Track:7 - Straight, No Chaser

 


 アーデントは都心となる中央区から放射線状に空中ハイウェイが伸びている。東西南北とその中間の8方向に許された時速150km。

 空中にはホログラムの広告が所狭しと映し出され、それが道路の照明となっていた。



 そのうちのひとつ、東側である第二幹線道路の上り線を、一台のバンと一台のホバーバイクが横並びに走っていた。走行車線を2つ塞いでいる。


 バイクには保安局のシンボル。その乗り手のヘルメットの中からは赤い髪が伸びている。

 問題はバンのほうだ。そちらには“ヘキサ・デシクラフト”――ヘックスの影を一手に担う子会社の名前が入っていた。全てのウィンドウにスモークが掛けられている。文字通り不透明な企業。

 右ハンドルの窓に、ホバーバイクが反射して映っている。



『――はい……では、この子供はこちらで引き受けます』

「よろしく頼んだぞ。あの姉御が特別、目にかけてきた作戦だからな」


 ホバーバイクのライダーは、ヘルメットに搭載された通信機を通して、バンの中の人間とやり取りしていた。


『時に……彼女はそちらでは癇癪を起こしていたりしませんか』

「癇癪なんてあるのか? あの人はイッちゃってる人間だろ」


『僕は貴女たち“サターン小隊”を信用していますが……心配ですね』

「心配ならアンタも来れば良かったじゃないか」


『僕とカレンでは理想が違いますから……』



 バンの中の声が言葉を濁したその時だった。



「ぁぁぁぁああああああ!!!!」


 叫び声が聞こえた少し後、バンに衝撃が走る。車体の上に何かが落ちてきたようだった。

 上方のホログラムがグリッチ状のエラーを吐き出している。


『マーズ! 頼みましたよ』

「アイアイ。ったく何だ? こんな時に……」


 2人とも声色が変わる。一瞬にしてスイッチが入った。

 バイクはバンと距離を開け、スタンディングで落ちてきたものを確認しようとした。


「……人? 女の子?」


 バンのルーフに掴まりながらキャスケット帽を抑える女の子。まじまじと様子を見ていると、振り向いてきた彼女と目があった。


「あ、お勤めご苦労さまで~す」


 調子の良いことを言う彼女だが、その脚は“拡張体ローデッド”だった。

 缶が4つも装着されている。違法改造のソケット。この記憶が正しければ、今すぐにでも検挙できる。


「おい! そこを降りろ!」

「えぇ!? どうやって降りろって言うんですか!!」


「チッ……おい、停めてやれ!」

『ダメですねぇ……相手の策略かもしれませんよ?』


「『相手』だと……? まさか、バイクにいたずらしたってのは!?」

「――!! やっぱり、リオンをさらったのは……!」


 マーズはバイクから銃を引き抜く。オートマチックのショットガンだ。相手が敵なのだとすれば、容赦は必要ない。

 ハンドルから両手を離し、ショットガンを構える。トリガーにかけたのは左手だ。


「“左側”は苦手なンだけどなァ……」


「え…………?」


「――どきやがれえ!!」


 バンの上部に散弾が浴びせられる。一発だけではない。力任せの連射だ。

 あまりにも派手な撃ち方に、通信機から怒鳴り声が聞こえてきた。


『いい加減にしなさい! こちらにも流れ弾が飛んでくるでしょう!』

「悪ィ……でも、あいつはいなくなったようだぜ」


『轢かれたんですか? 交通課に後始末をお願いしないといけませんねぇ……』


 バンの上に、彼女の姿はない。マーズは後方を振り返る。先の射撃を目の当たりにした後続車両たちとかなりの車間距離が開いていた。


「あ……? いねェじゃんかよ」


 轢かれた痕跡もなければ、バンから落ちた跡もない。


『マーズ! 反対側ですッ!!』


 異変を嗅ぎ取ったマーズはホバーバイクの速度を落とし、バンの後ろについた。

 そして、ゆっくりと反対側へと車線を変えていく。


 バンの影から、車体にしがみついている彼女の姿が見えてきた。車輪の音。どうやら彼女は義足に車輪を仕込んで、インラインスケートにしていたらしい。

 しかし、自力では時速150kmに並走できるわけがない。車にしがみつくことしかできない――そう、格好の的だった。


 マーズは笑みをこぼす、が、それは義足少女も同じだった。



 彼女は手を離した。



「えぇぇぇいッ!」


『――避けてください!』



「は?」



 前方から蹴りが飛んできた。

 手を離した少女は進行方向に対して車輪の刃を立てる。飛び上がった身体を翻らせて、彼女の後方にいたマーズに飛び蹴りを食らわせてきたのだ。



 避けられなかった。マーズは姿勢を低くして耐えようとするが、バイクの真正面を捉えた攻撃には耐えきれない。バイクはバランスの軸を見失い、横転した。


