第38話 市中胴上げの刑

 ユースラの街に戻ったユララは、状況を確認するために近場で一番高い建物に登った。一緒についてきたアメリアが何か大きいものを指差す。


「すぐ近くまで来ているようですね」


 ユースラの外壁の向こうに、何か巨人のようなものが迫ってきている。人々もその魔物には気付いているようで、「もうおしまいだ……」「早く逃げねえとっ!」「神よ……」「逃げるってどこによ!」と恐慌をきたしている。ユララも焦燥に駆られて冷や汗を流す。


「なんとかしないと……。ジンは何をしているのよっ」

「ねえねえ、ユツドーさんと仲が良いのですか? どんな御関係?」

「今それどころじゃないんですよアメリア様!」

「はい、すみません……」


 思わず先輩冒険者に怒鳴ってしまってから、ユララはハッと気付く。


「そうだ、アメリア様の魔法! あれで巨人を倒せないんですかっ?」

「倒せますが、もう必要ないでしょう」

「えっ?」


 再び巨人のほうを見ると、巨人がまさに消えようとしていた。誰かがあの怪物を倒したのだ。アメリアが得意気な表情で胸を張る。


「流石はわたくしが育てたユツドーさんですね。こうも簡単に巨人を倒すとは。まあユツドーさんはわたくしが育てたので当然ですが」

「ジン? ジンが倒したのっ!?」


 アメリアはことさらに自分との関係を匂わせるようなセリフを吐いていたが、ジンが巨人を倒したという情報しかユララの耳には入らなかった。


 ユララの大声が民衆にも届く。「ジンって誰だ?」「あれだろ、冒険者のユツドー」「ユツドーのやつがやったのかい? 流石だね!」「うおおおおユツドー!」「ユツドー! ユツドー!」やがてユースラの街全体でジンを称える声があちこちから地鳴りのように響き渡る。


 冒険者ギルドのギルドマスター、ルイザ・ビッグマンが歓喜の雄叫びをあげた。


「ほら、ユツドーのやつが帰ってくるよ! 野郎共、盛大に出迎えてやんな!」



   *



「なんかむさ苦しい奴らが俺の名前を叫んでる……」


 新手の地獄かな? ユースラに帰ってきた俺は、屈強な冒険者たちが俺の名前を叫びながら徘徊しているのを見て引いていた。仕方なくこそこそ隠れて冒険者ギルドに向かうことにする。後ろについてきているカプーヤに耳打ちする。


「おいカプーヤ、目立たないように冒険者ギルドに行くぞ」

「フシャーッ!」


 何度も謝ったが、まだカプーヤは囮にした件で拗ねており、耳と尻尾を逆立ててこちらを威嚇する。


「悪かったって。なんか奢るから許してくれよ」

「ホントに悪かったって思ってるんですか? いくらカプちゃんが超絶頑丈猫耳美少女とはいえ限度がありますよ!」


 でも無傷だったんだからそんなに怒ることなくない? と思っているが、おくびにも出さない。いくら俺でもそれを言ったら人でなしなのは分かる。ひたすらに平謝りする。


「すまなかった、許してくれ」

「しょうがないなー、カプちゃんの言うことを一つ聞いてくれたらいいですよ?」

「……仕方ねえな。覚悟は出来ている。壺は分割払いで買えるか?」

「だから売りませんよ!?」


 違うのか。てっきりパーティを組んで親しくなったあとに絵画とか売りつけてくるタイプの宗教家かと思ってたんだが……。


「ふつーにパーティを組んでくれるだけでいいんですよ。あっ、言っときますけどユースラを出たあとも同行しますからね……うわあ、すごく嫌そうな顔してますね! このカプちゃんと一緒に旅ができるのにそんなに嫌がることあります!?」


 嫌だ……。俺は脳内で赤ん坊のようにじたばた暴れてイヤイヤと駄々をこねた。みっともないので現実ではやらないが。しかし、カプーヤに悪いことをしたのは事実なので、妥協点としてはこの辺が妥当かもしれない。


「まあ、リーダーが俺なら構わないが……」

「すごく不本意そう! センダイでサイゼ、ですよね。分かってますよ!」

「本当に分かっているのか? 今わの際で後悔しなければいいんだけどな」

「なんでいきなりそんな脅すんですか! とにかくもう決まりですからね!」


 カプーヤは自分の要望が通って機嫌が治ったのか、俺の手を掴んで先を急かした。大きな声で。


「ほら早く冒険者ギルド行きますよ! ユツドーさん!」

「あっ、ばか……」


 周囲が一斉にこちらを見る。「ユツドー?」「ユツドー!」「ユツドォォォォォ」「キュポッ!」「ユツドォォォッッッ!」まるで生きた人間に群がるゾンビのように、逞しい身体つきのおっさんたちが俺に集まってくる。


