサボりだろうという心の声が聞こえた。

「とにかく、早く教室に行きなさい」

 まぁ、予想していた通りの反応だし、体調不良は目に見えないものだから、仕方ない。

 ……嘘じゃないんだけどなぁ……。

 表情を曇らせた僕を見て、花野はなにかを察したのかスマホになにかを打ち込み、画面を先生に見せた。

 すると、先生の顔色が変わった。

「蓮見、電車の中で吐いたって本当か!? もう大丈夫なのか!?」

「へ……?」

 きょとんとした顔を向けると、花野が画面をこちらに向けた。そこには、こう書かれていた。

『蓮見くんは、電車の中で吐いてしばらく駅員室で休んでたんです。私は目撃者だったけど、喋れないから彼の病状の説明に時間がかかってしまいました。遅れちゃってすみませんでした』

「花野……」

 花野は涼しい顔をして、とんでもない嘘を先生に言っていた。普段真面目な彼女が言うと、まったく疑われないから不思議なものである。

 さすがに言い過ぎでは? と若干思わなくもないけれど、庇ってくれたことが嬉しいので黙っていると、

『いかんいかん。頭から疑うのはダメだよな……こういうところ、反省しないとな』

 という先生の心の声が聞こえた。

「え…………」

 ……ちょっと意外だった。

「悪かったな、蓮見。実はちょっとサボりじゃないかと疑ってしまったんだ。でも、お前はそんなことする生徒じゃないよな。体調はどうだ? 少し保健室で休むか?」

 バツの悪そうな顔でそう言ったあと、先生は頭を下げた。

「え……あ、いえ」

 呆然としていると、先生に心配そうな顔で覗き込まれ、ハッとした。

「……もう大丈夫です。連絡もしないで遅れて、すみませんでした」

「いや、無事ならいいんだ。今ちょうど現国でディスカッションの授業をしてるから、君たちも参加しなさい」

「はい」

 教室に戻りながら、僕は花野に礼を言う。

「……さっきはありがとう。庇ってくれて、嬉しかった。花野が嘘つくとは思わなくて……ちょっと、びっくりしたけど」

 花野はちょっと悪戯いたずらな笑みを浮かべていた。

 教室に入る直前、花野がくるりと振り向いた。

 そして――。

『どういたしまして』

「えっ……」

 口パクでおそらく、そう言った。僕は思わず足を止めた。

「えぇ……不意打ち過ぎるでしょ……」

 どくどくと心臓が暴れ出す。

 しばらく、花野の横顔が残像のように脳裏に焼き付いたまま離れなかった。

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