第36話 vsギャラゴ その4

 アメリア・スターリングは夜は早く寝て朝は遅く起きる。一日に十時間は寝ないと満足できない体質であり、朝は起きたくないと駄々をこねては側近たちを困らせている。にも拘わらず。


「最近は九時間しか寝れていません。これが恋煩い……」


 この場に側近のヴァイオラがいれば「絶対違います。普段から寝すぎです」と突っ込んでいただろうが、ユースラに来たのはアメリア一人であった。何故なら積んでいる仕事を全て投げ出して逃げてきたからである。言ってはいけない汚らしい単語を吐いて怒り狂っているヴァイオラの姿が容易に想像できる。


「うふふ、絶対怒ってますね。どうしましょう。……まあカプーヤさんのせいにしますか」


 そもそもの発端はカプーヤの報告にあった。


『ところでアメリア様。仮に、仮にですよ? ユツドーさんと仲の良い女の子がいて、ユツドーさんがその女の子のご実家に泊まっている、としたらどうします?』


 まさかそんなはずはない、と思いつつも、気になって仕方がない。気になって夜しか眠れない。今日もお昼寝できなかった。そんな訳でアメリアは影からこそっとユツドーを観察するためにユースラに来たのであった。


「それにしても今日はお祭りかしら?」


 ユースラの街の中を歩きながら、辺りを見回す。魔物たちが暴れ回っているのは何かの行事だろうか? たまにアメリアのほうにも魔物が襲いかかってくるが、何かに頭を撃ち抜かれたように動きを止めて命を散らしていく。アメリアの魔法行使だ。


 少し小腹が空いたので、魔物に襲われていた屋台の店主を助けて声をかける。


「すみません、ヂツノーペを一つ頂けますか?」

「えっ? ああっ、助かったよお嬢ちゃん。代金はいらねえから持っていきな」

「うふふ、ありがとうございます」


 はしたないかしら、と思いながら大きく口を開けてヂツノーペを頬張る。少し冷えているがそれでも香ばしい肉が美味い。食べ歩いている間も、アメリアの周りの魔物たちは勝手に倒れていく。


 ユツドーを探すついでに魔物を倒しながら歩いていると、旧知の間柄の老婆を見つけた。老婆はその巨体でホワイトウルフをちぎっては投げちぎっては投げている。


「こんにちは、ルイザさん。楽しそうですね」

「これが遊んでいるように見えるのかい!? 良いところに来たねアメリア、手伝っていきな!」

「わたくしも今は忙しいのですよね。ユツドー・ジンさんという方を探しているのです」

「あんたユツドーと知り合いなのかい?」

「知り合い、よりも深い仲とでもいいましょうか」


 自分で言ってから照れてしまう。照れ隠しにその辺のゴブリンの頭をもいでぶん投げる。ゴブリンの頭は何匹もの魔物を貫きながら飛んでいった。


 アメリアとルイザの戦闘を間近で見ていた周りの冒険者たちは「やべえ、全天のアメリアだ」「聖女のルイザ様ってこんなおっかねえのかよ」「素手で魔物を引きちぎる女が二人揃うことあるか?」と震え上がっている。


 ルイザもまたゴブリンを引きちぎりながら、アメリアを見て呆れたように言う。


「相変わらずの馬鹿力だね。その品性の無い戦い方で東の巨人か西の群れをどうにかしておくれよ」

「東の巨人に、西の群れですか?」


 そんなものが来ていたとは全然気付かなかった。アメリアは一定以下の魔力を感知するのが苦手だ。低レベルの魔物がアメリアを傷つけることは出来ないため、苦手というよりは感知する必要がないというほうが正しいかもしれない。


 魔法を使って遠視してみる。天から見下ろすような視点で東を見ると、確かに巨人のような魔物が歩いていた。そこに「ウオオオオオオッ!」と果敢に突っ込んでいくカプーヤが見えた。


「うふふ、頑張っているようですね、カプーヤ」


 微笑ましく見守っていると、カプーヤは「グエッ」と巨人に踏み潰された。アメリアは見なかったことにして今度は西のほうに視点を移した。


 西からは三百体ほどの魔物の群れが迫ってきていた。このままではすぐにユースラに到達するだろう。よくよく見てみると、魔物と戦う青髪の剣士の姿が視認できる。少女は満身創痍であり、このままでは遠からず魔物に食い殺されるであろう。


