Track:15 - Psycho Killer



 風任せ。半ば放心状態ながら歩いたQは港に流れ着いた。


 昼下がりの青い海。その美しさはいまさら説くまでもない。

 しかし、ここで心奪われ飛び込んだりすると、ヘックスの警備ドローンがやってきてしまう。見下ろすだけに留める。


「フ、稼げってか……」


 手っ取り早く小銭を稼ぐならここ。もしくは東側の国境しかない。偶然やってきたとはいえ、一文無しの彼にとっては好都合だった。


 防波堤には見知った車が何台か停まっている。遠目から港を狙う位置だ。

 Qはそのうちの1台、桃色のキャデラックに近寄った。


「よォ、ディーディー。調子はどうよ」

「ん……誰かと思えばQか。まだ生きてやがったんだな」


 フロントに灰皿と吸い殻の山を築き上げ、貨物船の着岸を見守る革ジャンの男。彼はQに煙草を差し出した。


「くれるのか。嬉しいね」

「……最近は貨物船にも警備人形が積まれてて、俺たちの仕事もご不沙汰さ。こんなもんで、協力の願いなら“これ”をくれよ」


 ディーディーは親指と人差指で作った輪っかをQに見せた。


「いや、今日はそうじゃないんだ」


 彼の煙草はQが普段吸っている銘柄と違い、お菓子のような甘い匂いがする。それがほのかに漂う磯の香り、排気の臭さと混ざり合い、エキゾチックな空気を生み出した。


「冗談。じゃあ何を求めに来た? まさかお前が小銭稼ぎをやりに来たと? それこそ冗談じゃねェか」

「返す言葉もないね」


 ディーディーの言葉が突き刺さる。溜め息を挟み、彼は追い打ちの言葉をかけてくる。


「賞金稼ぎなんかやめときな…………トミーが死んじまったんだ。首の巻き添え食らってな。この仕事とは貯金を作るまでの付き合いさ」


「……そう、なのか。邪魔して悪かった」


「いいってことよ。誰だって金に困るもんさ」


 ディーディーもマスターと同じような面持ちだ。遠く、何もない場所を見ていた。

 彼の仲間の訃報にQは閉口し、その場を立ち去る。



 Qは内心、反省した――都合のいい小銭稼ぎだと思ってしまった。

 厳しい内情を聞くと、虫の良い考えを抱いてしまったことが申し訳なく感じる。



 ディーディーは賞金稼ぎだった。貨物船に乗って密航してくる犯罪者を締め上げたり、アーデントで追われる身となった賞金首の亡命を阻止したりするのが仕事だ。

 仕事といってもヘックス公認の代理人ではない。ヘックスは犯罪者の身柄を貰い、その報酬として連中にはした金を握らせる。それだけの関係性。


 賞金稼ぎはごまんといるが、港に姿を現す犯罪者は限られている。要は同じ穴の狢賞金稼ぎ同士での競い合いレースだ。


 ときどき大きな額の賞金首が捕まる。が、大抵は安っぱちの成果しか上がらない。獲物も横取りされる。

 だから小銭稼ぎ。決して美味い話ではない。



 港を背にしたQは、またもや宛もない散歩に赴いた。


 海岸沿いから1本でも内側の道に入ると宿泊業の縄張り。海側の部屋を取れば心ゆくまでダイナマイト漁の観察ができる。

 船で逃げやすいこともあって犯罪者の温床となっているのが現実だ。


 そんなホテル街を歩いていると、後方から騒がしさが迫ってきた。背後の交差点で右方向から人がなだれ込んできていた。

 最初に聞こえたのは銃声。そして悲鳴と怒声が続く。


 周りの通行人も危険を察知して逃げ始める。


 Qはその交差点を凝視していた。

 人だかりを押しのけてこちらへ走るお面の2人組。それを追いかけるようにしてアサルトライフルを持つ男ら数人。ヘックスの役人ではなさそうだ。


「男と女……? 首か?」


 顔は面に隠れているが、片方は明らかに女性の体つき。黒髪も長い。もう一方はパーカーフードを被っているものの、喉仏が見えた。


 Qは人の濁流に逆らい、その2人を待ち構える。追っ手は誤射を恐れてか、銃撃しない。


「トーシローさんか。悪いが、貰うぜ」


 Qは胸の前に手を沿える。早撃ちの構えだ。

 顔は狙わない。撃つとしたら脚。しかし、Qと2人組の間には逃げ惑う通行人がいる。数えきれない本数の脚の中から標的となる4本を狙うのは難しかった。そして、1発で相手の動きを止められないのであれば、Qからも逃げられてしまう。


