Track:18 - Seen and Unseen
――ラヂオがこちらを見ていた。
見開かれたその目から、切迫した心中が伝わってくる。マエダは頷き返した。
「大丈夫。むせただけ」
彼女の手には端末。その画面には『Qには黙っておこう。隙を見て逃げる』、と。声に出せなくとも、必死なジェスチャーと一緒に訴えかけた。
「……タオル、借りてくるっすね」
ラヂオは彼女の意図を汲んだのか、席を立つ。
タオルを取ってくるだけなのに刀は要らないだろう。そう思った彼女はラヂオの刀を力強く掴んだ。
「ダメっすか」
――そりゃそうでしょ!
大声で叫びたくなったのを我慢した。ラヂオがあの葬儀屋を斬ろうとしていることは、彼のその目が雄弁している。
『いくらなんでも、それはやり過ぎ。何やってんのよ! じゃ済まなくなる』
マエダは瞬きよりも速く文字を打ち込んで、文面を彼に見せる。
ラヂオがどういう思考回路をしているのか、彼女には全く理解ができない。
理解しようとしていないワケではない。彼の考えを尊重しようとはしているものの、彼女が寄り添うにはあまりにも過激すぎるのだった。
「とにかく、タオル貰ってくるっす」
やはり、分かっているのか分かっていないのかマエダには見分けがつかない。
彼はカウンターへと歩いていった。
「はぁ……彼を選んだの、失敗だったかしら」
――葬儀屋、そしてQから逃げなければ捕まってしまう。ヘックスに身柄が引き渡された後の安全の保証はどこにもない。
そのためにはラヂオをどうにかしなければ。彼がいては思うように逃げることはできない。
そもそも、利害関係が一致していたのは
彼女は顔を上げて、採光窓に目を凝らした。外の世界はまだ明るい。これから日が暮れる。闇を――味方につけられれば。
まだ旅は続いている。相棒を直すまで、立ち止まってはいられない。
彼女は楽器ケースを背負った。
Qは葬儀屋の話を聞くフリをしながら、奥での会話に耳を傾けていた。後から資料を読み込むのでも十分だ。
そんなQの代わりとなってマスターが尋ねた。
「何をしでかしたんだよ。その9000万ってヤツはよ」
「ヘックスのデータベースに接続して戸籍を書き換えたそうです。書き換えられた箇所については痕跡を残さず、ですが確かにいくつかの箇所を改ざんしたそうで――」
「――あ~、そりゃつまり、ヘックスの天敵ってワケか?」
「出過ぎた杭ですよ。ヘックスに見つかる前に我々の保護下に置かなければ」
「懸賞金を得るんじゃないのか。少し……期待してたんだがな」
「ですが報奨は弾みます。これは長老直々の指名、幹部である私の紹介です。是非あなた方に、と」
葬儀屋はゴマをすった。期待の眼差しがQとマスターの間を行き来する。
犬にボールを見せるがごとく、葬儀屋は封筒を振る。長老のイニシャル『A.G.』の蝋封だ。
「……俺は乗らねェな。わざわざ下請けを訪ねる理由が掴めねェ。しかも俺たち、となるとな」
「これはチャンスだぜ、Q。受けない手はない」
「あ? 冗談よせ。この砂漠みたいな街に金鉱山はない。よく知ってるはずだぜ……」
「路頭に迷うくらいなら死んだほうがマシだ」
Qはバツが悪そうに唸った。まさか、マスターほどの大人が“うまい話”に釣られてしまうとは。
「葬儀屋。そのマエダってヤツを捕まえてどうすんだ」
「私の知ったことではありませんね。ただ…………長老は何かこじ開けたい“ドア”を見つけたのかもしれません」
葬儀屋は悠々と、ストローの入ったグラスを揺らしている。
「なんたって“テルスター”のアーカイブをこじ開けたとか。他にも中央政府専用の回線に潜り込んだ……彼について、そういう武勇伝には事欠きません」
Qの意識が彼らの会話に接続される。身を乗り出して葬儀屋に詰め寄った。
「今、“テルスター”つったか? じゃあなんだ。マエダが『ネオンエイジ・バスターズ』の裏にいるとでも?」