 アメリアは見知らぬ少女を助けることに決めた。


「わたくしは西を対処します。東のほうはユツドーさんがどうにかするでしょう」

「ユツドーがあの巨人を? 知り合いなのに助けなくていいのかい?」

「あの程度の魔物を相手にして死ぬようなつまらない男ではありませんよ」


 ちょうど黄昏時となっていた。アメリアの魔法象徴シンボルは昼と夜とでは魔法系統が全く別のものになる。しかしその境目の時間では両方を使用できるのだ。


「それでは行ってきます」


 アメリアは気軽にそう言うと、青髪の少女の元に跳躍した。カプーヤの気配遮断とは全く異なる、本物の瞬間移動、座標転移魔法である。魔物の攻撃が直撃しそうになっていた青髪の少女を抱えあげて助けると、またもや座標転移して、魔物の群れから離れた場所に少女を降ろす。驚いた表情の少女にアメリアは自己紹介をした。


「わたくし、アメリア・スターリングと申します。あなたは?」

「ユララ・ユースラです。アメリア様って……あの!?」

「うふふ、わたくしもどうやら有名になりすぎたようですね。サインはどこに書きましょうか?」

「”最強の冒険者は誰かランキング”と”絶対結婚したくない冒険者ランキング”で二冠のっ!?」

「後者は忘れてください」


 しかも後者のランキングは二つ名別の集計であったため、一位『全天のアメリア』から十位『星堕としのアメリア』まで全てがアメリアであった。ランキングを主催したルイザを襲って七日七晩戦ったのは今も冒険者たちの語り草になっている。


「それにしても驚きましたね。一人であれだけの魔物を減らすとは」


 ユララに回復魔法を使いながら褒め称える。動かなくなっていた両手も片足もその全てが治っていく。これほどの怪我を負いながら、ユララは魔物の数を半分以下にまで減らしていた。街にいた魔物よりも遥かにレベルが高い魔物たちだ。おそらく一番の本命であっただろう魔物群をユララは一人で相手取っていたことになる。末恐ろしい少女だ。


「でも、全滅はしていません。早く倒しに行かないと……」

「心配する必要はありませんよ。すぐ終わりますから」


 ここまで後輩が頑張ったのだ。冒険者の先達として、多少は良いところを見せなくてはならない。


 アメリアは魔物の群れに向き合うと、防御魔法を大地に展開した。通常の魔法使いとは違い、アメリアの魔法行使はそのほとんどの工程を威力を抑えることに使う。魔法が強すぎるからだ。


 スパクア教正神派大司教アメリア・スターリングの魔法象徴シンボルを知らぬ者はいない。魔法象徴シンボルは魔法使いにとって己自身とも言える物だ。ユララ・ユースラがその剣に己の誇りを見出したように、カプーヤ・リコールカがその十字架に生涯の忠誠を誓ったように、文字通り己の象徴であると言い切れる魔法象徴シンボルをもって魔法使いは魔法を行使する。


 幼き日のアメリアはこう祈った。


「ならばわたくしの象徴は、この天の全てでありましょう」


 昼は太陽、夜は月と星々、その全てを魔法象徴シンボルとして独自の魔法を行使する魔法使い。神をも恐れぬ傲慢にして不遜な銀色の魔法使いを人々はこう呼ぶ。『全天』のアメリアと。


極大流星魔法ゼ・メテオル


 アメリアの魔法行使と同時、星が降った。


 視認すら出来ない超速の流星が魔物の身体を打ち砕いていく。アメリアが最も得意とする牽制魔法である。とはいえアメリアは武闘家であり、その本質は接近戦にこそある。冒険者の後輩の前でアメリアは張り切っていた。次はどの魔法を使おうと心を躍らせながらユララに語りかける。


「うふふ、これからですよ。見ていてくださいね、武闘家の魔力の使い方は剣士の参考にもなるはずですから」

「いえ、あの、もう終わったみたいですけど」

「……え?」


 よく見ると魔物たちは全滅していた。ぜ、脆弱……。アメリアは膝から崩れ落ちた。しかし、倒してしまったのは仕方がない。アメリアはせっかくなので巨人のほうも見に行くことにした。もしかしたらカプーヤも生きているかもしれない。


「仕方ありません、ユツドーさんのほうを見学に行きますか」

「えっ、ジンと知り合いなんですか? そうだ、ジンは無事なんですか?」

「……」


 ジン……? えっ、そんな親しげな呼び方を? そそそそそそんなに仲が良くいらっしゃるのっ!? 魔物の群れと遭遇しても全く動揺しなかったアメリアは、ユララの発言で震え上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る