第37話 vsギャラゴ その5

「あのーユツドーさん、このままだとあの巨人、温泉の近くに行かずに通り過ぎそうじゃないですか?」

「そうだな……」


 ユースラへと向かう巨人を追いかけながら考える。この街道を行った先、少し外れた場所にたしか温泉はあったはずだ。何もせずに巨人が温泉の近くに行ってくれるのが一番良かったのだが、この進路だとダメそうだ。ざっと数十メートルは離れたところを通過してしまう。


 あの魔法は温泉の近くでないと使うことができない。どうにかしてギャラゴを温泉の近くまで追い込む必要がある。


 俺は火球魔法を放ってみた。巨人の足元にヒットするが、巨人は気にせずにそのまま歩いていく。狙いはあくまでユースラの人々で、俺たちを相手にすることはないということだろう。そこに違和感を覚える。俺たちを相手にしない……本当にそうだろうか?


「あの巨人、カプーヤのことを虫みてーに踏み潰したよな?」

「カプちゃんを虫に例える必要ありましたか?」


 あの時、巨人は進路を曲げてあえてカプーヤを攻撃してから去っていった。何故だ? その直前、カプーヤは何をしていた? 思い出したのはカプーヤが放った魔法の光線だ。


「そうか、カプーヤの攻撃は効いていたんだ。だから鬱陶しく思ったギャラゴはカプーヤを踏み潰した。さながら夏の蚊の如く」

「今この超絶猫耳美少女を蚊に例えましたか?」

「カプーヤ、あの光線みたいな攻撃はまだ撃てるのか?」

「魔力は残ってるので撃てますよ。疲れるのであんまり撃ちたくないですけど」


 となるとカプーヤに光線を撃ってもらって囮にするのが一番良いか。カプーヤに計画を話したところ、めちゃくちゃ嫌そうな顔をされてしまった。


「それ、カプちゃんが囮になったらまた踏み潰されませんか?」

「俺に考えがある。ギャラゴを引き付けて温泉の近くまで来たら待機してくれ」

「まあそれならいいですけど……」


 大まかな作戦は出来上がった。俺たちは巨人討伐に向けて動き出した。



   *



 ギャラゴは屍の巨人の中で、ユースラの街を襲っていた魔物の群れが倒されてしまったのを感知していた。


(本命のほうがやられてしまいやしたか……)


 西方面から襲う魔物たちの中にはレベル40以上のものも混ざっていた。事前に調査していたユースラの戦力では倒せない魔物だ。想定していた以上の魔法使いがユースラの街を守っていたということだろう。まあそれも別に構わない。ユースラを襲ったのはただの暇潰しにすぎない。失敗したのなら、次はもっと上手くやるだけだ。


 街道沿いを歩き、たまにある木々は踏み倒しながら屍の巨人で進攻する。

 人間たちの区分ではギャラゴは屍術使いというのに該当するらしい。闘争と死の女神タナトゥーアの紋章を魔法象徴シンボルとした魔法行使は、ただの魔物の死骸を驚異的な巨魔人へと変貌させる。


 この巨人で、ユースラの街を踏み潰す。人間たちをプチプチ潰すのはさぞや快感だろう。ギャラゴはそう嗤い――次の瞬間、驚異的な魔力量による攻撃を受けた。


 巨人の胴体に穴が空いている。まさか先ほど踏み潰したスパクア教徒、生きていたのか? 慌てて周囲を見る。巨人の素材に使われている魔物の無数の瞳はそのまま視覚として使える。複数の視界を使うと混乱するため普段は使っていないが、こういう時に死角を消すことはできる。


 案の定、猫耳のスパクア教徒が逃げていくのが見えた。大半の攻撃は受けても自動で再生するため問題ないが、あのスパクア教徒の攻撃はまずい。巨人の身体を貫通する一撃は、巨人の再生以前に核となっているギャラゴ自身がやられてしまう可能性がある。


 ――今度こそ踏み潰してやりやしょう。


 ギャラゴは屍の巨人でスパクア教徒を追いかけ始めた。



   *



「ひぃぃぃぃぃっっ! 走ってます、走ってますよあの巨人ッ!」


 大きな歩幅で歩いているだけだった死体の巨人は、今はカプーヤに向けてまっしぐらに走ってきていた。カプーヤもまた半泣きで全力疾走している。カプーヤの先に見える岩場には温泉があり、俺はそこで待ち構えていた。