 ホバーバイクは地に足つかない乗り物だ。力任せの乗り手では制御しきれない。できることは振り落とされないようにしがみつくことのみ。

 火花を散らしながら、バイクを中心にして世界は何度も回転した。何度も、何度も……やがて耳をつんざく金属音とともに横転は止まる。


 後方では車が立ち往生し、何人かのドライバーが歩み寄ってきた。


「おいおいおいおいおい! あんた大丈夫か!」「おい! 誰か救急車呼べぇ!」


 まずは自分の手が使えるかを試す。手の開け閉め、指の一本いっぽんの動きも問題ない。

 ヘルメットを外し、顔に垂れてきた血を舐める。


「“痛くない”ってのは、退屈だねェ……」


 彼女はバイクの欠片が散乱する道の先を見た。でたらめな光景だった。


『……しくじりましたね。無事ですか?』

「そっちは大丈夫なんだろうな」


『あと6kmですよ。僕に追いつけるはずが無いでしょう』

「へッ、バックミラー見てみな」



 バンの後方で、その義足少女が走っていた。走る、とは乗り物が動くことではない。人間が両手を振って、足を交互に動かして走っているのだ。150km/hの幹線道路を。


『……すごいですね。帽子が飛んでいきませんよ』


 その言葉とは裏腹に、通信機の声に余裕は残っていないようだった。


「まさか。追いつかれるわけじゃないだろ……?」


『スピードメーターが壊れたのでしょうか。時速160kmを超えた人類は初めて見ましたね……』


 その返答に、マーズは思わず吹き出してしまった。そんなバカなことがあるものか。

 たとえ違法改造の“拡張体ローデッド”だとしても、そこまでの運動には人体が追いつけないはずだ。


 バンも、義足少女も姿が見えなくなってしまった。あっという間に消えていってしまった。



 ――この分だと追いつかれてしまうだろう、そう思っていた。サイレンが聞こえるまでは。



『まぁ……情けない賢兄けんけいだこと』


 完全に滞った車の群れの間から、ホバーバイクが飛び出してきた。マーズには一瞥もくれず、追走していく。


「カレンさんッ!」


 通信機越しとはいえ、マーズも背筋が伸びる。意気盛んな呼び声とは対照的に、通信機から聞こえるこえは落ち着いていた。いや、落ち込んでいた。


『違法改造? 妨害罪も上乗せしなきゃね。レイ、その女の子は“ボケボケ”の仲間よ』

『“ボケボケ”? 彼なら6年以上前に死んでいるじゃないですか。まさか今になって我々に復讐を?』


『……話は後。とにかく、あの子を無事に届けること』


 カレンはバイクを快調に飛ばす。速度超過も、ヘックスの職員に許された特権だ。

 やがてバンと、その後ろに付ける女の子の姿が見えてきた。


 彼女は一心不乱に走っている。“拡張体ローデッド”がバネの作用を担い、一歩のストロークを伸ばしているようだ。そのため、一歩一歩の間隔は広く、無理のない走りとなっている。

 カレンも見たことがない芸当だった。


 また、傷だらけになっているバンの右側部を見て、顔をしかめた。


「あの子、まともに狙いもつけずにやったようね……」


『カレン、ジャンクションに差し掛かったら速度を落とします。それまでに片を付けてください』

「もちろん」


 拳銃を持って答えた。ハリーに撃たれたリボルバーは使い物にならない。

 先行する少女も、カレンのほうを確認した。自身に迫る危険を悟ったことだろう。しかし、それでも彼女は走ることをやめない。


「分かったわ。それが貴女の意志ね……?」


 警告はしない。彼女は片手で狙いを付けた。ホバーバイクに振動はない。容易いことだ。

 照準の中に、彼女の姿が入る。そこから進行方向に補正をかけた。



「――ッ!」「爆縮エクスプロージョン!!!!」



 カレンの拳銃が閃光するのと同時に、バンのバックドアが開いた。銃弾は少女を外し、中央分離帯に飛んでゆく。



「ペンデュラム!?」


 バンの中から、身動きが取れずにいるリオンの姿が見えた。少女は彼へ視線を向けている。


 ――マズい。カレンは口の中のカプセルを潰す。



 バンは出口レーンへと差し掛かるため、速度を落とした。慣性でバックドアが閉まりかかる。しかし、それよりも少女が追いつくほうが速かった。

 カレンは判断を下す。膨大な経験から下される、一瞬の選択。



位置逆転スワップ



 結果的に、バンに乗り込んだのはカレンだった。


「やっぱり、貴女たちのことが心配です」


 レイの言葉に微笑みで返して、窓の外側でホバーバイクにまたがる少女を眺めた。自分自身の勝ち誇った顔が薄く反射した。


「アデュー」



 バンはジャンクションを越え、目的地である中央区ユートピアへと到着したのだった。

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