第18話 結末




「天寧宮の地下で、たくさんの人骨が見つかったらしいですね」


 もはや習慣となっている東宮での蒼月瑛との茶会で、緑色の茶を淹れながら蒼月瑛が言う。


 ――あの地下室を見つけて以来、幽霊騒動は収束した。

 時折食べものが消えるらしいが、それは潜り込んだ狸や狐の仕業だろう。


「大昔の墓地だったようですわね。その中には、道ならぬ恋人たちのものもあったとか……」


 蒼月瑛は憂いを帯びた顔で、そっと息をつく。


 ――いつもより、顔色が悪い。精緻な化粧で隠しているが、疲れがどうしても滲み出ていた。あまり眠れていないのかもしれない。


(そういうことになっているのか……まあ、真実は誰にもわからないからな)


 鈴花が焔に語った説も単なる仮説だ。


 後世の歴史家たちは、ありのままに記載された事実や資料を突き合わせて、ひとつの真実を見い出すかもしれない。しないかもしれない。

 本当のことなんて誰にもわからない。残るのは、どんな場所だったかとか、死体の数とかの、客観的な事実だけだ。


「そのままにしておくか、外で弔うことにするかで、かなり揉めたらしいですが……皇帝が、地上で弔うことにされたのですって」

「……良いのではないですか? 誰にも知られぬまま封じられるより、ちゃんと弔われた方がいいでしょう」

「だとしても、普通はそのまま地下で弔うものですわ……ああ、いけませんね。皇帝陛下のされることには間違いありません。それが最良と判断されたのでしょう」


 鈴花は茶碗を手に取り、深呼吸を一つする。深い香りが鼻腔に広がり、心地よい温かさが身体を包む。

 卓の上には繊細な茶菓子が並んでいる。小さな金平糖に、一口大の寒天寄せ。それらの色と形は美しく、まるで宝石のようだ。


「でも、不思議ですわよね。どうしてそんな墓地の上に後宮が建てられたのか」

「土地がなかったのではないですか」

「ふふっ、白妃様は何も気になされないのですね。素敵ですわ」


 蒼月瑛の言葉に、鈴花は微笑む。


「何も気にならないわけではありませんが、必要以上に心を乱すことも避けたいと思っています」


 蒼月瑛の目が瞬き、口元に微笑みを湛える。


「ええ、わたくしたちが心掛けなくてはならないのは、後宮の平和と安寧ですもの。もうすぐ、紅家から新しい姫君がやってこられるそうですしね」


 鈴花は目を丸くする。

 この閉ざされた後宮で、蒼月瑛はいったいどこからそんな情報を手に入れてくるのか。外との手紙の交換さえままならないというのに。


 彼女は交流に長けているとはいえ、ここまでくれば特殊能力だ。


(――やはり、紅家からか……)


 紅い髪の残像が、瞼の裏で揺れる。

 悲しい死を遂げた紅珠蘭の次の妃なのだから、紅家からの選定は当然だろう。


「新しい紅妃は、紅珠蘭様の姪で、どうやら齢十歳の姫君らしいですよ」


 蒼月瑛の言葉に、鈴花は心の中で怯んだ。


(流石に幼すぎるのでは……)


 鈴花が後宮にやってきたのは十三歳のときだ。それよりも幼い。


(しばらくは、蒼妃の好敵手にはならないだろうな)


 そしていずれにせよ、鈴花は寵愛争いには関係がない。


 鈴花は茶を香りを楽しみながら、蒼月瑛を見つめる。

 美しく、知性に溢れた姿を。


 首にかかった水晶の首飾りが、神秘的に輝いている。


「――その首飾り、とても素敵ですね」


 思わず声に出る。

 水晶の球が連なった首飾りは、わずかな光でもきらきらと輝く。

 蒼月瑛は嬉しそうに微笑んだ。


「水晶には、破魔の力があるそうですので……わたくし、実は、昔から幽霊が怖くて……こういうものを、ついつい集めてしまうのです」


 少女のように微笑み、そして少し悲し気な表情になる。


「これは、お父様の形見なのです……お父様もこういうものが好きで……生きているころは、たくさん集めていましたわ」

「大切にされているのですね。思いが込められているのがよくわかりますし、とてもお似合いです。蒼妃からいただいた水晶の小鳥も、とても可愛らしくて、私のお気に入りです」

「まあ、それはよかったですわ」


 無邪気に笑う彼女が、いずれ皇妃になるのだろうか。


 その時自分はどうなっているだろうと思いながら、ぬるめの茶を喉に通した。



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