「びぇぇぇ! どうしてカプちゃんがこんな目にぃぃぃぃ!」

「いけるいけるいける! 頑張れカプーヤ、お前ならやれるっ!」


 適当に応援したところ、カプーヤのやる気に火がついた。


「ようやくカプちゃんの凄さに気付いたようですね! やってやりますよウオオオオオオッ!」


 カプーヤが足に魔力を込めてさらにスピードを上げる。ギリギリ巨人が追いつくか否か、というところでカプーヤは温泉のそばに滑り込んだ。


「やりましたよユツドーさん! それでこの後はっ!?」


 この後は……この後はカプーヤを助ける手段はない。カプーヤの信頼の瞳から俺は目を逸らした。すまんカプーヤ、ユースラの人々のためにもう一回だけ耐えてくれ。あれで無傷だったんだから大丈夫だろう多分。今度酒でも奢ってやろう。俺はカプーヤに手を合わせた。


 自分の末路に気付いたカプーヤが叫ぶ。


「オオオオオイッ! ユツドーさん、それはないでしょう許しませんよ次に会う時はディズレンの法廷だからなこのヤロウッ! ――グエッ」


 カプーヤが死体の巨人に踏み潰される。俺は魔法を発動しようとしたが、まだ少しだけ距離が足りない。どうにかして押し込まなくては――「キュポッ!」瞬間、トテトテが巨人の足に突撃した。


「頼むトテトテ!」

「キュポポポポポッ!」


 俺も従魔魔法でサポートする。従魔魔法によるステータス強化がトテトテにかかり、トテトテのタックルがほんの少しだけ巨人の足を温泉のほうに押し込む。あともう少し。


「うおおおおおおっっっ!」


 俺は右拳に魔力を込めて、思いっきり巨人の足をぶん殴った。アメリア直伝の魔力運用によって強化された拳が巨人に叩き込まれる。魔力と魔力がぶつかり合う激しい轟音と共に、巨人のつま先が押し出され、温泉に触れる。これで条件は整った!


「うははっ、いいね!」


 俺は温泉浄化魔法を発動した。


 この浄化魔法は、温泉だけでなく温泉の近くのものも浄化するのだ。つま先を温泉に浸した屍の巨人を対象にして温泉浄化魔法が干渉する。女神スパクアによってもたらされた浄化の光は、みるみるうちに死体を神聖の光で溶かし、吹き飛ばしていく。


 巨人のつま先、太もも、腹部、胴、そして頭部。温泉浄化魔法がその全てを消し飛ばしていく。屍の巨人は光の粒子となって拡散していった。後にはギャラゴ、そして地面にめり込んだカプーヤだけが残った。


「いやあ、驚きやしたね。ここまで強力な浄化魔法をお持ちでしたとは」


 ギギギ、とギャラゴが笑う。


「短剣の生成、斬撃を飛ばす、火を操る、浄化の魔法。いったいどんな魔法象徴シンボルならこんな芸当ができるんですかね」

「さあな」

「当ててみせやしょうか……と言いたいところですが、そろそろ時間切れですかね」


 ギャラゴもまた、死体の巨人のように温泉浄化魔法で溶けかかっていた。ゴブリンの身体が光の粒子となって消えていく。真実を察した俺はため息をついた。


「てめー、その身体も死体か。最初っから本人じゃなかったわけだ」

「ギギギ、楽しかったですよ、ユツドーさん。また機会があったらお会いしやしょう」


 そう言い残すと、ギャラゴの身体は霧散した。



【天啓クエスト『ユースラの街を魔鬼から守れ!』をクリアしました】

 防御力強化魔法がレベル2に上がりました。

 毒防御魔法がレベル2に上がりました。

 麻痺防御魔法がレベル2に上がりました。



「ふぅぅぅ。どうにかなったか」


 安堵して座り込む。するとどこからか「ダズゲテ……ダズゲテ……」という声が聞こえ、俺とトテトテは顔を見合わせて首を傾げた。少し考えてから、カプーヤのことをすっかり忘れていたことに気付く。地面に埋まって恨めしい声を上げているカプーヤを俺は慌てて掘り返しにいった。

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