第14話  vsゴブリン

 目測できるゴブリンの数は二匹、ゴブリンの近くの斜面には苔の生えた大きな穴が空いているのが見える。


「あれは……洞窟か?」

「そうね。あの洞窟をきっと住処にしているのね。外に出ている二匹はおそらく見張りでしょう」

「どうやって倒す?」


 ユララは「当然」と不敵に口角を釣り上げた。


「正面突破でしょう」


 ユララは剣を構えると駆け出した。疾い。両足に魔力を込めて脚力を高める動作を極自然にやっている。これなら一匹は任せても問題無さそうだ。俺もユララの後を追って走る。


「ハァッ!」

「ギギッ!?」


 ゴブリンがユララに気付いて棍棒を構えるが、もう遅い。ゴブリンの防御が間に合う前に、ユララは一撃でゴブリンを両断した。同時に俺も、もう一匹のゴブリンを思いっきりぶん殴った。肉のひしゃげる感触と首がへし折れる音、人型の生命を奪った感覚がこれでもかと伝わってくる。夢に見そうだ。


 見張りの異変に気付いたのか、洞窟の中からもゴブリンがぞろぞろと出てくる。一、二、三、四……十匹はいる。討伐依頼はゴブリン五匹だったはずだが。


「多くないか?」

「たくさん斬れて嬉しいわねっ!」


 俺がげんなりしながら言うと、ユララは目を輝かせながら答えた。仕事が沢山あるほうが嬉しいタイプか。ちょっとパーティを組むのは早まったかもな。


「撤退は?」

「当然しないわっ!」


 まあそうだろうな。俺はゴブリンに鑑定を使う。一番レベルが高いやつでもレベルは5、俺の半分以下のレベルだ。充分に安全圏内であることを確認して、俺は戦闘続行に賛成した。ゴブリンの群れに駆けながら、トテトテにも指示を出す。


「トテトテ! 端のほう頼む!」

「キュポッ!」


 トテトテが白く丸い巨体を使って端のほうにいるゴブリンを押し倒し、くちばしで突く。そのトテトテに襲いかかろうとしている別のゴブリンを俺がぶん殴る。ユララのほうを見ると、三匹のゴブリンの攻撃を華麗に避けながら反撃で斬り伏せているのが見えた。


 正面突破を提案するだけあって強い。あれなら心配無さそうだ。


 俺はトテトテと連携しながらゴブリンを一匹ずつ倒していく。ユララのほうも順調にゴブリンを倒していき、残り二匹になったゴブリンが劣勢を悟ったのか「ギギッ!?」と洞窟の中に逃げ込もうとした。


「待ちなさいっ!」


 ユララが驚くほどの速度で踏み込み、背中を見せていたゴブリン二匹を同時に横一文字に斬り飛ばした。上半身を失ったゴブリンの身体から血が噴き出る。無事にゴブリンを全滅させて俺たちはほっと一息つき――その瞬間、ユララの身体が吹き飛んだ。ユララの小柄な身体が宙を舞い、勢いよく大樹に叩きつけられる。


ッ!?」

「ユララッ!?」


 洞窟の中から、のそりと大きなゴブリンが出てくる。その背丈は倒したゴブリンたちよりも遥かに大きく、俺たちと同程度にはある。こいつがユララを棍棒で殴打して吹き飛ばしたのだ。俺は即座に鑑定、



【名前】ビッグゴブリン

【レベル】10



 ゴブリンたちよりも倍はレベルが高い魔物であることを判定する。俺はビッグゴブリンに警戒しながら、咳き込んで立ち上がる様子の無いユララに声をかけた。


「おいユララ、大丈夫か?」

「ごめん左腕と肋骨折れた。そいつビッグゴブリンよ、勝てないからジンだけ逃げて」


 油断していたところにもろに攻撃を食らったらしい。視界の片隅でユララのほうを少しだけ見ると血も吐いている。痛みに涙を零しながらも俺を逃がそうとするユララを見て、俺はふと前世で会社を追い出された時のことを思い出した。


 同僚や部下たちに裏切られて不祥事を押し付けられた時、俺は怒りよりも失望を覚えた。ああはなりたくない、と強く思ったのは覚えている。仲間を裏切るような外道にだけは堕ちたくない。


 一時的にとはいえパーティを組んでいるのだ。ユララは俺の仲間だ。


「逃げるか阿呆アホウ。俺は仲間を見捨てねえ」

「ダメ! 逃げてジンッ!」


 ビッグゴブリンが咆哮をあげて俺に襲いかかってくる。こちらの頭蓋を砕かんと大きく棍棒を振り上げる。俺はそれに合わせるように右手をかざした。これだけ近ければ当たるだろう。


 俺は火球魔法を解き放った。燃え盛る火球がビッグゴブリンに直撃する。さらに火球を連発、畳み掛けるように俺は拳を握って踏み出す。


 どつきあいといこうじゃねえか。


「オオオォォォッッ…………オオッ?」


 これから戦闘が始まると思っていた俺は、ビッグゴブリンがゆっくりと倒れていくのを見て戸惑った。


 焼け焦げて地面に倒れたビッグゴブリンは確かに死んでいる。弱い……のではなく俺が強いのだろうか? もしかしたら女神スパクアの権能は俺が想像しているよりも強いのかもしれない。


「嘘……倒しちゃった……」


 ユララが目を丸くしてこちらを見ている。折れてぶら下がった左腕を押さえている姿が痛々しい。早く治療しなくてはならない。俺はユララに手を差し伸べた。


「ユララ、立てるか?」


 ユララが立ち上がるのを手伝いながら、俺は洞窟のほうを指差した。大穴の中に、微かに温泉の気配がするのを俺は感じていた。


「たぶん洞窟の中に温泉がある。そこで怪我を治そう」

「う、うん……」


 ユララは頬を紅潮させて頷いた。

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