 そこまで考えた彼は2人を引き付けることにした。

 近づかれたところを、適切な距離で仕留める。


 彼は左手で携帯端末を取り出し、黒い液晶に反射させた2人組を見る。


「……? なんだ?」


 Qは男と見られる片方の腰に妙なものを見た。長い棒状の何か。女のほうも楽器ケースのようなものを背負っている、が、それには脅威を感じない。

 男だ。狐の面の男が何らかの力を握っている。そう直感した。


 船で密航してきたのだとすると、彼ら賞金稼ぎの攻撃を掻い潜ってここまでやってきたことになる。


「――その力、どんな値打ちがあるのか見てやるよ」


 武者震い。Qは奮い立つ身体を抑え、距離を測る。モノトーンの世界を走る仮面の男と目があった。

 向こうも臨戦態勢に入る。


 もう少し。まだだ。あと僅か。



 ――今だ。


 そう考えるよりも先に本能が動く。

 胸の内ポケットから赤いマグナムが顕現する。音速を超えて放たれる一撃。かつてアーデント中に“イービルアイ”の名を轟かせた芸当。



 それは速くもあるが、それ以上に正確無比な射撃シュア・ショットという意味を持っていた。


 確実に男を仕留めた。

 少なくとも、自身の手に残された感触を確かめたQはそう思っていた。



 男の勢いは止まらない。見るに、何やら長いものを手にしている。


 Qの手前で走る速度をさらに上げた男は、その刃物を振り上げた。狐の面、その隙間から見える目は確かな殺意を宿していた。



「――刀ッ!?」


 事態を飲み込んでやっとのことで結実した言葉は、単なる事実確認にしかならなかった。

 太陽を背後に、影絵と化した一瞬の光景。目に焼き付いた自身の死に際。



 ――だが、その刀はQを襲わなかった。


 後ろに倒れ込んだQ。男は彼に背を向けていた。

 痛みを感じる暇もなく、目線を男の向こう側に。そこにはディーディーがいた。助けてくれたのだろう。だが、そんなこと今はどうでもいい。


 Qは余所見をする男に向けて引き金を引いた。


 そのマグナムピストルの発砲音を形容するなら、甲高い破裂音だ。その音が発せられて1秒にも満たない時間で男の身体に着弾する。ごく当たり前のことだ。



 ――当たり前でないのは、男のほうだった。



 この領域で太刀打ちするなど、人間離れではない。もはや神業であった。

 甲高い破裂音に続いて鋭い金属音が聞こえた。そして、目の前の男は平然と立っている。刀を握りながら。


 むざむざと見せつけられるこれは、夢か現実か。


「まさか……斬ったってのかよ…………!?」


 Qは男から目が離せなかった。具体的には、視界の外から飛んでくる蹴りに気づけなかった。



 顔面が車道方向への衝撃に持っていかれ、身体ごと何回か転がる。現実に違いないらしい。


 仰向けになった彼が道路を見上げると、2人の走り去る後ろ姿があった。女が先行し、それを男が守るように並んで走る。こちらの追撃を警戒していた。



 不覚だった。死なずに済んだのが幸運だったほどだ。

 Qは跳ね起きる。こんなところで逃してはおけない。あの実力、あの速さ。数十万では済まない額がぶら下がっているはずだ。そう息巻く。


 Qもホテル街へ走り出した。


 路駐する車のミラーにはディーディーの姿も映る。あの2人は首だ、そんな顔付き。仕事人のそれだ。


 甲高い破裂音が数発、辺りに響き渡った。どういう理屈の技なのか、それら全ての弾丸が刀に弾かれる。



 それを受けたQは思考を変える。右寄りに撃った。それは捌く必要のない角度の弾丸。しかし、前を行く女の髪を掠めた。


 女はほとんど反射的に左の路地に入る。男も刀を鞘にしまい、後に従った。つまり海側の路地へ左折したのだ。


 Qも1本手前の路地で曲がる。ホテルの搬入口を抜け、今度は右折。

 排気口の向こう側に2人の姿――いや、男の背中だけが見えた。並んで走れる幅も無い。縦一列で走るしかない、そんな狭い空間だった。



「お荷物が足引っ張ったな……」


 王手。Qは引き金を引く。


 男は奥側の女に被さるように倒れた。刀を振り回せなとなると、彼は避けるしかない。Qの目論見通りの動きだ。


 Qは何度も射撃をする。威嚇射撃だ。起き上がる隙を与えず、2人に近づく。


 彼らは地面に這いつくばったまま。ちっとも動かない。



「……死にたくないなら、刀をこっちに投げな」


 追い詰められた2人は囁き声でやり取りをする。

 話がついたようで、男が立ち上がり、両手を上げながらゆっくり振り返った。


 面が下にずれている。パーカーフードとの間から金髪が覗いていた。


「……狙いはなんすか」


「賞金首だろ。自覚は無いのか?」


 面にぶつけられて籠る声。Qの想像よりか、いささか高い声だった。

 彼は後ろで寝そべる女に話しかける。


「あのとき、本当に賞金首にしちゃったんすか?」

「ンなワケないでしょ!! 口車に乗せられてどうすんのよ!!」


 面を挟んでいてもはっきり聞こえるほど大きな声。相当な剣幕だった。


「…………で、賞金首じゃないのかよ?」


 男は一言。


「さあ?」



 先程の手合からの落差に呆然とするQ。


 その背後からディーディーが姿を現した。

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