第38話「久しぶりね、申助」

 申助と狐次郎が屋敷にたどり着くと、家主の一大事を知った妖怪達が静まり返って須久那が運び込まれた部屋の外に集まっていた。両手を擦り合わせ家主の無事を祈りつつ、彼女が横たわっている姿を見つめている。

 須久那は病室として貸し出していた中の一室に寝かされていた。頭に包帯を巻かれているものの、体についた文字は消えていない。ところどころ光っている事から、文字は墨で書かれたものではなく、呪いの一つであることが察せられた。国主は須久那の隣に座り、手をかざして気を送っているようだった。


「国主様! 須久那様は……」


 妖怪達を押しのけ、申助と狐次郎が室内に入る。国主は嫁から視線をそらさずに返した。


「命はあるようだが、徐々に気を吸い取られていく呪いにかかっているようだな。このままだといずれ衰弱して死んでしまう」


 国主の隣に盥と手ぬぐいが置いてある。文字を拭おうとしたのだろう。

 ふわ、と須久那から甘ったるい匂いを感じた。狐次郎と申助は顔を見合わせる。


「この匂い……」


「富士楽で育てられていた植物の匂いですね」


 国主は人型の神だから匂いに気が付かなかったのだろう。けれど、申助達は獣神なのですぐにわかった。


「……トメは、富士楽に戻ったということか? 戌二も?」


「戌二の力があってトメを引き止められないのはおかしいですよ! それに、この呪いはトメに出来るものじゃないです」


 気力を文字に吸い取られているからか、須久那は苦しそうに呻いている。


「俺、すぐに富士楽に向かいます!」


 ば、と立ち上がる。狐次郎が申助の腕を掴んで止めようとした、その時だった。


「国主様! お客様です!」


 一反木綿が慌てた様子で入ってくる。こんな時に誰だ、と一反木綿を見つめた。


「猿神族の申代様とお供の方々です! 武装して兵を連れてきておられます!」


 意外な訪問者に皆が目を見開く。国主は代表者数名だけを部屋に呼ぶように告げ、他の妖怪達に通常業務へ戻るようにと指示を出した。







 数ヶ月ぶりに見た姉は、少し痩せていた。彼女の後ろには兄である申彦、従兄弟の申吉の姿があった。彼らも覇気がなくやつれている。何事かと訝しんでいると、申代は申助を見つけて淡く微笑んだ。


「久しぶりね、申助」


 相変わらずの優しい笑みだった。申助は姿勢を正す。


「はい! 姉上は何故こちらに?」


 申代は甲冑に身を包んでいる。猿神族の女性は基本的に戦いにおいては前線に出ず、後方で参謀や将の役割を担う。武装する姿は見慣れなかった。


「富士楽という集落についての情報がこちらに集まっていると戌太郎様にお聞きしました。そこで、お話を伺いたく参じました」


「え!?」


 姉の口から出た単語に目を丸くする。


「何故富士楽をご存知なのですか?」


 尋ねると、申彦と申吉、それに申代がきまり悪そうな顔をした。申代は背後に控える男神達を交互に見た後、ゆっくりと口を開いた。


「末社を作りたい、という話を聞き尋ねた所、こちらの申彦と申吉が妖怪に堕とされてしまいました」


 申助の兄と従兄弟はがっくりと肩を落としている。申助は目を見開いた。


「え!? 兄ちゃん達、夜伽に乗ったのかよ!?」


「申助!」


 遠慮ない言葉に申代が叱責をした。


「すまない……、申助。まさかこんな事になるなんて思ってもみなかったんだ」


 申彦が頭をかく。妖怪になった彼は、けれどこれまでと変わった様子はなかった。きっと彼らの認識も同じで、力が入ってこないと気がついてからやっと発覚したのだろう。


「氏子の減少でもなく妖怪堕ちさせられたということは、どなたかの作為的な行動によるもの。そいつを叩けば万が一は……、とまずは犬神族に協力を要請いたしました。戌太郎様は援軍として犬神族数名と妖怪を何匹かお貸しくださりました。その際に国主様と、こちらにいる戌二様、申助が探っているはずだから一度立ち寄るようにと助言をくださりましたので尋ねさせて頂きました」


 ちらり、と申代は眠っている須久那に視線を移す。


「しかし、どうやら今はお取り込み中のご様子。出直したほうがよろしいでしょうか?」


「いや。むしろ助かった」


 国主は須久那に手を向けたまま返す。視線すらも動かさない。どうやら力を与えることで症状の進行を抑えているようだった。


「狐次郎、呪符について話してやってくれ」


 告げられ、狐次郎は耳をピンと立て、国主の部屋から呪符を持ってくると解説を始めた。内容は申助が聞いた内容とほぼ一緒だった。ついでに、と彼は富士楽という集落について一通り申代に話をする。

 聞き終えた申代は首を傾げた。


「なるほど……。話だけ聞くと、まるで猿神族の男性を狙い撃ちするような場所ですね」


 確かに、と申助も思う。事実、兄と従兄弟は妖怪にされてしまっている。


「そこに、戌二様も捕らえられている可能性があるのですね」


 確認するように姉に尋ねられ、申助は頷いた。


「では、とりあえず戌二様のご無事を優先いたしましょう。今から犬神族のところに戻る時間も惜しいです。使いだけやって、すぐに出発しましょう」


 話のわかる姉に救われた心地になった。



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