「うおおおおお! カプーヤ、助けてくれ!」


 カプーヤは意趣返しのつもりなのか、にっこり笑うと俺に手を合わせた。血の気が引く。まさか見捨てるつもりか? 逃げる間もなく男たちが胴上げを始める。


「ユツドー! ユツドー! ユツドー!」

「よせよせよせっ! ぐわああああっ!」

「キュポポポポポポポポポッッッ!」

「ぐわああああああっっっ!」


 胴上げにはご機嫌なトテトテも混じっており、俺は胴上げされながら街中あちこちに運ばれ続けた。




 胴上げされてもみくちゃにされながらようやく冒険者ギルドの客室に辿り着いた時には俺の服はボロボロになっていた。英雄のボタンが欲しいとかでボタンを全部もぎ取られてしまっており、浮浪者一歩手前って感じだ。カプーヤが「ひーいっひっひっひッ!」と指差して笑ってくるのが非常に腹立つ。


「あんたなんでそんなボロボロなんだい?」


 ルイザが呆れたような目で俺を見るが、俺だってなんでこうなったのか知りたい。ドアを閉めると、先に冒険者ギルドに着いていた青髪の少女が抱きついてきた。


「ジン!」

「ユララ!」


 胸元に飛び込んできたユララをきつく抱きしめる。街中に魔物の死体があり、激戦の跡が窺えた。ユララに怪我がないか心配だったのだ。


「無事だったか、良かった」

「うん、アメリア様が助けてくれたの」

「アメリア様?」


 ユララの視線を追うと、そこには銀髪の魔法使いがあわわわわわと震えていた。本当にアメリア・スターリングだ。どうしてこんなところに?


「ようアメリア、久しぶりだな」

「え、ええ、お久しぶりです。その、ユララさんとは、どどどどどのような御関係ですか?」


 ユララを抱きしめたままだったことに気が付いて離してやる。どういう御関係と改めて聞かれると難しいな。ただのパーティ仲間……というと少し薄情な感じがする。


「一言で言うなら、大切な仲間ひとだな」

「うふ、うふ、うふふふふふふふふ」


 突然壊れたように笑いが止まらなくなったアメリア。カプーヤが「アメリア様ー!」とアメリアを揺らして正気を戻そうとするがダメそうだ。というか知り合いだったのか……はっ! 勘の良い俺は気付いてしまったのだが……。


「もしかしてカプーヤってスパクア教徒?」

「えっ、今? 今ですか? 最初に言ったじゃないですか……あっ、言ってないかも! でも普通はこのスパクア教の服を見れば分かるんですよ!」

「この世界の服にあんまり詳しくねえからなあ」

「そうでした! 異世界転移者ですもんね!」


 今更だけどカプーヤが俺のことを異世界転移者だと知っていたのはスパクア教徒だからか。アメリアから色々聞いていたのかもな。


「じゃあ今までカプちゃんのことを何だと思っていたんですか?」

「怪しい野良宗教家」

「オイッ!」


 素性を知るとそんなに怪しく無い気もしてくる。今まで悪いことをしたかもな。


 それにしても今日は疲れた。本当ならユースラを旅立つ予定だったのに、魔物の群れ掃除に死体の巨人退治。夜になってしまったことだし、今日はもう一晩ユースラに泊まっていくか。と、丁度よいタイミングでルイザが何か紙を差し出してきた。


「ユツドー、今日はユースラに泊まっていくんだろう? 街を救ってくれた英雄に宿の招待だよ!」

「おっ、気前いいな。しかもこれ……虹色亭じゃねえか!」


 ユースラで一番高い塔にある温泉宿の招待券だ。使える日付は本日。俺は天啓クエストの報酬を思い出した。


『このクエストをクリアすると高確率で新たな温泉に入れます』


 魔鬼からユースラを守ったことで、虹色亭に泊まれるようになったわけだ。天啓魔法ってのは未来を予測して温泉に入れる可能性の高い行動を教えてくれる魔法ってことだろう。ルイザが男前にニヤリと笑う。


「取っときな。前と違って、正当な報酬なら受け取るだろ?」

「ああ、助かるぜ。ところでこの招待券、四枚あるんだが」

「虹色亭から街を守った英雄への招待だからね。あんた、カプーヤ、ユララ、アメリア宛だよ」


 なんか……大丈夫なんだろうな、そのメンバー。俺は宿に泊まる顔ぶれに一抹の不安を覚えた。

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