葬儀屋はグラスのストローを黒い半球状の頭の下部に刺し込んだ。反対側、マティーニの中の口から泡が湧いてくる。
「その海賊放送との関係は明らかにされていません。ただ、一部で文化アーカイブが不法に取引されていて、そのデータが正しいものなのかの証明にマエダの暗号が使用されているという話です」
彼は天を仰いだ。天といっても穴だらけの天井だ。穴と穴が繋がって線になっている。
――通信衛星テルスター、地球の文化アーカイブを乗せたまま宇宙の闇へと消えた伝説上の存在。そして、どういうワケかそのアクセス権限を持っている『ネオンエイジ・バスターズ』。
「マジかよ……」
そう言葉を漏らすQ。彼はとある地球時代の音楽を探していた。
『ネオンエイジ・バスターズ』はその答えを握っている。テルスターの文化アーカイブには全てが詰まっているからだ。
それなのにいくらQが調べようとも、放送ジャックの仕組みはおろか、そもそも番組の正体すら分からない。判明したのは一部の“
「――すいません。タオル貸してもらえるっすか?」
「あぁ待ってろ」
割って入ってきたラヂオにマスターが応対する。
あんぐりと口を開けたままQは、何か思い当たったように呟いた。
「…………だが、妙だな。マエダなんて名前、俺は一度も聞いたことがない」
「それはそうです。Qさんとは違って、彼はアーデントの人間ではありませんから」
「そりゃ
「違います。彼は――マエダは、この街に立ち寄っています」
ラヂオはマスターからボロ布を受け取ると、Qと目を合わせた。何か言いたげな目の色。しかし、目を伏せて奥へ行く。
「……その証拠は?」
「首狩りサークルが騒いでいます。史上4番目の賞金首が上陸した、と」
「――あッ!?」
ラヂオの声。互いに顔を近づけていたQと葬儀屋の気が逸れて、マスターを加えた3人の注目が曲がり角の先に向く。
2人は視線を正面に戻し、そして反対側のマスターに投げかける。
「マスター、もしかして俺は話に熱中しすぎて……光学迷彩を見逃してたか?」
「光学迷彩? それはありえません。私の視界は360度のサーモグラフィです。それより……何か悪いことでも?」
ああ、とグラス片手のQは椅子を飛び降りて、おそるおそる曲がり角に歩み寄る。グラスを掲げ、その反射でバーの奥を確認した。
「……あいつ、飲み物も頼まずに店を出てったな」
何やら慌てふためいているラヂオ。彼はテーブルの下に手を伸ばして、見えないものを探しているようだった。
角を曲がったQも失せ物探しを手伝う。
「窓から、だ」
マスターが採光窓の下、壁を指差す。そこには汚れがあった。人間の肉眼では中々気付けないであろう汚れだ。
「探すぞ、Q。一度は捕まえた金なんだ……逃しておけるかよ……!!」
「まだそう遠くないか。足跡を辿れば――」
「――お待ち下さい!」
その一言が、勢いづく2人と困惑するラヂオの動きを止めた。
「……9000万が今にも逃げようとしている。そんな些細なこと……放っておけばいい。違いますか?」
「…………いや、アイツもハッカーだった。何か知っていることがあるかもしれない」
Qは窓枠の鍵を凝視する。埃と汗の痕。彼女はここから消えたと見て間違いない。
一か八か。名も知らぬ彼女の後を追うか、大人しく葬儀屋の言うことを聞くか。
「――あ、あのッ」
またもや、ラヂオの一言が3人の意識を掴む。
「あの人、アーデントにはキカイの部品を買いに来ただけだから何も知らないっすよ」
「それは……“ウソ”じゃないな?」
Qは銃口を突きつけるが如く問い詰める。その眼はラヂオの命を握っているかのようだった。
ラヂオはわずかに喉を鳴らす。
「あ、あたぼうっす」
嘘だった。
シーユー・アゲイン!ネオンエイジ・バスターズ 山庭A京 @Okitsune
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