第27話 新年の宴


 ――年が明け、多くの儀式の後に、新年を祝う宴が天寧宮の大広間で開催される。

 鈴花の目の前では、宴の華やぎが広がっていた。


 楽団の音楽が空気を揺らし、舞い踊る人々の衣装が光と影で彩られていた。中央では色鮮やかな龍と鳳凰の人形が絢爛な舞を披露している。


 大広間には、後宮に住まうものだけではなく、貴族たちも集まっている。

 もちろん皇帝も出席しているが、御簾の向こう側にいるため、影しか感じられない。


 鈴花は思わず焔の姿を探したが、彼はどこにもいなかった。


(いかん、余計なことを考えるな)


 四妃も全員が美麗な装いを調えて、並んで宴を見つめていた。鈴花もその一員として、微笑みを浮かべてその場に座る。


 特に玄静麗の美貌はひときわ眩しく、多くの貴族の視線を引きつけていた。その瞳は宝石のように煌き、月明かりのような輝きを放っていた。


 そして、宴の盛り上がりが最高潮に達したころ、玄家からの献上品である龍泉水が大広間に運び込まれてくる。

 初代皇帝が龍の姿に戻ってもたらしたと言われるその水は、奇跡の力を持っていると信じられている。


(あれが、本物の龍泉水か……)


 きっとほとんどのものが鈴花と同じ気持ちを抱いているだろう。

 伝説の霊水が、いま、この場にやってきている。

 大広間が一瞬、緊張と興奮で静まり返る。


 大勢が見守る中、毒見が済まされ、四人の毒見役によって無毒と判定される。

 その後、順番に龍泉水が運ばれていく。

 皇帝と鈴花たち四妃にも、龍泉水が届けられる。


 青白い磁器の細い注ぎ口から、この日のために特別に作られた白磁器に、透明で澄んだ水が注がれる。


 皇帝の一声を持って、全員が白い磁器の杯を手にする。


 鈴花も口元にその水を運ぶ。

 よく冷えた無色透明の水からは、わずかに甘い香りが感じられた。その液体は舌を潤し、内なる疲れさえも癒していくようだった。

 そして喉を通り過ぎた瞬間、熱い刺激が喉に響く。驚きで杯を下ろすと、その刺激はやがて温かな感触に変わり、体中に広がっていく。


(本当にただの水なのか……? なんとなく、酒に似た味わいだ……)


 鈴花はわずかに眉を顰め、器に残る水を見つめる。

 ゆらゆらと揺れる水面は、まるで何かの生き物のようにも感じられた。


(こんなものが自然に湧き出すのなら、なるほど確かに、奇跡の水だな……)


 龍泉水の影響か、宴の熱に当てられたか、少しずつ、頭がふわふわと軽くなっていくような感覚に包まれる。

 周りもなんだか遠くなるような、そんな錯覚に囚われる。楽器の音や笑い声、踊る人々の声も、どこか遠くになり、すべてが何となくぼんやりとして見えた。


 宴は更に盛り上がっていく。

 すべてが美しく感じられ、光がいままで以上に煌めいて見える。心地よい酩酊感のようなものが感じられ、宴が一層華やかなものになっていく。


 その光景を楽しんでいる鈴花の元へ、玄静麗がやってくる。

 謙虚な笑顔で小さく頭を下げ、鈴花の目をじっと見つめた。


「龍泉水はお気に召していただけましたでしょうか」

「ええ、もちろん。かの伝説をこうして口にできる日が来るなんて、思ってもいませんでした」


 鈴花は素直な感想を口にする。


(それにしても、本当に美しいな)


 玄家は龍泉水の湧き出る地を管理している名家だ。

 貴族というよりも、神に仕える巫女に近い。

 そのせいか、顔にも、表情にも、所作にも、どこか浮世離れした神秘的なものを感じる。内側から光り輝いているかのようだった。


「わたくし、白妃様とお会いできて光栄です。月瑛姉様からの手紙に、白妃様がどれだけ素晴らしい御方か、たくさん書かれていましたので」

「私のことがですか?」

「はい。ですからずっと、どのような御方なのかと想像しておりました」


 随分と蒼月瑛と親しいらしい。

 呼び方も、文を熱心に交わしていることも、それを示唆している。


(遠い親戚と言っていたしな……)


 ――それを言えば、貴族のほとんどが姻戚関係を結んでいる。ほとんどの貴族は親戚同士のようなものだ。

 ただ、白家はそういう婚姻政策とはずっと無関係で来ていたので、貴族と親戚関係はない。


 白家の人間で、後宮に迎えられたのも、鈴花が初めてだ。


(しかし、文に自分のことが書かれているとなると、少し落ち着かないな)


 いったいどんな風に書かれているのだろうか。


「想像よりもずっと美しい御方で、わたくしもすっかり白妃様の虜になってしまいました」

「ありがとうございます。私も、玄妃の美しさについつい見惚れてしまいます……」


 玄静麗がふわりと微笑む。やはり、目を奪う美貌を持っている。


「これからどうぞよろしくお願いいたします、白妃様」

「ええ、こちらこそ」

「わたくしは、このあたりで失礼させていただきますね。それでは……」


 一度だけ皇帝のいる御簾の方を見て、すっと立ち上がる。

 何とも言えないなまめかしい雰囲気が、一瞬だけ漂った。


(皇帝も、玄妃の美貌を気に入るだろうな)


 鈴花自身、魅了されてしまいそうな美しさだ。

 どんな男も、女も、目を奪われる。


(――だが、その方がいい。一日でも早く、子を成してもらいたいところだ。それにしても、蒼妃にも強力な好敵手が出現したものだ……)


 他人事のように思う。

 そして実際、他人事だった。


 いまだ寵愛を受けていない鈴花は、敵とも思われていないだろう。


(いったい誰が皇妃の座につくことやら)


 宴は賑わいを増しながら続いていく。




 ――異変は、その翌日から起こった。


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