Track:16 - Wild Wild Life



 ディーディーは言う。


「男のほうは違う。用心棒だ。本命はそこでのたばる女」


 Qも納得する。

 女に戦闘の心得がないことは、射撃で路地へ誘導したときに分かっていた。男とも親密な仲ではないように見える。雇用主と用心棒という関係性だと仮定しても辻褄が合った。


 つまり、女は腕の立つ男に身辺警護を依頼した。自身が狙われる可能性を危惧している女――彼女は自身が賞金首だと知っている。ディーディーはそう考えたようだった。


「糸を縫い合わせるような推理じゃ心許ないな……」


 Qは不満げに銃口を下ろした。視線は2人組から外さない。手の感覚だけでマガジンを交換する。


「何でも屋さんの推理は違うのか?」

「そもそも推理を必要とする場面じゃない。首だっていう女の名前は分かんのかよ」


「……さァな。俺は便乗しただけだ」


 Qはやれやれ、と肩をすくめる。

 もとよりディーディーは頭の回るほうじゃない。それはQも分かっていた。


 両手を頭に載せて伏せる女、それを守るように立ちはだかる男。


「どう思うよ?」


 Qは彼に投げかけた。


「え、あ……ん〜どうっすかね〜」


 突然の振りに困った男の返し。ディーディー未満だった。

 口車に乗ってくれないと困る。Qは窮した。彼の他に頭脳派はいないらしい。


「……少なくとも、俺もあんたを用心棒でしかないと思っている。交渉の余地はあると思うぜ?」

「そうなんすか?」


 ああそうだ、とQは力強く答える。餌にかかった。


「派手にやったからな……ヘックスの保安局が飛んでくるだろうさ。その女に全部を擦り付けて、金だけを貰うことができる」


「……つまり、この人を渡してほしいってことっすか」


「それだけじゃない。そっちのほうがあんた自身の安全にも繋がるだろ」


 じりじりと引き寄せる。引き上げるにはまだ足りない。もっと食いつかせる必要がある。

 しばらく黙した男は、意外な切り口で返してきた。


「……最初から裏切るつもりだったっすから。そちらさんの条件を飲んだとき、この人にかかった金、貰えるんすよね?」


 Qはディーディーに目を向ける。裏切りの可能性には思い至らなかった。


「まぁ……珍しい話じゃないさ。エスコートを偽った賞金稼ぎってのはな。だが、それをやるなら用心棒としての信用は無くなる、顔が出回るからな……」


 用心棒のキャリアを犠牲にしてでも欲しい賞金、そう考えると、ますます期待が膨らんでしまう。


「“裏切り”なんて気に食わねェけどな……まあいいだろ」


 一度でバーの家賃700万を稼ごうとは思っていない。少額でも転がり込んでくるのなら、確実にそれを掴みたい。


「Q、ヤツらが来たぜ」


 ――そろそろ引き際か。みんなの嫌われ役、ヘックス様のご登場だ。


 表のほうが騒がしい。

 最初に2人を追いかけていた男らが捕まっているのだろうか。まだこちらには来ない。

 ディーディーは路地から顔を出し、様子を見に行った。


「おい! サムライさんよ、あんたもこっちに来いよ。女は俺が見てやっから」


「……いや、この人のこと見張ってるっすよ」


「あ……? 何言ってんだお前」


 噛み合わない。見張る必要は無い。女の姿がよく見えない。女は両手を頭の上に乗っけている。脅威であるはずがない。

 それでもQは目を凝らして、近づいた。そして見えた液晶、コードの羅列。

 外された“拡張体ローデッド”から伸びるケーブル。



「――おい! 何やってんだお前!!」


 Qの大声とほぼ同時に、警備ドローンが3機、裏路地に入ってきた。ディーディーは背後での出来事に気付けなかった。


「ディーディー!!」


 その声をかき消す爆発が彼らの頭上で巻き起こる。ドローンが爆発した。

 咄嗟に防御態勢を取ったQも、あまりの衝撃に意識を持っていかれそうになる。瓦礫となって降ってきたホテルの外壁が、Qとディーディーの間を塞いだ。


「自爆……いや、ダイナマイトをくすねて来やがったのか……?」


 突如、ディーディーの叫び声が聞こえてくる。痛みに悶え苦しむ声。

