第15話 ユララと洞窟温泉
トテトテを外に待たせて、ユララと二人で洞窟の中に入る。洞窟の中は意外にも明るかった。等間隔に光る魔石のようなものが照明として設置されている。ゴブリンたちが置いたものだろうか。
ユララに肩を貸しながら一本道の洞窟を進むと、すぐに温泉に辿り着いた。岩に囲まれた温泉は少し狭いが、二人なら入れそうなサイズだ。ゴブリンの垢のようなものが湯に浮いていて顔をしかめたところで、温泉浄化魔法を覚えていたことを思い出した。
温泉浄化魔法を使いながら、ユララに声をかける。
「ちょっと待ってろ、掃除する。服はどうする?」
「……脱げそうに無いわね。鎧だけ外して後はそのまま入るわ」
左腕が折れたままだと服を脱ぐのは難しいだろう。ユララが鎧を外している間に、温泉浄化魔法で掃除していく。この魔法は湯だけでなくその周辺も掃除してくれるらしく、周囲の岩の汚れなども綺麗になっていった。湯に浮いた虫の死骸などもさっぱり消える。なかなか便利だな、この魔法。
浄化していて気付いたが、湯の濁りがいつまでも取れない。これは元々こういう湯らしい。
「うははっ。赤湯か」
「あはっ、楽しそうね」
思わず笑みを零してしまったのをユララがからかってくる。しまった、ユララの傷を治すのが目的なのに湯に夢中になってしまっていた。俺は手早く服を脱ぐと、湯気を立てる温泉の中に足を入れる。
軽鎧を外し終わったユララも、布地の服を着たまま一緒に入ってきた。岩の湯船が狭いため、肩と肩が触れ合う。
「ふうぅぅぅ」
洞窟の中なので景色は期待していなかったのだが、青白い魔石の照明が洞窟の中を美しく照らしていてなかなか悪くない。熱めの温度の湯が戦闘の疲れを溶かしていく。
【従魔魔法を獲得しました】
【レベル12に上がりました】
メッセージが表示されて、温泉魔法がちゃんと機能していることを確認する。ユララの傷も癒えているはずだが、様子はどうだろうか?
「傷のほうはどうだ? ユララ」
「すごい、こんな簡単に傷が癒えるなんて……。こんな魔法見たことないわ」
どうやら問題無さそうなので、俺はゆっくり湯を楽しむことにした。けっこう入り心地が良いな。この岩、天然じゃなくて、もしかしたら誰かに加工されたものかもしれないな。温泉はただ入るだけではなく、今までに誰がどんな手を加えてきたのかを想像するのも楽しいものだ。そんなことを考えていると、ユララが立ち上がる。
「ジン、目を瞑っていて」
「?」
言われた通りに目を瞑ると、ユララが動く気配と、濡れた布地がベチャと岩場に置かれる音がする。再度ユララが温泉に入ってくると、滑らかな少女の肌が腕に当たった。
「服を着たままだと気持ち悪いから脱いだの。あっ、こっち見たら殺すわよ」
「はいはい」
「そこまで興味無さそうなのも、これはこれで腹立つわね……」
熱い湯と洞窟内の景観を楽しむので忙しいのだ俺は。ぼーっとしながら湯を楽しんでいると、ユララがこちらに寄りかかってきた。
「その、助けてくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
「死ぬところだったわね、あたし」
触れ合った肌からユララが震えているのが伝わってくる。今頃になって死の実感が湧いてきたのだろうか。恐怖に震えるユララをどう慰めようか考えているうちに、勘違いしていることに気が付いた。ユララは耐えきれないように口を押さえている。「ふふ、ふふふふふふっ」これは、もしかして。
「あはっ、楽しい」
ユララは笑っていた。熱に浮かされたように楽しそうに話す。
「痛みも、熱も、すごく生きているって感じがするわ。知ってる? 勇者パーティはね、色々な苦難を乗り越えて魔王を討伐したの。やっぱり冒険には、死の危険が身近に無くちゃ嘘よね」
ユララが笑うたびに腕やら足やらが擦れあって少女の体温が伝わってくる。戦いが終わってハイになってるのか、それとも共に危険を乗り越えたことで親近感を覚えているのか、肌が触れ合ってもユララが気にする様子は無い。
ユララは「あー焦った」と笑い続けている。命を落としかけたことは、この少女にかかれば楽しかったってことになるらしい。俺とは真逆の価値観だな。
「いやー俺はもっと安全にのんびりな旅をしたいね」
「えー、そんなのつまらないわ」
口をとがらせるユララ。危うい考えを持つ少女だ。それともこの異世界ではこっちのほうが普通なのか? その考えがいつか身を滅ぼさなければ良いのだが。少しばかり心配していると、またレベルが上がった。
【レベル13に上がりました】
「それにしてもレベルがどんどん上がるな」
「温泉に入っていると経験値が貰えるのよね? レベルがもっと上がるまで、ずっと温泉に入っていたほうが良いんじゃないの?」
「んー、俺にとってはそれは違うんだよな。温泉に入るついでにレベルが上がるから良いのであって、レベルを上げるために温泉に入るのは主従が逆転してるだろ。それじゃあ温泉が楽しめなくなる」
「ふーん、そういうものかしら」
あくまで目的は温泉であって、レベル上げや魔法集めはそのための手段にすぎない。もちろん快適な旅のために多少はレベル上げが必要になることもあるだろうが、こういった感覚を俺は大事にしたいと思っている。食う、飲む、湯に浸かる、寝る、を楽しむのが重要で、戦うは余分なのだ。
「ねえ、しばらくはユースラにいるの?」
ユララが問いかけてきて、俺は今後の予定を考える。
「そうだな。金を稼ぐのと、あとは街中での温泉巡りかな」
「それじゃあユースラの中を案内してあげるっ! 滞在している間は一緒に冒険もしましょっ、ねっ、いいでしょ?」
「んー」
今回は俺がユララを助ける形になったが、逆だった可能性も充分あり得る。二人以上のパーティを組むメリットはあるんだよな。これから知らない人間に声をかけてパーティを組むことを考えるとそれだけでげんなりしてくるので、もう顔見知りのユララと組むのはアリかもしれない。
ただ、俺の目的はあくまで温泉なので、それに沿った形の依頼を受けたいところだ。
「冒険者ギルドで受ける依頼は俺が決める。それでいいか?」
「いいわよっ、決まりねっ!」
嬉しそうにユララが快諾する。ユースラにいる間はしばらく一緒にいることになりそうだ。
その後、しばらく俺たちはゆっくりと湯に浸かった。ユララの傷が癒えたことを確認してから、洞窟を出る。服を乾かして、ゴブリンたちの死体を収納魔法でしまってから帰路へ。
いよいよユースラの街に入る時が来たようだ。
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