 Qは瓦礫のわずかな隙間から向こうの様子を伺う。角度が悪く、ディーディーの姿は見えない。


「大丈夫か!」

「……はぁ、お前が無事だってんなら、心配するこた何もない。あいつらを追え!」


「こいつは後で返す」


 2人がいた方向を見るも、彼らの姿はない。

 舞い上がった土煙。視界不良の中、Qは2人を追う。



 ――Qは油断をしてしまった。しかし、彼ら2人が確かな実力を持っているのもまた確か。


 男は言わずもがな、驚異的な反射神経を。女はドローンをハッキングしたようだった。

 爆発したドローン。見えたのは一瞬だけだったが、あれらは確かにヘックスのもの。海岸に張られた警備用の最新型だ。彼女の自前、ということはありえない。


 つまり、あの女はヘックスのシステムに侵入した。

 Qはそういった電子戦に関して門外漢だ。しかし、ヘックスの技術力から逆算すれば彼女の凄さは誰にでも分かる。


 さらにQの勘を付け加えるならば、彼女は外部から無線でハッキングをした。それはつまり閉ざされたシステムを強引にこじ開けたか、それに近いことをしたのに他ならない。



「……俺の土地勘には勝てねえけどな」


 ここは袋小路。最初から逃げ場はない。

 世界最高峰の視力、その追走から逃れることはできない。足跡を辿るまでもなかった。



「光学迷彩なんて、また懐かしいものを……」


 Qは何もない行き止まりに向かって話しかける。

 虚空。ただし、歪んだ虚空に向かって、だ。


「…………」


 返事はない。この状況でも誤魔化せると思っているのか、それとも作戦を練っているのか。

 光学迷彩の覆い布の下で、2人は息を殺していた。


「……“かくれんぼ”がお気に召さないなら“鬼ごっこ”か?」


「………………知ってる? ヘックスは賞金を払いたがらないそうよ」



 そこで初めて耳にしたハスキーボイス。背後からのモーター音が続いて聞こえた。



 Qは赤銅色の相棒とともに振り返った。照準の先は先程の警備ドローンとは別の、保安局のドローン。

 2発の銃弾がそれぞれドローンのプロペラ、機関銃に命中する。


 ものを考えるよりも早く、Qは撃っていた。


 ドローンは勢いそのままに揚力のバランスを失った。まるで酔いどれのように壁にぶつかり、彼らに向かってくる。


「――――避けてくださいっす」



 耳元で男の声がした。Qは伏せる。

 彼の頭上で何が行われたのか定かではない。3等分されたドローンが光学迷彩マットの上に墜落していた。


「ひとつ、“貸し”ができたわね」


 ハスキー声にQは顔を上げる。

 そこには光学迷彩もお面も隔てていない、居心地の悪そうな表情。日によく焼けた褐色の肌が、深い黒の前髪から覗いた。


「やっと口を開いたかと思えば、生意気だな。お前がハッキングすりゃ済んだろ」


「バカね。システムが違うのよ」


 一言が刺さる。好戦的な物言いだ。

 Qが耐えていると、金髪のほうが話しかけてきた。


「失礼。Qさん、で合ってるっすよね。後生っすから、自分たちのこと見逃していただけないっすか?」


 男は刀を鞘に収めながら、更なる生意気を繰り出す。


「バカ言え。命が惜しいなら相応の金よこせ、金。こちとら10発も撃ってんだぞ」


 Qは2人に銃を向けたまま反論した。それでも2人は食ってかかる。


「損して得取れって言うでしょ? しょぼくさい懸賞金よりも、この都市に眠る黄金を掘り尽くしてみたいと思わない?」

「自分はもとより賞金首じゃないっすけど、ここでの恩は必ず……っす」


 呆れた。どういう思考の巡らせ方をすれば、こんなにも厚顔無恥な物言いで保身ができるのだろうか、と。



 ――だが、彼らの腕っぷしは痛いほど思い知った。男が言う恩返しとやらは分からないが、確かに彼らは利用しがいがある。



「…………俺は賞金稼ぎじゃない」



 そう言うと、Qはあのカードを取った。1文字、『Q』の名刺。


「何でも屋、Qキューさ」

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